第二章

36話 怒る戦士


 セイン率いる白ノ牙の格闘家ネイ。

 俺の幼なじみで元仲間。


 昔から自由奔放な奴で、いつも性別なんて意識せず接していた。


 男友達みたいな奴なんだが、一時はなぜか距離を置かれていたこともあった。


 俺が落ち込んだ時は、彼女なりに笑い飛ばして励ましてくれたことをよく覚えている。

 お荷物だったことを気にしていた俺の訓練にも陰で付き合ってくれた。

 リサに告白するか悩んでいる時だって「男なら砕けて来いよ」って言ってくれた。


 別れは最悪だった、でも俺の中には今も多くの思い出がある。


 パーティーのムードメーカーだったあのネイを、ボロ雑巾のように……。


「ダーム様、威勢の良さそうなのが来ましたぜ」

「あれか、勇者共よりはできそうだな。手始めにお前ら相手してやれ」

「へい」


 十人ほどの魔族の兵士が曲刀を抜く。


 その背後にいるダームと呼ばれた男は、ネイをゴミのように放り捨てた。

 興味がネイから俺に移ったからだろう。


 沸々と怒りがわき上がる。


 セインはどこへ行った。


 なぜネイを一人だけで戦わせた。


 どうして助けに来ない。


 お前はネイの恋人じゃないのか。


「しねぇ! ヒューマン!」


 取り囲まれほぼ同時に切っ先を突き込まれた。

 だが、俺は微動だにしない。


「お、おい、なんで串刺しにできないんだ」

「こいつめちゃくちゃ固いぞ」

「刃が跳ね返される!?」

「ダーム様、こいつおかし――あげぇ?」


 刹那に刃を走らせ雑魚魔族をばらばらにする。


 お前らに用はない。

 俺が始末するべきなのはあいつだ。


「ほう、みたところ100の壁は突破しているようだな。そして、その腕輪……英雄の称号を授かった人間とみた」

「そう言うお前は魔王の配下か」

「いかにも。六将軍が一人ダームだ」


 つまりあの殺した幹部と同列の相手。

 しかしなぜこんなところに魔族の将軍が。


 俺の抱いた疑問に向こうが勝手に答えてくれる。


「なぜ将軍自ら出張っているのか気になるか? 簡単だ、血を見たいんだよ。肉を引き裂き悲鳴で鼓膜を震わせたい。部下ばかりがそのような快楽を享受できるのは、不公平だと思わないか」

「俺に賛同を求めるな」

「おっと、そうだったな。ついうっかりしていた」


 ダームは腰から禍々しい斧を引き抜く。


 それは全体が赤紫色で、刀身の中央では心臓のようなものがドクンドクンと鼓動を繰り返していた。

 もしや噂に聞く、聖剣と相反する存在の魔剣か。


 合図もなく俺と奴との戦いが開始される。


「ふんぬっ!」

「っつ!」


 巨体が猛スピードで飛んできて斧を振るう。

 大剣で防げば衝撃波が建物を震わせる。


 こいつ、確実にレベル100を越えてる。


 斬撃と斬撃がぶつかり合い、甲高い金属音と共に火花が散る。


 何合重ねたか分からない。


 至近距離でひたすらに武器をぶつけ合った。


「この俺を相手に一歩も引かぬとは。まさか貴様が本当の勇者か」

「悪いがただの戦士だ」

「それにしては強すぎる――俺はレベル150だぞ」

「数字なんてどうでもいい」


 頭は冴えるが腹の底では怒りが煮えたぎっていた。


 ネイをあんな風にした奴を俺は許さない。


 一際強く踏み込んで左腕を切り飛ばす。

 血しぶきが舞い腕が宙で回転した。


「こ、いつ! 俺の腕を!」

「将軍だか知らないが隙だらけだ」


 憤怒の表情となったダームが斧を振り上げる。


「アイスロック!」


 ぴしり。奴の右腕が凍り付いた。


「ブレイクハンマー!!」


 ずどん、ハンマーが直撃しダームは建物に突っ込んだ。


 屋根にふわりと着地するのは、鉄扇を持つカエデ。

 くるくるとハンマーを回転させてから、肩に乗せたフラウが髪をなびかせる。


「遅くなりましたご主人様」

「避難はほとんど終わったわ。あとはここを残すだけよ」

「ありがとう二人とも」


 瓦礫から姿を現わしたダームは血を吐き捨てる。

 さらに右腕の氷を砕いてみせた。


「仲間がいたか。分が悪いな」

「逃すつもりはないぞ」

「もとより逃げるなんてことはしない。呼応せよ魔装武具」


 禍々しい斧から根っこのようなものが腕に潜り込み、肩や腕から棘や甲殻が出現する。


 あれが魔剣の力だとすればおぞましい。

 心なしか奴の気配がぐんと大きくなった気がした。


「良いことを教えてやる。魔剣は使用者のレベルを一時的に三割も引き上げるのだ。どうだ絶望的だろ、くくく」


 元が150だから三割増しは195か。

 だったら脅威だな。


 ずしゃ。


 瞬時に間合いを詰めた俺は肩口から右腕を切り飛ばした。

 いきなり目の前に現れた敵に、ダームは痛みを感じるよりもまず驚愕に目を見開く。


 グランドシーフと竜騎士の同時使用でできる無音剣撃だ。


「言い忘れていたが、俺はレベル300だ」

「ありえな――」


 言い終える前に、一刀両断にする。


 本当はネイの受けた痛みだけボコボコにしてから殺したかったが、さすがにそれは難しいと判断した。

 いくらレベルは上でも技術的なところは埋められない。

 悔しいがダームの戦闘センスは俺よりも格上だったのだ。


 戦闘が上手い奴は逃げるのも上手い。


 感情にまかせてなぶるより、ひと思いに始末した方がいいと考えた。


 剣を鞘に収めネイの元へ走る。


「ネイ! ネイ!」

「あ……セイ、ン……」

「こんな時まであいつのことかよ! しっかりしろ!」


 ダメだ、意識が朦朧としていて危険な状態だ。

 すぐに手当てをしなければ不味い。


「パン太」

「きゅう!」


 パン太を呼び出しネイを乗せる。

 円形に大きく広がった白いクッションは柔らかく受け止める。


 どこか寝かせられる場所へ運び込まないと。



 ◇



 ネイを運び始めてからの記憶はぼんやりとしている。

 無人の宿を見つけてベッドに寝かせて、それから止血の為にカエデにスキルを使用してもらいながらハイポーションをなんとか飲ませた……だったと思う。


 ハイポーションは非常に優れた回復薬だ。


 部位欠損は治せないが、骨折や内臓破裂くらいなら瞬時に修復してくれる。


 ただし、あくまでも強引に元の形に戻すだけで、一度傷ついた箇所はダメージが残っていて傷が開きやすい。


 がちゃり。


 ドアを開けて医者が出てくる。

 俺に軽く会釈をしてから彼は宿を出た。


 診察が終わったらしいので部屋の中へと入る。


「どうだった」

「ハイポーションが効いたようで大事には至らなかったようです。ですが、しばらくは絶対安静だと」

「そうか……」


 未だ眠り続けるネイの顔をのぞき込む。


 痛みがひいたのか寝顔は落ち着いた様子だ。

 あの直視できない酷い状態から、ここまで元通りにするハイポーションには感謝しかない。


「こら、あんたたち喧嘩しないの!」

「きゅう!」

「しゃっ!」


 部屋の中ではパン太とロー助が威嚇し合っている。


 ただ、パン太はフラウの背中に隠れながらだが。

 怖いのなら喧嘩を売らなければ良いのに。

 先輩眷獣としてのプライドがそうさせるのだろうか。


「ご主人様、ちょっとこちらへ」

「なんだ?」


 カエデが部屋の隅へと俺を誘導する。


 雰囲気から内緒の話だと思う。

 フラウに聞かせられない内容なのだろうか。


「実はネイさんを鑑定で見ていて気が付いたのですが……」

「なんだよはっきり言ってくれ」

「これからお伝えすることを冷静に、落ち着いて聞いてください」


 もったいぶるよな。

 そんなにも言いづらい話なんて想像できないぞ。


 カエデは息を吸い込みゆっくりと吐き出した。


「ネイさんは洗脳状態にあります」

「は?」

「ステータスに状態異常が出ているんです。魔法か薬品で強制的に思考を誘導している可能性があります」


 俺は眠り続けるネイを見ながらも、思考がまとまらなかった。


 ネイが、洗脳されている?


 誰が? 誰が洗脳した?


 脳裏に一人の男がよぎる。


 まさか、ありえない。

 いくら腐っててもそんなことはしないはずだ。


 共に育った幼なじみを洗脳だなんて。


 もし、もしそうだったら――。



 俺はセインを殺すだろう。




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