34話 勇者の計算外その6
僕は宿の一室で聖剣を眺め続ける。
ニヤニヤが止まらない。
「むふ、むふふふ」
ようやく、ようやく念願の聖武具を手に入れることができた。
どれほどこの日を待ち望んでいたか。
勇者のジョブを手にいれたあの日から、ずっと聖剣のことばかり考えていた。
ジョブ、聖剣、そして王室から与えられた称号、この三つが揃って初めて真の勇者と呼べる。
あとは勇者らしい華々しい活躍が必要だ。
それさえ達成すれば僕も歴史に燦然と名を残すこととなる。
だが、油断もできない。いくら勇者のジョブが魔王戦に特化しているとはいえ、過去には魔王に敗れた勇者も存在する。
僕がそうならないためには、最低でもレベルは100を越えている必要がある。
それと……仲間だな。
部屋にいる三人を一瞥する。
格闘家のネイ、聖職者のソアラ、魔法使いのリサ。
いずれもレベルは四十台、果たして最後まで使えるかどうか。
過去、勇者の仲間になった者はそのほとんどが英雄の称号を授かっている。
元から英雄だった場合もあれば、後から授かった場合もある。
どちらにしろ勇者の仲間は英雄となる。
もちろん無条件でなれるわけじゃない。
能力が足りなければ死ぬし、入れ替えだってありうる。
選別は必須。
足手まといは僕のパーティーに不要だ。
それと、僕を不快にさせる奴も。
「この街の周辺で魔族が潜んでいるのでしょ。いつ討伐するの」
「動きがあればすぐにでもやるつもりだよ」
「今のレベルで勝てるでしょうか。もう少し鍛えてからでも遅くはない気がしますが」
「おいソアラ、そんな悠長なこと言ってられないぜ。住人はいつ襲われるかビクビクして暮らしてるんだぞ。見ただろ外の奴ら」
「それはそうですが、死んでは元も子もありません」
ちっ、また揉め始めた。
ソアラは癒やしのスキルが使えるから加えているが、時々保守的な性格が全体の足を引っ張る。
僕をイライラさせるなよ。
こんなヒューマン側の深い場所で、高レベルな敵なんて出てくるわけないだろ。
潜伏しているのはせいぜい20か30の雑魚と相場は決まっている。
ずずんっ。
建物が大きく揺れる。
「なんだこの揺れは!?」
「セイン、外の人達が逃げてるわ!」
「敵襲でしょうか」
「うし、アタシがぱぱっと片付けてやるよ」
僕らは宿を出て揺れの発生源へと向かった。
「お前ら、好きなだけ暴れて良いぞ。男は皆殺し、見栄えの良い女は連れてこい。食料と金品を集めるのを忘れるな」
魔族の兵士に指示を出すのは強者の風格を放つ大男。
百を越える魔族の兵が破壊した外壁から街へとなだれ込んでいた。
逃げ惑う住人に容赦なく襲いかかる。
潜んでいたはずの奴らがなぜこのタイミングで襲撃してきたのか。
僕の中で疑問が生じるが、どうでも良いことに気が付き頭の隅へと追いやった。
活躍の機会が向こうから来たんだ。喜ぶ事態じゃないか。
「全員戦闘態勢! あの男をやる!」
「分かったわ」
「まずは住人の避難を優先するべきかと」
「あのデカいのを倒せば退くだろ。ここはどうにか耐えてもらうしかないじゃん」
「ですが――!」
ソアラがまた反抗の意思を見せている。
こんな時に乱れを生み出すな。
「黙れ! 一般人が何人死のうがどうだっていいんだよ! お前は僕の言うことだけ聞いていればいいんだ!」
「は、はい」
びくりと体を震わせたソアラが顔を青く染める。
これ以上イライラさせるな。
勝てる戦いも勝てなくなるだろうが。
「フレイムブロー!」
リサの炎魔法が敵の集団を直撃する。
あの大男も炎に包まれた。
だが、この程度で死にはしないだろう。
すかさず走り出し剣を振るう。
甲高い音と共に刃が何かに防がれた。
「この程度の打ち込みで俺を倒せるとでも思ったか」
「無傷――だと!?」
炎が吹き飛び大男が現れた。
その手には禍々しい斧が握られている。
僕の剣は容易に斧で阻まれていた。
リサの魔法を喰らって無傷なんて、こいつ……ヤバい。
鑑定スキルで確認すればレベルは150。
習得スキルはたいしたことないが、圧倒的なレベルの高さであまりあるほど補っていた。
おまけに背中が凍りつく感覚があった。
おそらく戦闘技術でも僕を遙かに上回っている。
なんだこいつ、どうしてこんなところにこんな奴が。
男は僕を見て目を細める。
「貴様、もしかして新しく選ばれた勇者か?」
「だ、だったらどうする!」
「そう怯えるな。魔王様より出会ったら少し遊んでやれと、ご命令をうけているだけだ。こんなところでうっかり殺したりはしない」
僕の剣は拮抗することもなくあっさりと弾かれ、がら空きの腹部に激烈な左拳がめり込んだ。
「げぼっ!?」
突き抜ける衝撃と激痛に両足が屈する。
吐き出すのは粘度の高い唾液。
これほどのダメージを受けたのは生まれて初めてだ。
がしっ、と髪を掴まれ強引に顔を上げられた。
「まさかたった一発で終わりか? お遊びはここからだろ?」
「やめてくれ……ころさないで……」
「ぶふっ、ぶははははっ、なんだ怖じ気づいたのか。貴様レベルはいくつだ」
「63です」
「マジか! 63で150に挑んだのか! 間違いなく勇者だ! なぁ、お前達もそう思うだろ!」
男の背後に控えていた魔族の兵がゲラゲラ笑う。
僕はかつてないほど屈辱を受けていた。
150だって知っていれば戦わなかったさ。
こんな街見捨てて後退していた。
笑うな、僕を笑うな。殺すぞお前ら。
「セイン、今助けるから!」
リサの炎魔法が男の顔面に直撃する。
すぐさま僕は後方へと下がり、入れ替わりにネイが空中右ストレートをたたき込んだ。
だが、男は微動だにせず拳を額で平然と受け止めている。
「まだまだ!」
ネイは体をひねり太い首に空中回し蹴りを喰らわせた。
けれど男の体は岩のように重く動かない。
ちょうどいい、ネイにはこのまま戦ってもらおう。
「ネイ! そいつをここで足止めしろ!」
「ちょ、セイン!? ネイを捨てる気なの!?」
「助けてあげてください! 彼女は私達の大切な仲間なのですよ!」
「お前らは僕がこんなところで死んでもいいのか! 勇者だぞ! 僕は魔王を倒し世界を救う選ばれし勇者なんだ!」
リサもソアラも黙り込む。
当然の反応だ。僕の言っていることは正論なのだから。
お前らと僕とでは命の重みが違う。
お前らは死んでもいいが、僕だけはどうやっても生き延びなければならないんだ。
「逃げてくれ! ここはアタシが引き受ける!」
「当然だ。お前はそこそこ顔も体も良かったが、もう飽きたよ、ここで僕の為にしっかり死んでくれ」
「セイ、ン?」
僕は二人を連れて離脱する。
くそっ、こんなところで駒を失うなんて想定外だ。
あいつはいずれ捨てるつもりだったが、それは新しい駒を見つけてからだったんだ。
いいさ、次はもっと抱き心地が良くて強い女を僕の物にしてやる。
その為にはレベルを上げなければ。
できれば他人の女が良いな。
人のものを奪うのは最高の快感だ。
「ぎゃぁあああああああっ!」
街を出た瞬間、ネイの悲鳴が聞こえた。
「うううっ、ネイ……」
「なんてことを。仲間を見捨てるなんて」
「尊い犠牲さ。落ち込むことはない」
それよりも国王の依頼を達成できなかったことの方が問題だ。
待てよ……本当に問題か?
違うな、これはレベル150の敵がいることを教えなかった国の責任だ。
むしろ僕は被害者だ。
危うく死ぬところだったんだぞ。
おまけに仲間も一人失ってしまった。
責められるべきは国であり国王だ。僕じゃない。
一度国へ戻り、達成しやすい別の依頼を受け取ろうじゃないか。
「祖国へ戻るよ」
「「……はい」」
僕の伝説はこれから始まるんだ。
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