33話 フェアリーの隠れ里3
甘く芳醇な酒を一気に呷る。
フェアリー族特製のハチミツ酒は予想以上に美味かった。
「こんなに甘いとは思ってなかったな」
「はい。口当たりが良くて気持ち良いです」
「でしょでしょ! フェアリー自慢のお酒なんだから! 主様、もっと飲んで! 倉が空っぽになるくらい飲んで! ほらほら!」
「そこまで飲むつもりはないが、ありがとう」
コップに注がれた琥珀色の酒は、視覚でも楽しませてくれる。
周囲ではフェアリー達が談笑をしながら料理と酒に舌鼓を打っていた。
ここは里で一番大きな酒場。
ステージではフェアリーの踊り子達が、歓迎のダンスを踊ってくれている。
テーブルに並ぶのは珍しい料理の数々。
少し辛みのある野菜と牛肉を煮込んだスープ、薄い皮に具材を包んで揚げたもの、ハチミツをたっぷりかけた揚げ菓子などなど。
「ん~!」
「それフラウも好きな奴よ。とびっきり美味しいでしょ」
菓子を頬張ったカエデが「はぁぁあああ」と至福の息を吐く。
そんなに? ううむ、気になるな。
どれ、俺も一つ。
「あまっ!」
「あはははっ、主様は甘いの苦手なんだ」
フラウが俺の顔を見てケタケタ笑う。
想像の十倍は甘かった。
まだ口の中で濃厚な甘さが残っている。
「トール様、お注ぎしてもよろしいでしょうか」
「あ、ああ、頼む」
フラウの父であるパパウが酌をしてくれる。
初めて会った時と比べると今はあまりにも腰が低い。
なんだか非常に申し訳ない気分だ。
「どうですか、娘はよくやっておりますか」
「まだ仲間に加えたばかりで評価は出せないな。でも、小回りの良さは偵察向き、レベルが上がれば戦闘でも頼りにはできるはずだから、大きな期待はしている」
「おおおおっ! フラウに期待をしてくださっているのですか!」
「それなりにな。ところで……やっぱり親としては娘が奴隷なのは気分が良くないよな?」
それとなくフラウを奴隷から解放するべきか尋ねる。
フラウ本人は拒否したが、親としてはやはり気になっているのではないだろうか。
もし強い抵抗があるならきちんと話し合って契約の解除を――。
「なにをおっしゃいますか! 我らフェアリーは偉大なる種族のしもべ、お仕えするべき御方がいてこそ真価を発揮するのです! ぜひ我が娘にはあんなことやこんなことを、遠慮なくしてやってください!」
「ちょ、ちょっとパパウさん!?」
「お父さん、主様の前で恥ずかしいじゃない」
フラウが赤い顔でモジモジする。
なんだこの空気、フェアリーってあけすけなのか。
俺は一度外へ出ることにした。
「星を眺めながらの酒もいいな」
今夜は夜空が美しい。
手元には最高に美味いハチミツ酒。
良い酒の肴である。
「ご主人様」
カエデが隣に来る。
「なんだか居心地悪そうですね」
「やっぱり分かるか」
「いつも見てますから」
苦笑する。カエデには見抜かれていたようだ。
実はフェアリーの態度を除いても、居心地の悪さを感じていた。
フラウの家族だ。
「フラウの家族を見てると、死んだ父さんや母さんを思い出すんだよ。だからなのかな」
「……どうして亡くなったのか聞いてもいいですか?」
「俺が十五の頃かな、家に帰ったら二人とも血を流して死んでいた。ただそれだけだ」
カエデは沈黙する。
村の皆は強盗が入ったんだと言った。
俺もそう思った。
ウチは村の中でも裕福な方だったからたまたま狙われたのだろう。
他に家族もいなかった俺は一人で生きるしかなかった。
もちろん一人と言っても、村の人達に色々と面倒は見てもらったけどな。
畑もあったし家畜もいたから困窮することもなかったわけだが。
「リサは俺を懸命に支えてくれたんだ。だから彼女の為に生きられたし、常に彼女を支えたいって思ってた」
「ご主人様を捨てた女ですね……」
「もういいんだよ。セインと結ばれて幸せになってくれればそれでいいんだ。確かにああいった別れ方はショックだった、でもきっと俺じゃだめだったんだ、彼女にとって俺は……うううっ……」
嗚咽と共に涙が頬を濡らす。
カエデは何も言わず抱きしめてくれた。
まだ俺の心には大きな穴が空いている。
◇
翌日、俺達は倒したゴーレムの調査を行うことにした。
「オリジナルゴーレムの中身ってのは、ごちゃごちゃしてるんだな。作り物なのに生き物みたいだ」
半分になったゴーレムの断面には、血管のような紐状のものが張り巡らされている。
おまけに複数の大小様々な謎の球体があって、生物的で実にグロテスクだ。
錬金術師はオリジナルをモデルにゴーレムを作ったと聞いたことがあるが、こうしてみると似せているのは表側だけなのだと理解できる。
改めて思うが偉大なる種族は、想像を絶する高度な文明を築いていたようだ。
「それでこいつがいた遺跡はどこにある」
「フラウが案内するわ。付いてきて」
パン太に座ったフラウが先導を開始する。
草をかき分け森を突き進めば、朽ちた建造物が確認できた。
辛うじて壁だけは残っておりほぼ瓦礫の山。
周囲にはゴーレムが複数転がっている。
なるほど、この中の一体がたまたま目覚めたのか。
「カエデ、鑑定でこの辺りで遺物がないか探索してくれ」
「はい」
「主様、フラウは何をすればいい?」
「お前は……そこら辺でレベルアップでもしてろ」
「それを待ってたわ!」
しゅばっ、とフラウはどこかへと飛んでいった。
彼女のレベルは現在45。
この森には比較的経験値の多い魔物が生息しているので、100に至るのは想定よりも早いはずだ。
刻印からロー助を呼び出す。
「フラウをサポートしてやれ」
「しゃぁ!」
フラウの後を追ってロー助が飛んで行く。
さて、俺達は遺跡の探索だ。
お宝が見つかればラッキー、見つからなくても見物は楽しい。
まぁ、俺の中のグランドシーフは反応していないので、お宝はなさそうな感じだ。
「ご主人様! ここに扉があります!」
カエデの元へ駆けつけると、地面に四角い扉のような物があった。
しかも隠すように複数のゴーレムが積み重なっている。
俺はゴーレムを退けて扉をむき出しにした。
がこんっ。
扉は簡単に開いた。
見えるのは下に続く階段。
「どうしますか?」
「もちろん行くに決まってる」
俺が先頭を行き、後からカエデとパン太が付いてくる格好だ。
魔法で明かりを創ってもらい、階段を一段ずつ下りる。
壁面はむき出しの岩肌、急いで作ったような印象だ。
階段が終わり一番下まで到着する。
そこから先は長い通路が奥へと続いていた。
「どこまで続いているんだ」
「生き物がいる気配はないようです」
「……光?」
通路の奥から青い光が漏れていた。
さらに足を進めると開けた空間へと出る。
そこでは複雑で大きな魔法陣が青く輝いていた。
「もしかしてこれ……」
「分かるのか」
「多分、転移の魔法陣です。似たようなのを見たことがあります」
俺にはまったく理解できない。
魔法陣には見慣れない文字や記号が書かれ、認識しようとしても頭が拒否して目が滑る。
昔から魔法関連は苦手だったが、こんなのを見ると余計に苦手意識を持つ。
「そこまで遠くに飛ぶわけじゃないみたいです」
「というかどうしてこの魔法陣は作動しているんだ。普通魔力がないと動かない物だろ」
「魔脈の上にあるんだと思います。分かりやすく言うと、地面の下にある大きな魔力の流れです」
なるほど、分からん。
魔脈なんて初めて聞いた。
いや、かなり昔にリサが解説していたような気もするが……どうだったか。
そもそも魔法関連は聞いても右から左へ抜けて行くんだ。
とにかく結論を教えてもらいたい。
「で、これに乗ると転移するんだな。場所は?」
「不明です。でも、作動している点から考えると、対となる魔法陣も生きているはず。魔法陣のあるどこかと行き来できるのは確かです」
行き先は不明。
でも飛ぶことはできる。
普通なら危なすぎて乗らない橋だな。
しかし、俺の中の冒険心がうずうずしていた。
もしかしたらお宝が山ほどある場所へ飛ぶかもしれない。
もしかしたら誰も見たことのない絶景が待っているかもしれない。
もし行かなかったら後悔するような何かが待っているかもしれない。
この旅は新しいものを探す旅でもある。
守りに入りたいんじゃない、一歩踏み出す新しい俺を見つける旅だ。
あえて危険に飛び込んでみるのも一興じゃないか。
「向こうに何があるか見てみたいと思わないか」
「ふふっ、私はご主人様の行くところなら、どこまでも付いて行きますよ」
決まりだ。
次の行き先は魔法陣の向こう側だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます