10話 戦士と奴隷のダンジョン踏破

 

 十階層に到達。

 この頃になるとカエデはレベル100になっていた。


「ぎゃうぎゃう!」


 十匹のゴブリンライダーが狼に乗って行く手を塞ぐ。

 カエデは鉄扇で舞い踊った。


「フラワーブリザード」


 ぴしり、通路が氷に覆われる。


「ウィンドスラッシュ」


 鋭い風の斬撃が横に走り、ライダーの体は真っ二つとなる。


 恐ろしく手際が良い。

 あのセイン達でもこうはいかないだろう。


「ずっと魔法を使い続けているが魔力の方は大丈夫なのか」

「はい。レベルアップのおかげで、今はまだ減るよりも増える方が多いくらいです」

「無理はするな。きつくなったらすぐに言え」


 通路の奥から複数の足音が聞こえる。

 現れたのは二十匹のゴブリンライダーだった。


 このエリアには奴らの住処があるのかもな。


 十階層に来てからやけにライダーと遭遇している。


 カエデは面倒に感じたのか強めの魔法を放つ。


「エアバレット!」


 無数の圧縮された空気の弾丸が魔物を打ち抜く。

 やつらは穴あきチーズのように無残な姿で倒れた。


 なんとも恐ろしい魔法だ。


 喰らった魔物達に同情してしまう。


 カエデは余力を残したまま十階層を突破した。



 ◇



 二十階層に到着。

 カエデのレベルは150となっている。


 さすがにレベルの上がりが遅くなった……気がする。


 単なる気のせいかも知れないが。


 ここに至るまでに要した時間は一日。

 普通なら三日はかかる道のりをこの短時間で進み続けていた。


 おまけに俺もカエデも体力が異常なまでにあるので、ほとんど休息らしい休息も取らずに来てしまったというのも理由の一つだ。


 しかしながら、さすがに二十四時間を超えると精神的に疲労を感じ始めていた。


 俺は休憩を提案し、ここで一度ゆっくり食事でもすることにしたのだ。


「ほら、お前の分だ」

「ありがとうございます」


 器を差し出すとカエデが受け取った。


 普通なら奴隷が食事の準備をするところだろうが、あいにく彼女はまともな料理が作れないらしい。

 なのでここは慣れた俺が役割を引き受けた。

 まぁ、散々楽してるしこれくらいはどうってことない。


「美味しい! ご主人様の作るスープは極上ですね!」

「そうか? 確かに出来は良いってよく褒められはするが」


 白い尻尾が大きく揺れる。


 アレは感情と連動しているのだろうか。

 喜んでいる時に振られるのをよく見る。


 今度、触っても良いか聞いてみるか。


 それはそうと、先に聞いておきたいことがあるんだ。


「あのさ、魔法に使うコツみたいなのってあるのか」

「大切なのはイメージでしょうか、呪文を知っていれば様々な条件を付けて行使することができますが、知らなくても現象として生じさせることはできます」

「じゃあ炎をイメージすれば手の平から出てくるわけか」

「待ってください、最初は風とか土で試す方が――」


 バシュゥゥン。


 俺の右手から真っ赤な閃光が出現し天井を貫いた。


「え」


 天井には赤く発熱した円ができている。


 焦げ付く音が聞こえ、床に溶けた石が垂れた。


 ゆっくりと天井の穴を覗くと、微かにだが星空が見える。

 つまり今の閃光は十九もの階層を貫いたのだ。


「「…………」」


 お互いに言葉が出なかったので静かに食事を再開する。


 今の出来事は忘れることにしよう。


 俺は何もしていない。


 なにも見ていない。

 

 そうだな、彼女の助言通り風や土から扱い方を練習するとしようか。それがいい。



 ◇



 とうとう二十九階層へと到達。

 カエデのレベルは200となっていた。


 こうなるともはや驚くこともない。


 むしろどうして俺は二桁ごときで、あんなにも必死になっていたのか、そんな気持ちが沸き起こっていたほどだ。


 二十九階層に出てくる敵は、前のパーティーですら見たことがない相手ばかりだった。


 ブラッディスケルトン。

 レスラーオーク。

 レイス。

 ミノタウロス。


 そのどれもがカエデの前で凍るか切り刻まれた。


 むしろレベル差が酷すぎて見ていられないくらいだ。


 お前ら、察して早く逃げろよ。

 自殺志願者なのか。そう言いたい気分である。


 そして、三十階層へ向かう階段を見つけた俺達は下へと向かった。





「ここが三十階層……敵の気配がありませんね」

「確かに異様に静かだ」


 三十階層は静けさに満ちたフロアだった。


 階段の正面には奥へと続く一本の通路のみ。


 ここが最下層だろうか。

 しかし、今まで目にしたことがないので確証が持てない。


「警戒を怠るな」

「はい」


 ダンジョンには希にだがボスと呼ばれる強敵がいるらしい。

 このフロアがそうだとしたら気を引き締めなければ。


 ゆっくりと通路を進み続け、大きな部屋へと出る。


 部屋の中央にはぼんやりと青く光るクリスタルが浮いていて、僅かにだが回転しているように見えた。


「核石だ。ここが最下層みたいだぞ」

「やりましたね! とうとうダンジョンを踏破しました!」


 はしゃぐカエデに『俺は何もしてないけどな』と言いたくなった。


 全ては俺の可愛い奴隷が成し遂げたことだ。


 まさか二回目の挑戦で踏破するなんて前代未聞じゃないだろうか。

 記録に残る最速到達だと思う。


「ご主人様、核石に触れてください」

「お前の手柄だ。カエデが触れるべきだろ」

「いえ、私がこうしてここまで来られたのはご主人様のおかげです。そして、私はご主人様の所有物なのですから、全てご主人様の手柄です」


 こう言ってくれてるし、今回は彼女の好意に甘えるとするか。

 

 実は核石に触れるのは昔から夢だったんだ。


 冒険者なら一度や二度は最下層に到達し、己の手で核石を触ってみたいと思うはずだ。

 俺だって冒険者の端くれ、ずっと思い描いていた。


 ありがとうカエデ。今回は俺が触らせてもらう。


 青いクリスタルに触れると、眩く発光する。


《ルンタッタ迷宮の踏破おめでとうございます。それではクリア報酬をお受け取りください》

《報酬:ファーストクリア特典として偽装の指輪×2が贈られます》

《報酬:ダンジョンが贈られます》


 核石が眩しいほど輝き、視界が真っ白に染められた。




「ご主人様……」

「どうなったんだ」


 俺達は巨大な縦穴の底にいた。


 あの広大なダンジョンが一瞬にして消失したのだ。


 状況から察するに俺達がダンジョンを消してしまったのだろう、だが、あれだけの建造物が一体どこへ行ってしまったのか。疑問に首をひねる。


「あれ? ご主人様って指輪なんか付けてましたか?」

「ん? んん??」


 見覚えのない指輪が右手の薬指にはまっている。

 よく見ればカエデの右手にも同じ物が。


 もしやこれがファーストクリア特典の偽装の指輪だろうか。


「ご主人様、これすごいですよ」

「鑑定したのか」

「この指輪を付けると、ステータスが偽装できるみたいです。おまけに指輪自体にレベルがあって、使用するほどに上がるらしいですよ」


 詳しく聞くと、最大でレベル3まで上げられるらしく、レベル1でステータス偽装、レベル2で姿を偽装、レベル3で任意の相手のステータスや姿を偽装させることができるそうだ。


 ステータスをどうしようかと悩んでいた俺には、非常に都合の良い道具。


 ありがたく使わせてもらうとしよう。


「とりあえずここから出るか」

「そうですね」


 穴の壁面に突き出している岩を足場に、俺達は上へと跳躍を繰り返す。


 地上に出るとすぐにダンジョン跡を確認した。


 巨大な穴だが巻き込まれた建物はないようだった。

 なんとなくダンジョンがあった場所を中心に押し広げられた感じだ。


 幸いなことに時刻は深夜、この事態に騒ぐ住人もいない。


 大騒ぎになる前にここを離れるべきだな。


 俺はカエデを連れて夜の街を出た。

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