11話 令嬢を助けた戦士
ルンタッタを出て二日。
俺達は山の中を進んでいる。
目指すは次の街アイナーク。
特にこれと言って目的のない旅だが、俺にはいくつかやりたいことがあった。
その中の一つが観光名所巡りである。
世界にはかつて高度な文明が栄えていたそうだ。
文明を築いたのは『偉大なる種族』と呼ばれる者達。
どういった理由で文明が滅び彼らが消えてしまったのかは未だ不明ではあるものの、各地にはその時代の遺跡が残されているのである。
俺はそれら神代の遺跡を見て回りたいと考えていた。
やっぱり遺跡ってロマンじゃないか。
すごい奴らが作ったすごい物を見てみたいと思うのは男として当然のこと。
せっかく長旅をするのだから観光は外せない。
それとあれだ、各地のグルメだな。
地方の美味いものを食うのも旅の醍醐味。
「カエデ、体はもう苦しくないのか」
「完璧に治りました。昨日で薬も飲み終えましたし、これからはご主人様のお役に立てるよう全力を注ぎます」
カエデはやる気に満ちあふれた表情で耳をぴこぴこ動かす。
すでに弱っていたあの頃の姿はどこにもない。
それどころか成長しすぎて目のやり場に困るくらいだ。
ちなみにだが、現在の俺達はステータス偽装をしておりレベルは30くらいになっている。もし鑑定のスクロールや鑑定スキルでのぞき見られても、どこにでもいる冒険者にしか見えないだろう。
「ところでご主人様、私達のパーティーってなんて名前なのですか」
「名前? 名前ねぇ……」
そう言えば考えてなかった。
普通は真っ先に付けるものなのだが。
うーん、なんて名前がいいのだろう。
「漫遊旅団、っていうのはどうだ」
「でも二人だけですよね?」
「もしかしたら人数が増えるかもしれないだろ。それにこういうのは雰囲気だ。ようはどこの誰か伝われば良いんだよ」
「それもそうですね。私も賛成です」
カエデは快諾してくれる。
これで俺達はBランクパーティー『漫遊旅団』だ。
パーティーの目的は名前の通り漫遊すること。
のんびり気ままな世界観光をするんだ。
そんでもって気に入った場所があればそこで根を張ってもいい。
「なぁ、ずっと聞かずにいたが、カエデってなんで奴隷になったんだ」
「それはあのですね――なんですかあれ?」
話の途中でカエデが前方を指さす。
どうも一台の馬車が山賊に囲まれているようだった。
「助けに行くぞ!」
「はい」
俺は大剣を抜くことなく、男の一人をデコピンで倒す。
カエデも俊敏な動きで一撃で昏倒させていた。
「なんだてめぇら! おいお前ら、こいつらをやっちまえ!」
山賊のリーダー格が指示を出した。
襲いかかってくる荒々しい男達。
邪魔だ。
「ふっ!」
一気に息を吐くと数人が吹き飛ばされる。
奴らは空中で回転、樹に勢いよく叩きつけられ気絶した。
カエデも閉じた鉄扇で山賊達の顎先を弾く。
脳みそが揺さぶられたことで奴らはバタバタ倒れた。
俺達は一分もかからず十人の相手を片付けてしまう。
「相手になりませんね」
「レベルは10前後ってところか。弱すぎるな」
「中の方は無事でしょうか」
しばらくしてから馬車のドアが開けられた。
「どなたか存じませんが、助けていただきありがとうございますわ」
ピンクのドレスを着た女性が現れる。
絹の糸のような金色の髪がふわりと流れ、少し垂れ下がった眉が優しそうな印象を与える。
おまけに目をひくのは大きな胸。
動く度にゆさりと揺れるので、不覚にも目が奪われてしまった。
「ごしゅじんさま!?」
青ざめた顔でカエデがショックを受ける。
ちが、ちがうんだ。今のは不可抗力。
誰だってあの胸は見るだろ。
「?」
女性は俺達のやりとりが理解できなかったのか首を傾げる。
高貴な女性のようだし、失礼にならなくて良かった。
まさか貴方の胸が大きいからぼーっとしてましたなんて言えない。
カエデが「う~」と小さく唸りながら俺に身を寄せる。
「申し遅れました。わたくしロアーヌ伯爵の娘マリアンヌと言う者でございますわ。この度は襲われているところを助けていただき感謝いたします」
「俺は冒険者のトール。こっちは奴隷のカエデだ」
「トール様と言うのですか」
マリアンヌはぼんやりとした表情で俺を見つめる。
居心地が悪いな。やけに顔をじっと見てくるし。
変な物でも顔に付いてるのだろうか。
彼女ははっとして突然に俺の手を取った。
「もしよろしければ屋敷に来てくださいませんか! 謝礼を差し上げたいのです! ささ、お二人とも馬車へ!」
「うわっ!?」
ぐいっと引っ張られて俺は馬車の中へと連れ込まれた。
遅れてカエデも乗り込みドアが閉められる。
ロアーヌ伯爵は次に行く街の領主、その娘ともなればある意味お姫様だ。
ヤバい、急に緊張してきたぞ。
俺って昔から貴族が苦手だからなぁ。
粗相がないようにしなければ。
「それにしてもお二人はお強いのですね。とても驚きましたわ」
「あ、ああ、それほどでも……」
「当然です。ご主人様は選ばれし御方なのですから」
「選ばれた? 何にでしょうか?」
おい、余計なことを言うなよ。
マリアンヌが変に興味を示しただろ。
案の定、令嬢の目が輝いた気がした。
「トール様はどちらへ向かわれていたのですか?」
「とりあえずアイナークへ行く予定ではあった」
「では、我が屋敷にお招きするのはお二人に都合が良かったようですわね。もしよろしければ、今夜は屋敷にお泊まりくださいませ」
「いやいや、そこまでしてもらうわけには」
「ぜひ!」
俺はちらりと彼女の隣の人物に目を向ける。
メイド服を着た、切れ長の目をした物静かな女性。
マリアンヌの傍仕えだろう。
彼女は俺とカエデに一瞥をくれただけで発言はしない。
なんとなくだが『お嬢様のご意志ならば』とでも言いたそうだ。
この様子だと平民の俺達が泊まっても問題はなさそう。
本音を言えば一度で良いから貴族の屋敷に一泊したかったんだ。
彼女の好意に甘えて、この機会に体験してみるのもいい。
「俺は構わないが、カエデはどうだ」
「私はご主人様の行くところならどこだって付いて行きます。ですので遠慮なさらずお決めください」
「では話はまとまりましたわね。今夜は精一杯おもてなしをいたしますので、楽しみにしていてくださいませ」
俺は期待に胸を膨らませた。
きっと見たこともないようなご馳走が並ぶのだろう。
そして、宿では味わえない高級なフカフカ布団。
楽しみすぎる。
ワクワクとドキドキが止まらないな。
「見えましたわ。あれがわたくし達の街ですの」
「おおおっ!」
窓から綺麗な街並みが見える。
趣のある建物が並び、ずいぶんと発展しているように見えた。
あれこそが遺跡の街アイナーク。
神代の頃の建造物が数多く残る観光で有名な都市だ。
漫遊旅団らしく最高に満喫してやろうじゃないか。
――俺が馬車で街に入ったその頃、地下では複数の闇が動き出していた。
邪悪な意志に従う異形の者達。
両目に宿る妖しい光を輝かせ嗤う。
「アイナークの人間共よ、魔王の配下に怯えるがいい。ぐははははは」
危機迫る。
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