8話 戦士と奴隷、ダンジョンに潜る


 早朝、装備を整えた俺達はダンジョンへと向かう。


「体の調子はどうだ」

「元気です。ご主人様のくれたお薬のおかげですね」


 カエデの顔色は非常に良い。

 奴隷の館の時とは全く違う。別人のようだ。

 この様子なら今日はそこそこ稼げそうな気がする。


 ルンタッタのダンジョンは街の中心にある。


 冒険者達は広大な地下ダンジョンへと潜り、倒した魔物の素材や落ちている装備やアイテムを拾って生計を立てている。


 で、ダンジョンの最下層には核石というものが存在する。


 核石は到達者にクリア報酬を与えることで有名だ。


 何がもらえるのかは到着してみないと分からない。

 だが、ほとんどの場合は貴重な素材などやレアアイテムなど、大金となるような物が手に入る場合が多いそうだ。


 中にはスキルなんかももらえると言うのだから興味は尽きない。


 入り口に到着した俺達は最終確認を行う。


「今日は一階層までにしておく」

「はい」

「カエデのレベルは?」

「八です」


 一階層の適正レベルは三なので余裕だろう。

 もし調子が良ければ三階層まで目指しても良い。


 と言うわけで出発だ。



 ◇



 ダンジョン探索を始めて一時間。

 カエデはメキメキと実力を現わしていた。


「エアロナイフ!」

「ち゛ゅぅうううっ!?」


 鉄扇を振るだけで風の刃が鼠を切り刻む。

 魔法が使えるとは聞いていたが、予想していた以上にセンスが良い。


 発動時間の短さ、判断の早さ、高い命中率。


 リサも腕の良い魔法使いだったが、もしかするとそれ以上かもしれない。


「あ、レベルが15になりました」

「はぁ!?」


 ちょっと待ってくれ。入って一時間で七も上昇したのか。

 どう考えてもおかしいだろ。いくら低レベルが上がりやすいからって常識ではあり得ないスピードだ。


「なんだかご主人様と一緒にいると、すごい早さで成長するみたいです」

「いやいや、そんなはずは……」


 ないだろ、と言い切ろうとしたところで言葉が止まる。


 思い当たる節があったのだ。

 というか原因はアレしかない。


 ステータスを開く。



 Lv 300

 名前 トール・エイバン

 年齢 25歳

 性別 男

 種族 龍人

 ジョブ 戦士


 スキル 

 ダメージ軽減【Lv50】 

 肉体強化【Lv50】 

 経験値貯蓄【修復中】  

 魔力貯蓄【修復中】

 スキル経験値貯蓄【修復中】

 ジョブ貯蓄【Lv49】

 スキル貯蓄【Lv48】

 スキル効果UP【Lv50】

 経験値倍加・全体【Lv50】

 魔力貸借【Lv50】



 たぶん新しく習得した【経験値倍加・全体】の効果だ。

 使用方法が分からなくて放置していたが、どうやら自動発動型スキルだったらしく勝手にカエデの取得経験値を倍増していたらしい。


 このペースでレベルアップしたらヤバいだろ。


 一ヶ月後には、カエデのレベルがどうなっているのか考えるだけでも恐ろしくなる。


「ご主人様の為に早く強くなりますね! 頑張ります!」

「お、おお……」


 張り切る可愛い奴隷を前にしたら、止めようなんて言えるはずもない。

 この子は俺の為に強くなろうとしているのだ。


 ……なるようになるだろ。


 と言うわけで予定を変更して三階層を目指すことにした。


 今日は行けるところまで行こう。





 その後、カエデは恐ろしい早さでレベルを上げ続けた。


 三階層にいたる頃にはレベルは三十となり。

 放つ魔法は桁違いとなっていた。


「フラワーブリザード!」


 石造りの通路にいた敵が瞬く間に凍り付く。

 美しい氷の華が咲いて一掃された。


 彼女は踊るように鉄扇を巧みに操り、開いた状態からぱちりと閉じて見せた。


「もうこの階層では敵なしだな」

「いいえ、まだまだご主人様のお背中をお守りするほどではありません。もっともっと強くなって一日でも早くお力になりたい」


 カエデは惚けた顔でそのようなことを言う。


 ま、まだ、レベルを上げるつもりなのか。

 やる気が溢れすぎて怖い。


「そろそろ疲れただろう。もう素材もアイテムも充分に稼いだし戻るとしようか」

「そう、ですね。今日はこのくらいにしておくべきでしょう」


 内心でほっとする。


 実際、すでにリュックは破裂寸前だ。

 これ以上進むのは厳しい。


「なんでしょうかこれ」


 カエデが薄汚れた布を拾う。


 ただのゴミだろ、そう思ったところで布の表面を見てギョッとした。


「これはレアアイテムのマジックストレージじゃないか!」

「それってもしかして、どんな大きさの荷物でも入るという?」

「間違いない! 刺繍されたこの魔法陣には見覚えがある!」


 前のパーティーでも所有していたから良く覚えている。

 布の上に入れたい物を乗せるとどこかへと収納してくれるのだ。


 まともに買えば一千万はくだらない。


 収納スペースによっては値段は一気に跳ね上がるお宝だ。


 布を広げて隅を確認する。

 マジックストレージには収納数を示した数字が刺繍されているはずだ。

 その数字でどれくらいの価値か分かる。


 『100』


 やべっ。これ激レアだ。

 前のパーティーの物でも二十だったんだぞ。


「ご主人様」


 布を挟んだ向かい側にカエデがしゃがんだ。

 その顔はニコニコと笑顔だ。


 彼女の言いたいことがはっきりと分かった。


 これでさらに先へ進める、そう言いたいのだろう。


「ダメだ。もう食料も水も少ない。一度引き返さないと飢えて死ぬ」

「そ、そうでしたね、申し訳ありませんでした」


 顔を赤くして恥ずかしそうにする。

 自分のことばかりで、全体に意識が向いていなかったことに気が付いたのだろう。


 だが、怒りはしない。


 新人が陥るよくあることだ。


 もう少し、あともう少しだけ、そんな風に戻れないところまで入りすぎて全滅する。


 冒険者は常にリスクを考えて行動しなければならない。

 それができない内はまだまだ新人にも数えられない駆け出しだ。


「焦る必要はない。レベルを上げる機会はいくらでもあるんだ」

「はい」


 俺はマジックストレージにリュックを載せる。

 すると荷物は吸い込まれて消えた。


 あとは布を折りたたんでポケットに入れるだけ。


「さて、帰るか」

「はいっ!」


 帰り道もカエデが魔物を始末する。


 俺は見ているだけでいいので楽ちんだ。

 もちろん必要であれば戦うが、当分出番はないだろう。


 彼女に敵う敵はこの階層に存在しないのだから。


 地上に着く頃にはカエデのレベルは四十に到達していた。


 たった一日で三十二も上昇するなんて異常だ。

 違うな。正しくは俺のスキルがだ。

 何もかもが変わりすぎて理解が追いつかない毎日である。


 地上に出ると集めた素材とアイテムを換金する。


 今日の収入は十二万。


 初めてにしてはできすぎた額だ。


 ダンジョンに行った帰り、俺達は酒場に入りご馳走を注文する。


「ごしゅひんひゃま、このお肉おいひい」

「沢山食べろよ。お前が稼いだ金で注文した料理なんだからな」

「はい。ありがとうございますっ」

「礼なんか言う必要ないぞ」


 鳥の丸焼きを頬張るカエデはなんとも微笑ましい。

 俺も少し分けてもらって腹を満たした。


 クソみたいなことがあって荒んでいたが、カエデと出会って毎日が楽しい。


 案外俺にとってこの方が良かったのかもな。


 この可愛い奴隷とのんびり旅をしよう。


 きっと思っているよりも早く心の穴は埋められるかもしれない。


 明日は何階層へ行こうか。

 彼女はどのくらい成長するのだろうか。


 そんなことを考えつつ二人で宿へと戻った。




「ご主人様! 起きてくださいご主人様!」

「なんだ朝っぱらから」


 カエデが何度も何度も身体を揺らして呼ぶので体を起こす。


 窓の外を見ればまだ日が昇ったところだ。

 オレンジ色の朝日が目にしみる。


 ゆら、ゆら。

 

 視界の端に白い塊が入る。


 ようやく目が慣れベッドの近くにいるカエデに目を向けた。


 え。


「目が覚めたらこんなことに!」

「うそだよな……」

「本当です! どうしましょうか!?」


 そこには、立派な耳と尻尾を生やした大人のカエデがいた。

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