7話 勇者の計算外その1


 ギシギシとベッドがきしむ。

 僕はトールの元恋人であるリサを抱いていた。


 近くにはネイとソアラが転がっている。


「もうダメ! 限界!」

「なんだよ、もうへばったのか」


 失神したリサを放り出し僕はベッドの端に腰掛けた。


 白い肌を露わにした三人を眺めてから鼻で笑う。


 実に良い気分だ。

 トールから奪った女達で遊ぶのは。


「しかしアイツの顔、ほんと傑作だったな」


 何度思い出しても笑える。

 

 愛していたはずの女に裏切られ、指輪まで投げ捨てられるなんて、どこまでも馬鹿な男だよ。

 とっくの昔にリサは僕のものだったのにな。


 まったく最後まで楽しませてくれる。


 それにアイツは最後まで気が付かなかったようだ。

 リサだけじゃなく、ネイもソアラもトールのことを好きだったことを。


 可哀想になぁ。恋心が成就しないまま好きな相手を裏切ってしまうなんて。


 僕はネイとソアラに向けて呟いた。


 ここでネタばらしをしよう。

 リサもネイもソアラも本当の意味で僕に好意を寄せているわけではない。

 ある力によってそう思い込んでいるだけなのだ。


 誘惑の魔眼――異性を虜にするレアスキルだ。


 これを発現した時、僕は心の底から歓喜した。


 はっきり言おう。僕は誰よりも優秀だ。

 身体、知能、性格、能力、あらゆる面で非の打ち所がない男。


 なのになぜかリサもネイもソアラもトールを選んだ。


 それだけじゃない、村やこの街の連中は表面上は僕をもてはやしながら、裏ではトールのことばかり嬉しそうに語る。


 激しく嫉妬した。怒りで頭が壊れるかと思ったほどだ。


 そして、僕は最高のスキルを手に入れた。


 最初は拒んでいたリサもすっかり心酔している。

 今じゃあ僕好みに調教して遊ぶ毎日だ。

 アイツに隠れて弄ぶ日々も楽しかったが、気にせず好きなだけヤれるのもかなり気分が良い。

 足手まといがいなくなったおかげで仕事もはかどってるしな。


 勇者である僕は、魔王と戦う使命を背負わされている。


 魔王というのは百年に一度現れる災害のようなものだ。

 魔族から出現するのが一般的だが、たまに人の中から出てくることがあるそうだ。


 僕は大陸に存在するいずれかの聖武具を手にし、魔王との戦いに勝利しなければならない。


 非常に面倒ではあるが、その分手にする名声と金は莫大だ。


 すでに取り入ろうとする貴族が声をかけてきている。

 上手く運べば手の届かなかった令嬢を食い放題となるだろう。

 それどころかこの国の王女だって。


 まったく僕の人生は最高だな。


 トールよ、このセインの名が歴史に刻まれるのをよく見ておけよ。


 あはははははっ。



 ◇



「はぁ!? ドラゴンが討伐された!??」


 僕はリビア領主から話を聞いて愕然とする。


 わざわざ隣国の辺境の地まで来たと言うのに、目的のレッドドラゴンがいないなんて冗談じゃない。話が違うじゃないか。


「まことに申し訳ない。こちらから申し出ておいてこのようなことになるとは」

「いえ、突然のことで少し驚いただけです。しかし、誰が討伐を」

「それが誰が始末したのか分からないのです。調査の為に森へ行くとすでにレッドドラゴンは死骸となっていました」


 領主の話を聞きながら静かに歯ぎしりをする。


 内心で憤怒の炎が燃えさかっていた。


 このドラゴン退治で僕は華々しく勇者としてデビューするハズだったんだ。

 ドラゴンに困っている辺境の街を救い、美味い経験値を啜るはずだったのに、完全に計算が狂った。


 どこの誰かは知らないが、ふざけた真似をしてくれたな。


 領主と適当に雑談を交わしてから屋敷を出た。


「セイン、機嫌が悪いの?」

「そんなことないよ」

「なぁ、ドラゴンなんか放っておいて宿で気持ちいいことしようぜ」

「ネイは黙っててくれるかな」

「それにしても誰が正統種を倒したのでしょうか。普通の冒険者では手も足も出ない相手なのですが」

「まぁいいじゃないか。これで街は平和になったんだし。ちょっぴり残念だったけど、気持ちを切り替えて次に行こう」


 そうだ、次こそは素晴らしい結果を残すこととなるだろう。


 なにせ勇者の証したる聖剣を手に入れるのだから。


 すでに僕に聖武具を手に入れる資格があることははっきりしている。

 わざわざドラゴンを倒さなくとも、聖剣を手に入れれば世界に勇者が現れたとアピールすることができるだろう。


 あくまでもドラゴンはついで。


 真の目的はリビアの領地にある聖武具の神殿だ。



 ◇



「ない! ないないない! 聖剣がない!!」


 神殿へ入った僕は、台座にあるはずの聖剣がないことに気が付き狼狽する。


 確かにここにあるはずなのだ。


 聖武具を所持していた者が死ねば、自動的にここに戻ってくる。

 そして、前の所持者の死亡はきっちり記録されている。


 だからあるハズなんだ。ここに。


 恐らく誰かが一足早くここへ来て持ち出したんだ。


「落ち着いてセイン」

「五月蠅い雌豚!」


 リサを振り払う。

 床に転んだ彼女の顔を踏みつけた。


「いちいちべたついてくるな! 殺すぞ!」

「ご、ごめんなさい」


 イライラが止まらない。

 なぜ上手くいかないんだ。


 トールと別れてからなぜか計算が狂う。


 以前は思った通りに事が運んだのに。


 トールと別れてから……?


 いや、それはあり得ない。アイツは足手まといのお荷物レベルでしかなかった。

 僕の邪魔をしているのはもっと高レベルの何者かだ。


 出会ったらぶっ殺してやる。


 聖剣は勇者である僕のものなんだ。



 ◇



 予定を変えて僕はルンタッタへと向かうことにした。


 あそこには難易度高めの未踏破ダンジョンが存在する。

 もし最下層までたどり着けば、瞬く間に勇者として名を広めることができるだろう。


 だが、またもや計算が狂う。


「ダンジョン? あー、先月までそんなものあったなぁ」


 道を尋ねた冒険者がぼんやりとした顔で返答する。

 ずいぶんと要領を得ない答えだ。


 意味が分からず僕はダンジョンのあるだろう場所へと向かった。


「――なんだこれ!?」


 街の中心部に巨大な穴がぽっかりと空いていた。


 深さは分からない。のぞき込んでも暗くて底が見えなかった。


 何が……起きたんだ?


 僕はあまりの衝撃に地面に膝を折った。




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