6話 戦士に引き抜かれた聖剣
翌日、宿に戻ってきた俺は大きな溜め息を吐いた。
「どうされましたか」
「店のおっさんに怒られた上、修理費を請求された」
「……何をしたんですか」
「剣を折った」
新しい剣を求めて武具屋へと足を運んだ俺は、店で一番頑丈だと思う大剣を受け取って思いっきり振ってみたんだ。
正直に言おう。俺はまだ自分の力を舐めていた。
店内に風が巻き起こり商品は散乱。
持っていた未購入の大剣は半ばからへし折れ壁に突き刺さったのだ。
怒ったおっさんは店の修理費と剣の弁償を要求、俺はそれに黙って従うしかなかった。
いま思い出してもすさまじい剣幕だったな。
すぐに衛兵に突き出してやるってぶち切れていた。
こうなると普通の武器では満足に戦えもしない。
ベッド上で体を起こしたカエデは、しばし考えを巡らせてから発言した。
「ご主人様にぴったりな武器があります」
「本当か!? それはどこに!」
「聖武具の神殿です」
「それってもしかして……」
カエデは黙って頷く。
俺は頭を抱えたくなった。
気持ちは分からなくもないが、聖武具と言えば英雄や勇者が使うような特殊な力を秘めた特別な装備だ。
しかも資格のない者には持つことさえ許されない。
選ばれた者のみが手にすることができる神聖な武具。
それをただの冒険者である俺が所有するなど前代未聞だ。
でもこのままだと武器もないまま旅に出てしまいそうだし。
やるだけやってみて考えるのも悪い話ではない。
「きっとご主人様なら抜けますよ」
「本当かな」
俺は宿を引き払い、旅の道中で神殿へと行くことにした。
◇
辺境の街リビオを出て半日。
俺達は聖武具が収められていると言われる神殿へと到着した。
「でっかいな」
「神代に建造されたとされる神殿ですから」
純白の巨大な建造物。
漂わせる空気は神々しく崇めたくなる。
神殿の扉は固く閉ざされ人の姿はどこにもない。
聖武具を手に入れるには二つの試練があって、一つ目は閉ざされた扉を開けること、二つ目は武具を台座から引き抜くことである。
まず扉を開かなければ話にならない。
「でもよくそんな知識を持ってるな。俺でもそこまで詳しくないぞ」
「えっと、あの、知り合いに詳しい方がいたので!」
「なるほど。それなら納得だ」
「ふぅ」
俺の可愛い奴隷に知識を授けてくれた者へ深き感謝を捧げよう。
そのおかげで挑戦することができるのだから。
とにかく開けるために扉へ触れる。
ヴォォン。
不思議な音が響き、触れた箇所から光の波が広がった。
ゴゴゴゴゴゴ。
静かに扉が開き始める。
「やった! 開いたぞ!」
「おめでとうございます! やっぱりご主人様ですね!」
中は薄暗く奥へと続く通路があるだけ。
ボッ、ボッ、ボッ。
通路に設置されている松明がひとりでに火が付き、まるで奥へ導くように次々に明かりが灯って行く。
誰かに『来い』って呼ばれているみたいだ。
通路を進み最奥へと至る。
そこには大きな部屋と剣の突き刺さった台座があった。
「これが聖なる武器か。でも片手剣だぞ」
「聖武具は持ち主に合わせてサイズや形状が変わるそうです。きっとご主人様なら大剣になるに違いありません」
「へぇ、じゃあ問題ないってことか」
豪華な装飾がされた剣は心なしか輝いているように見える。
部屋の上部にあるステンドグラスからは光が差し込み、この部屋全体が幻想的で澄んだ空気で満たされているような気がした。
よーし、頼むから抜けてくれよ。
気合いを入れて柄を握る。
「うわっ!?」
剣が眩いほどの輝きに包まれた。
驚いた俺は台座から転げ落ちて後頭部を強く打つ。
いたたた……なんだったんだ。
「ご主人様、それ!」
「んん?」
右手に何かが握られていた。
というか考えるまでもなく剣である。
抜けた! 聖なる剣を抜いたぞ!!
片手剣は黄金の光に包まれサイズと形状を変える。
出現したのは一メートルを超える大剣だった。
数秒遅れて、鞘がどこからともなく現れ刀身を包む。
これはありがたい。さすがにむき出しのまま持ち歩くのはどうかと考えていたのだ。
兎にも角にもこれで俺はきちんと扱える武器を手に入れた。
「おめでとうございます、ご主人様!」
「カエデのおかげさ。言われなければ途方に暮れていた」
「そんなことはありません! ご主人様ならきっと自力でここへ来られていたはずです! なぜなら聖武具に選ばれた方なのですから!」
「よせって褒めすぎだ」
でも気分は悪くない。
そう言えばここ一年ほど誰かに褒められることもなかったな。
気が付けばリサも俺を褒めることをしなくなったし。
思えば一年前からセインとの関係は始まっていたのかもな。
まぁいい、思い出すだけ気分が悪くなる。
「これでご主人様と一緒に冒険できますね!」
「やる気なのは嬉しいが、体調の方はどうなんだ」
「すでに全快に近いくらいまで回復しています。数字にすると七割くらいでしょうか。今なら戦闘もできると思います」
「ふむ、そう言えばカエデって戦闘経験はあるのか」
「冒険者ほどではありませんが、身を守るくらいの技術はありますよ」
思ったよりも早く冒険者デビューできそうだな。
次の街に着いたら登録させてパーティーを組むとするか。
……あれ、なにか忘れてるような。
まいいか。聖武器も手に入れたし次の街に出発だ。
◇
馬車に相乗りして、山を一つ越え森を抜ける。
その先に次の街ルンタッタが存在する。
ルンタッタは冒険者の多いことでよく知られている街だ。
それと酒場と娼館も。
冒険者は血の気が多く金遣いが荒い、自然と冒険者が集まる場所には酒や女も集まるってわけだ。
街に入るなりカエデはギョッとする。
道に寝転がる酔っ払いに驚いたようだ。
「なんだかお酒臭い場所ですね」
「むしろ酒しかない街だな。その代わり良い酒と娯楽には事欠かない場所でもあるんだぜ」
「ご、ご主人様にはわたしがいますからね! そのような場所に行く必要はありませんよ!?」
「そのようなってどこのことだ?」
「うううう」
何故か顔を赤くしてうつむく。
もちろん分かってて聞いたのだ。
カエデをからかうのは面白いな。
でも、まだそういう気分ではないので行くつもりはない。
自分で考えているより、あの出来事は心にダメージを与えているようだ。
独り身に戻れて最高だぜ――なんてはしゃげたらどんなに楽か。
まずはギルドへと顔を出す。
装備に身を包んだ厳つい連中がたむろするギルド内を進み、綺麗な女性職員がいる受付へと声をかけた。
「ご用件は?」
「この子の登録申請だ」
「では一万です」
相変わらず高い登録料だ。
ギルドってのは初っ端から冒険者の足下を見るよな。
個人情報を記載する書類が差し出される。
「カエデは文字は習ったか?」
「問題ないです」
ペンを受け取った彼女はさらさら書き記す。
後ろから覗くとやけに綺麗な文字だ。
それなりの教育を受けているとは思っていたが、実はどこかのお嬢様だったのかもしれない。俺の雑で汚い文字とは大違いだ。
「確かに受け取りました。それではお待ちください」
書類を受け取った職員は一度席を離れ、数分後に戻ってきてカードを差し出す。
俗に言う冒険者カードだ。
金属製で表面にはその者の情報が記されている。
身分証明書としても使えるので、入場制限のある街には必ず必要になる物だ。
ちなみに冒険者のランクは下からD、C、B、A、Sの順だ。
噂ではSSなんてものもあるそうだが、あくまで噂であって実際はない……と思う。
俺の個人的なランクはB。
以前はパーティーがSランクだったので同様の扱いだったが、クビになったので元のBランク扱いとなる。
ぼーっとしている間にカエデが職員と何やら会話をしている。
頭を下げてこちらに戻ってくると、なぜか目をキラキラさせていた。
「この街にダンジョンがあるらしいですよ!」
「ああ、そう言えばここはダンジョン街だったな」
「一緒に冒険できますね! 必ずお役に立ちますよ!」
「はは、期待してるぞ」
カエデの頭を撫でてやる。
彼女は頬をピンクに染めて嬉しそうにした。
明日は可愛い奴隷の冒険者デビューか。
俺も頑張らないとな。
――この時の俺は、あんなことになるなんて想像すらしていなかったんだ。
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