コンプレックス

麻城すず

コンプレックス

 生まれつき弱視だった私は、小学校に上がる前から分厚い眼鏡をかけていてよくからかわれたものだった。

 あだ名がメガネザルなんて決して喜べはしなかったし、分厚いレンズのせいで目が小さく見えてブスだなんて言われるのは理不尽だと思っていた。

 中学に入り、眼科医の勧めもあってコンタクトに変えたがその途端からかわれる事は無くなった。それどころか何人かの男子には好意的な言葉までもらうようになり、私はますます眼鏡にコンプレックスを持つようになった。

 自宅から少し遠くにある高校に入り、私の眼鏡姿を知っているクラスメイトがいなくなるとなんだか解放されたような気分になって単純だけど毎日嬉しかった。

 けれども、今仲良くしている友達や彼に眼鏡姿を見せたらなんて言われるんだろうとたまに考えて落ち込んだ。

 高校生にもなって、たかが眼鏡でからかうなんてあり得ないとは思っていたが、否定しきれないほど重いトラウマになっていたのだ。


 風邪を引いて学校を休んだ日。熱があったせいかコンタクトが痛くて入らなくて、私は一日眼鏡で過ごした。

 彼から来たメールには見舞いに行きたいとあったが、移すと悪いからと断った。本当は眼鏡姿を見せたくなかっただけだ。

 少しウトウトしていたら、枕元の携帯が着信を知らせるメロディーを奏でだした。

『美緒風邪だって? さっきおばちゃんに会って聞いたの。今からお見舞い行くね』

 幼馴染みの桜。昔からの友達だから、眼鏡姿でも大丈夫。

 間も無く来訪者を知らせるベルの音。

「はい」

 てっきり桜だと思ったのに、ドアの向こうに立っていたのは彼だった。

「あれ、美緒眼鏡……」

 少し驚いた顔をする彼に軽く失望の念を覚え、曖昧に笑って見せるけれど心は抉られたように痛んでいた。彼も眼鏡姿の私に失望したのかも知れないのに。

「いつもはコンタクトだったんだ。でも眼鏡も新鮮でいいな。似合ってる」

「まさか!」

 そんなはずはない。だって子供の頃苛められたのは、顔のサイズに不釣り合いな分厚いレンズのせいだったのだ。どれだけ不格好だったかは、自分でも自覚していた。

 慌てて眼鏡を外した。そのせいで視界は一気に悪くなり、すぐ目の前に立っている彼の顔すら曖昧になる。

「なんで外すの。見せてよ美緒の眼鏡姿」

 私の手からスルリと眼鏡が抜き取られ、鼻にかかるとすぐ近くに彼の顔があった。

 初めて触れ合う唇の余韻に頭が真っ白になった時、彼の笑いの混じった声が私を一気に覚醒させた。

「美緒は可愛い。眼鏡かけてても、寝起きのグシャグシャ頭でも」

 桜ならいいかと、手櫛で整えただけのもつれた髪に気付いた私には一言返すのが精一杯だった。

「風邪、移っても知らないから……!」

 眼鏡のことはもう、気にならなくなっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

コンプレックス 麻城すず @suzuasa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ