第8話

 小さい頃からお兄ちゃん子だった私は、いっつもお兄ちゃんと一緒に過ごしてきた。

 お兄ちゃんが出かけるなら私もついて行って、お兄ちゃんが遊ぶなら私も一緒に遊ぶ。お風呂も小学校に上がる頃まで一緒に入ったりするくらいべったりなキモいブラコン妹だったのだ。

 でもそれはあくまで兄として好きだったと思う。

 変わったきっかけは二年前の私が中学二年生になったばかりのこと。


「私がお母さんと大喧嘩したの、覚えてる?」

「ああ、当たり前だろ。あれはマジで俺も怖かったからな」


 そう、私はお母さんと人生で初めての大喧嘩をしたのだ。原因は私がネットかなり高い買い物をしたことだった。だいたい十万くらいのものを私は親に黙って親のアカウントで買ったのだ。もちろん全額全て私のお金で支払ったが、お母さんは高価な買い物を黙ってやったこと自体に強く叱責した。

 それに対し、反抗期的な面も確かにあった。けど、私も目的があった買い物だったので初めて対抗したのだ。


「で、私そのまま家出て行ったでしょ」

「あれはマジで焦ったな」

「でも、仕方ないでしょ。あーするしかなかったんだから」


 家を飛び出し、二日間私は帰らなかった。

 母は怒り呆れ、意地になり探すことはせず「すぐ帰ってくるから放っておきなさい」と言った。けど雨の日が続く中だったにも関わらず、たった一人で探してくれたのがお兄ちゃんだったのだ。

 一泊は友達の家に泊ったけど、二日目は公園で夜を明かそうとした。そんな時に、ずぶ濡れになりながら見つけてくれたお兄ちゃんに私は心から救われた。


「それがきっかけなのか……」

「うん。だって、お兄ちゃん私の分の傘持ってたのに差さずに来るし、その後も私を慰めてくれて、お母さんのことも説得してくれたでしょ」

「そりゃぁな。それが兄貴ってもんだろ」

「それだよ。そういうところが、私は大好きなの」


 さりげない一言に克則は、気恥ずかしさを隠すようにそっぽを向いた。


「それで、訊いたでしょ。何を買ったのかって」

「ああ。俺の高校の入学祝だろ。だとしても、溜めてた金で十万のペアリングのネックレス買うか?」

「いいでしょ! だって記念にお揃いのもので、お兄ちゃんをお祝いしたかったんだもん」


 どこまでも残念でバカで、愛おしいブラコン妹である。

 今でも由希から貰ったプレゼントは大切に保管している。克則にとっても大切な宝ものだった。


「お兄ちゃんはいつでも私を大切してくれるし、私の気持ちも受け止めてくれる。最近だって、こんな変な恋愛相談にも真剣に乗ってくれたでしょ。やっぱりお兄ちゃんはお兄ちゃんなんだって思って、もっともっと好きなったの」


 気がつけば、五時前くらいで外は薄っすらと明るくなってきた。

 由希は感傷に浸りながらも、優しく微笑む。


「私はお兄ちゃんのことが好きです。私と付き合ってください」


 スッと気持ちをそのまま言葉にできた。

 部屋の中だし、部屋着だし、ムードもあるか分かんないけど、それでも私はここで伝えるべきだと思った。

 ここでどんな返事が来ても受け入れる。その時をただ待つ。


「……」

「…………」


 沈黙が怖い。由希はそっと目を瞑った。


 その瞬間だった。

 唇にそっと柔らかな感触が重なる。


 思わず目を開けて確かめて見るも、すぐにギュッと克則から抱きしめられた。状況が呑み込めず、ただ心臓がはち切れそうなくらいに鼓動が波打つ。

 そしてそれは克則も同じだった。同じようにドキドキと高鳴っているが分かる。


「バカだよな……」

「え?」

「なぁ、訊いてくれないか? 俺の恋愛相談。最近さ、バカな妹が恋愛相談して来て、最初はありえないって思ってたのに、いつの間にか俺もその妹ことを意識してしまうんだ」


 由希はゆっくりと克則の胸から顔を離す。そして互いに見つめ合った。


「うん。じゃあ、お兄ちゃんの恋愛相談は私が聞いてあげる。だから、私の恋愛相談はお兄ちゃんが聞いてね」

「なんだ、それ。バカな兄妹だな」

「ふふっ。そうだね。でも、普通の恋愛じゃないんだから、これでいいんだと思うよ」

「それもそうか」


 笑い合う。

 そして今度は由希から強く克則を抱きしめた。しばらくは放してくれなさそうだ。


 兄妹だからできる恋愛相談は、たぶんこの先も続くのだろう。

 兄妹で惹かれ合い、想い合うなんて普通じゃない。故に、どこまでも強く大きな愛なのだから。

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