第9話
兄妹は昼過ぎの公園で、ゆっくりと過ごしていた。
「なんか、久しぶりだな。こういうの」
「そうだね。最近はデートもできてなかったし」
「だな。お前は高校三年生で、俺は大学生で一人暮らし。会う機会もかなり減ったもんな」
「ほんとだよ〜。すっごく寂しかったんだから」
「その分、出来るだけ連絡取っただろ」
「足りないもーん!」
ぷいっと由希はそっぽを向くも、クスッと笑いを溢した。
「でも、これで一緒に暮らせるね」
由希は高校を無事に卒業して、克則と同じ大学に合格した。これから、同じ部屋で二人暮らしのキャンパスライフがスタートである。
昨日は一日掛かりで荷物を運び、部屋の片付けをしていたのである。そして今日はのんびりと二人の時間を過ごそうと由希から言われていた。
「高校は楽しかったか?」
「うん。最後の一年は私が新聞部をやってたんだからね? すっごく大変だった……」
「あはは! だろうな。あれは地獄の作業だろ。でも一人じゃなかったんだろ? 俺の時は二人だからな?」
「よくお兄ちゃんたち毎月刊行してたね……」
高校生活を振り返り、克則も当時のことを思い出す。
今となってはいい思い出だ。
「お兄ちゃんは? 大学楽しい?」
「ああ、楽しいぞ」
「まさかだけど、浮気してないよね?」
「してねっつーの!」
「怪しいから、大学始まったらずっと一緒に過ごすからね!」
いや、それも嫌すぎるだろ。
だが、なにも知らない人からすれば、普通に恋人に見えるか? それとも仲が良すぎる兄弟に見えるか……。
「それより、もう帰るぞ。夕飯の買い出しもしないと」
「はーい。あ、私が作ってあげるね。家でずっと花嫁修行してたんだ〜!」
なんとも複雑な心境だ。嬉しいような、本当にこれでいいのか分からないような——。
兄妹で恋人。そんな普通じゃない関係が今でも続いている。いつかどこかで壊れるんじゃないか、なんてことも考えることは頻繁にあった。この恋は偽りで、歪で、異常なモノだと認識する日が来るんじゃないかって。
だから、克則が高校を卒業するときに一つだけ約束をしたのだ。
「俺からの恋愛相談いいか?」
「うん。なに?」
「俺は一人暮らしをする。一年間は、お互いに会えないことが多くなる。だからよく考えて欲しいんだ。今のままで、本当に幸せなのか」
じゃなきゃ、二人とも大きな傷を負うことになるから。もう二度と、兄妹としての仲に戻れなくなるから。
「うん。分かった」
「これで、もし普通の恋ができるなら、俺たちは普通の兄妹に戻る。そう、約束してくれ」
由希も熟考して、コクっと頷いた。
「でも、お兄ちゃん。私からも一つだけ約束して」
「いいだろう」
これで公平になる。
「もし気持ちがお互いに変わらなかったら……結婚して」
「はぁ⁉︎ け、結婚⁉︎」
「私は真剣だよ。お願い、私をちゃんと受け入れて」
ああ、ここで腹を括らなければと俺は確信した。
だからその条件を呑んだ。
二人は夕飯の買い出しを済ませ、これから一緒に過ごすマンションに帰った。由希の作ったグラタンを食べ、お風呂も済ませ、約束の瞬間を由希は確認する。
「お兄ちゃん、約束はちゃんと覚えてる?」
「……ああ」
「じゃあ、ちゃんと……ね?」
告白の時もこんな感じでムードもなく、部屋の中で、お互いに部屋着のままだった。
だから、なんとなくこれが二人らしいのだとも思ってしまう。
実際に兄妹で結婚なんてできない。だから二人でこうして密かに結婚式っぽいことをしようってのが、由希の約束である。
「えっと、なんて言えばいいの? 私、よく調べてなくて……」
「俺も知らねーよ。もう、こうなったらアドリブで行くしかない」
コホンっと咳払いを一つ。
「由希は俺のことを夫としてどんな時も愛すことを誓いますか?」
「なにそれ! もっと誓うことあるでしょ!」
「いいだろ。ほら、誓うのか?」
「もちろん、誓うけど。お兄ちゃんは? 私のこと妻として愛してくれる?」
「しょーがないな。誓ってやるよ」
「一言多い! じゃあ、指輪交換しよ。ちゃんと持ってきた?」
「ああ。買うのめっちゃ恥ずかったんだからな」
「私だって買うの恥ずかしかったんだから、お互い様でしょ」
文句を言いながらも二人の指に通す。
そしてもう我慢が出来ない様子で、由希から唇を重ねた。キスをしたのも告白した時以来である。
長く、呼吸を挟みながらその感触を確かめる。
少しだけ乱れる呼吸を残し、お互いは額を当てて笑みを溢した。この時をずっと待ち、この瞬間をずっと夢に見ていた。
由希の最後の恋愛相談が叶ったのだ。
「私、すっごく幸せだよ」
「俺もだ。二人でこの幸せを守っていこうな」
誰にも相談できない恋のお話。
兄妹の恋愛相談は、これでおしまい。
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