人龍⑪
馬車の中でニエがこてりと首を傾げながら「むむむ」と唸る。
シロマはそんなニエの様子に呆れたように言う。
「別に基幹魔法の名前なんて適当でいいと思うけどね。僕も【創水】とそのまんまな名前を付けたけど、別にそれで困ったことはないよ。あまり考えずに適当に決めたらいい」
「そう言われると余計難しいです。……うーん、強そうな名前がいいですよね。【スーパーデストロイファイアー】とか【アンリミテッドブリザード】とかでいいでしょうか?」
「……ファイアー要素とブリザード要素はどこかな?」
「スーパーもデストロイもないわね」
辛うじて時を戻せるのでアンリミテッドの部分はあるか?
何にせよセンスがない。
ニエは総ツッコミを受けて再び腕を組んで考え始める。
「【スーパーデストロイファイアー】カッコいいと思ったんですけど……」
「それはない。もっとシンプルに考えたらどうだ?」
「シンプル……【ポチ】とか【コロ】とかですか?」
「犬の名前か?」
ニエはシロマにぐでーともたれかかり、パタパタと手足を動かす。
「うーむ、難しいです。悩みます」
そんなに難しいだろうか、適当にそのままを名前にしたらいいだけのように思える。
何故かシロマがニエの髪をいじくり出し、ニエが小さく抵抗して少し楽しそうにしている。
この二人、案外仲良いな。性格や趣味嗜好はズレてると思うが……やはり見かけの年齢が近いから精神的にも近いのだろうか。
まぁ戯れてるのは可愛い。
ニエとミルナは仲が悪いわけではないが、ニエが色々と遠慮している印象があり、シロマとミルナはどうにもどちらも年長者ぶっているような感じだ。
傭兵はミルナと俺以外とはあまり話さない。まぁ、自分の娘世代の子供と話せるような話題もないか。
ミルナが今精神的に不安定というのもあるだろうが、ニエとシロマの仲がいいせいで相対的にミルナが浮いているように思える。
どうにかするべきか……いや、別に仲良しグループで旅行というわけでもないので気にする必要はないだろうか。
「うーん、スーパー……グレート……ダーク……ヘル……」
「とりあえずそれはやめておいた方がいいな」
「まだ言ってませんっ! むぅ……難しいです。【クッキー】とか【マロン】はどうですか?」
「好きな食べ物の名前を付けるのはよした方がいいと思うぞ。ペットに付ける名前っぽい」
「……! 【スーパーデストロイクッキー】!」
「地獄の合わせ技止めろ」
ニエは「むぅ……」と再び考え出して、御者台にいた傭兵に話しかける。
「参考までに、傭兵さんの魔法の名前を聞いてもいいですか?」
「ん? 俺のか? 【スーパーデストロイファイアー】だぞ」
「嘘つけ」
氷の壁を出す魔法に何処がスーパーとかデストロイとかファイアーの要素があるというのだ。
そんな話をしていると、傭兵が馬を止める。
「どうした?」
「…….血の匂いがする。……前に、魔物に襲われている馬車がいるな。どうする?」
「……まぁ助けるしかないだろ」
「ん、魔物ということなら僕も行こう。魔法で援護する」
傭兵が仕方なさそうに飛び出し、俺は短刀を取り出してそれを追いかける。シロマも追随するが、明らかに足が遅い。
遠くに毛むくじゃらの魔物と馬車が見える。既に馬車が半壊しており、倒れている人も見える。
馬車の周りが氷の壁に囲まれ、魔物は突然のことで驚いたのか動きが止まる。
随分と毛むくじゃらだが……何の生き物に近い? 犬か何かか? いや、単独だしな……と考えつつ勢いのままにツッコミ、魔物が反応し切れていないうちに短刀を振るう。
短刀の火炎が魔物を包むが、怯むだけだ。
フッと息を吐き出しながら、背後にある馬車の方に声を掛ける。
「助けにきた」
トントンと後ろ下がる。火に包まれているというのに構わずこちらに向かってくる。
「傭兵!」
「あいよ」
俺と魔物の間に氷の壁が発生し、それにぶつかった魔物はのたうち回る。
遅れて到着したシロマが息を切らしながら指先を燃えている魔物に向ける。
「……【渦巻け】【渦巻け】【渦巻け】【飛んで】【穿て】!! 【水渦の矢】!!」
シロマの指先から飛んでいった水が魔物の後ろ足に当たり、当たった脚を弾け飛ぶ。
「外したかっ!」
「いや、充分だ」
傭兵の剣が魔物の脳天に突き刺さり、魔物はそのまま地に沈む。
一息吐く前にその魔物が完全に死んでいることを確かめ、周りに他の魔物がいないかを探る。
「……よし、こんなものか」
振り返ってみると、小太りの男が腕から血を流しながら呆気に取られたように俺達を見ていた。
「おー、大丈夫か?」
気の抜けた傭兵の言葉でやっと我に返る。
「……あ、ありがとう。ありがとうございます! あ、す、すみません!」
男は急いで倒れている人の方に向かう。倒れている人は血が流れている様子はなく、様子を見るに何かで頭をぶつけたように見える。
シロマはその倒れている男に目を向けて観察すると「大事はないようだ」と言う。
気絶しているだけか。
様子を伺っている二人に俺は言う。
「ニエとミルナが心配だから一度戻るな」
「……お前、事後処理から逃げるつもりだろ」
「いや、この世界の常識とか分からないしな」
傭兵の言葉をスルーして馬車へと戻る。
しばらく待っていると傭兵達が戻ってきて、恨みがましそうに俺を見た後に馬車を動かす。
「護衛に雇っていた傭兵が逃げたとかで、次の街に着くまで一緒に来てほしいってよ。どうする?」
「別にいいんじゃない? 一緒に行ってあげたら」
ミルナの言葉で同行が決まった。馬車が追いついたが、どうやら馬が襲われたことで興奮しているらしく、落ち着かせるのにもう少し時間がかかりそうだ。
小太りの男が傭兵と少し会話をしてから俺達の方に顔を向ける。
「どうも私は行商人をしているのですが、欲しい物などはございますか? 助けていただきましたので、それはもうお安くご提供させていただきますよ!」
商魂たくましいなこのおっさん。
まぁ、どうせしばらくは立ち止まることになるのだし、安く売ってくれるなら買ってもいいか。
ニエに目を向けると、彼女は俺に言う。
「生贄用の服はあるでしょうか?」
その言葉を聞いた商人は少し頰を痙攣らせる。
「い、生贄!? いえ…….そう言ったものは取り扱っておりませんね」
「ふむ、じゃあ動物の死骸はあるかな?」
食用の肉といえ、シロマ。ニエの生贄発言の直後にその言い回しだと邪教の供物にしか聞こえないだろ。
「ふ、普通の家畜のものでしたら…….」
「酒はあるか?」
だから若干邪教の供物っぽいチョイスはやめろ。ただでさえ幼い少女ばかりで怪しい集団なんだぞ。
若干の怯えを見せる商人の男から相場より少し安めに食品などを買い、それから道に落ちたままの魔物の死骸の方に向かう。
「ふむ、珍しくもない魔物だね」
「そうだな。毛むくじゃらの上に焦げていて難しいが、思ったよりも犬っぽくはないな」
かなり毛が多いが体型や骨格、歯の形はマングースに近いように見える。例によって普通のマングースとは違って結構な巨体だが、まだマシな体付きをしている。
「歯の形からしたら雑食らしいな。手足の付き方から昆虫食が多そうだな。群れは作らないが、縄張りは小さめ……というか、移動範囲が狭そうだ」
「そんなことまで分かるのか?」
「ああ、歯の形を見たらおおよその食性が分かる。指先の形から昆虫食をしやすくなっているのと、骨格や腱の長さからおおよその移動範囲も掴める。ついでに、移動範囲が狭いのに群を作っていないことから、生息密度の濃さなども分かる。移動範囲が狭くて群を作らなかったら繁殖出来ないからな。こんなに毛むくじゃらで体温調節が出来るのか不思議だが」
「それならこの魔物が使う風の魔法があるから大丈夫だろうな。あまり規模は大きくないんだが、体温調節に使っているのかもしれない」
見つけた魔物についての考察をシロマと共にしていると、商人の男がものすごく恐れたような顔を俺達に向ける。
……殺した魔物を捧げる邪教徒ではない。
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