人龍⑩
やはり食事は不味い。ニエに作ってもらった方が美味かったな、と思いながら腹に詰めていくが、不味いとどうにも食指が進まない。
「調子悪いんですか?」
「……いや、そういうわけじゃないが、ニエの料理の方が美味いなって思ってな」
「ん、んぅ……そ、そうですか。また明日ですね」
「……ああ」
俺も料理ぐらいは元々作れたが、それは日本の家電や食材ありきの話だ。薪とか上手く扱えない。
ニエは凄いな、と思いながら食事を終える。
そういえばこの旅、ニエは料理を作ってくれているし、傭兵とシロマは御者をしてくれている、ミルナもなんだかんだと細かく動いていて……俺だけ何もせずに少女に鼻の下を伸ばしているだけじゃないか?
食事を終えて、三人と部屋の前で別れる。
「えっ……カバネさんはそっちで寝るんですか?」
「ん、ああ、普通に男女で別れる形でいいだろ」
「わ、私もそっちで寝ていいですか?」
「じゃあ僕もそっちで寝ていい? お話しよう」
「今残されかけているミルナが泣きそうな顔をしてるからダメだ」
うぅ……と、悲しそうな表情をするニエに後ろ髪を引かれるような気分になりながら、扉を閉めて隣の部屋に入る。
「良かったのか?」
傭兵に尋ねられ、俺は欠伸をしながら頷く。
「まぁ……普通に手狭だしな。あと、五人で旅をしていて四人と一人で別れるのはどうなんだと思う」
「俺はカバネがハーレムを作っていようと別に気にしないぞ。というか、部屋を大きく使える方がいいけどな」
「ハーレム作ってねえよ……」
年齢層が低すぎる。と思ったが、よく考えたら平均年齢80歳越えだな。シロマの年齢が高すぎる。
久々にゆっくり寝れるな。ニエが隣にいると緊張してしまいがちで、よほど疲れていない限りは熟睡が出来ない。
俺がベッドに寝転び、早々に寝てしまおうとしていると傭兵が俺を見ながら言う。
「……あんまり無理はするなよ」
「傭兵には言われたくないな」
「もっと可愛げを出せよ。…….まぁいいか。カバネ、お前は間違えるなよ」
「…….何がだ?」
「……いや、大した話じゃない」
「……ミルナの母のこと、後悔しているのか?」
「……そうするしかなかったから、そうしただけだからな。後悔する余地もないさ」
じゃあなんで「間違えるなよ」などと言うのか。
間違えたという自覚があるからじゃないのか。
傭兵は気怠そうに頭を掻く。
「そんな顔すんなよ。俺もほとぼりが冷めたら騎士団に戻って、そいつらに頭を下げて働くことになるんだからな」
「……騎士団に戻るつもりだったのか?」
「…….そりゃな。別に悪人集団ってわけじゃない。戦さ場の専門家で、多くの人を救うために効率的な手段を取っているだけだ」
「……人を殺してか」
「一人殺せば一日ことを早く済ませることが出来、一日早ければ村が一つ助かる。単純な計算だろ。数人、数十人を犠牲にして数千人を救ってくれるんだ。魔物に怯える民からしたらありがたい存在だ」
……俺は村一つよりも、街一つよりも、国一つよりも、自分の大切にしているものが大事だ。
子供の理屈かもしれない。俺のようなワガママな奴ばかりだと、世の中が立ち行かないかもしれない。
けれど、傭兵は辛そうにしている。
「……傭兵、お前はなんで……王族が襲われることを知っていたんだ。内通者でもいたのか」
「ん……まぁ、そりゃあ疑問に思うか」
傭兵はゆっくりと口を開く。
「ドラグ・フライブだ。俺の名前な」
「……フライブ? それって確か……」
救国の専門家。【鬼喰いの小蝿】の団長をしている人龍の名前がベルゼ・フライブだった筈だ。
同じ家名……それはつまり。
「俺は【人龍】の息子だ。血の繋がりはないがな」
「……そうか」
「色々と聞かないのか?」
「聞いても仕方ないだろ。やれることは既にやっているだろうし、そいつらと事を構えようって話でもないんだ」
「……まぁ、そうかもな」
「その魔物の群れについてはどうなんだ?」
「随分先の話だ。十年、二十年向こうのことに対する準備をしている。今は兆候が見られる程度だな」
深く息を吐き出して目を閉じる。
結局、俺たちに出来ることは何もないのだろう。大人しく、ミルナの無事のためにダラダラと時間を潰しながら旅をするしかない。その生温さが気持ち悪くはあるが、諦めよう。
◇◆◇◆◇◆◇
べったりと肌に張り付く服の感触で目が覚める。
よほど汗をかいていたのだろうと思いながら体を起こそうとすると、ほんの少し重たいものが身体に乗っていることに気がつく。
「ん、んぅ……」
ニエか。よほど暑いのか、ニエも寝苦しそうにしているが俺の身体に引っ付いて離れようとしない。
以前よりも少し肉付きが良くなっているがやはり痩せていて軽く、少し甘やかすぐらいいいんじゃないかと思ってしまう。
いや、でもシロマにダメといった手前、こうやって隠れてベッドの中に潜り込んでいることは叱った方が……しかしいい匂いがするし、触れ合っていると気持ちいい。
叱ることにするが、もう少しこの感触と匂いを味わってから……。
そう考えているうちに再び寝てしまっていたらしく、目が覚めると既に朝になっていた。
「ん、んぅ……あれ? おはようです」
「おはよう」
俺に引っ付いたまま視線だけが持ち上がり、俺の方をジッと見つめる。
「あれ? 一緒に寝ましたっけ?」
「いつのまにかいたな……」
ニエは寝ぼけた頭をくしくしとしてから、まばたきを繰り返す。こてりと首を傾げたあと、顔を赤くする。
「す、すみませんっ! 寂しくなってちょっと顔を見にきただけだったんですっ!」
「いや、責める気はないが……」
と言ったところで、部屋の中にシロマが立っていることに気がつく。
「俺にはないが……」
「へー、ニエは人にはダメと言っておきながらそういうことをするんだな。起きたらいなくて心配したら……まったく……」
「す、すみません。その……寂しかったんです」
「僕と一緒に寝ればいいじゃないか」
身体を起こす。傭兵とミルナの姿は見えず、ボリボリと頭をかきながら、俺のものかニエのものか分からない汗で張り付いた服をパサパサと動かして乾かす。
「傭兵とミルナは?」
「傭兵は知らないが、ミルナは部屋で着替えているよ。まったく、若い娘というのは服一つ着替えるのにまで時間がかかるのだな」
シロマの方がよほど若いだろうと思ったがシロマは200歳越えか。
傭兵はまた隠れて素振りでもしているのだろう。
俺達が一番最後みたいだしさっさと出発の準備をしておくか。
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