人龍⑨

「ミルナも魔物に興味があるのか?」

「いや……そういうわけじゃないけど……その、躾けられるなら……と思って」

「やめとけ。ミルナも見ただろ、あの鳥、普通にアイツらにも攻撃していた。人を襲うように躾けたら自分達が襲われ、物を壊すように躾けたら自分達の物を壊される。相手がああいう手を使ったのは、よっぽど手詰まりだったからで、良い方法だからじゃない」


 ミルナは俯く。少し厳しく言い過ぎたが……これぐらい強く言っていた方がいいだろう。下手に手懐けようとして失敗したら惨事だ。


 嬉しそうに語るシロマを見て、ほんの少し頰が緩む。日本にシロマみたいな子がいたら間違いなく夢中になっていただろうと思う。


 趣味の話をして落ち着いてきたところで、ミルナがポツリと言う。


「あ……なんとなく分かってきたかもしれない」

「魔物についてか?」

「いや、そうじゃなくてね。ほら、この位置関係」

「位置?」


 ミルナが片方のベッドを一人で使っていて、他はみんなこちら側だ。

 寂しかったのかと思うが、どうやらそうではないらしい。寝転んで少し乱れた髪をくしくしと溶きながらミルナは話を続ける。


「ほら、シロマは近くに寄っていくけど、ニエはあまり近すぎると離れていく。カバネは近くにいても気にしないけど、自分から寄ったりもしない。無意識的なものが出てるなぁって……。ご、ごめん、勘違いかもしれないわね」


 ミルナは焦って首を横に振り、シロマはうんうんと頷く。


「正解だよ。そういう、言語にすることも難しいような小さな癖を知って、それで自分の内面を計っていくの」


 ……ああ、なるほど。と少しだけ納得する。

 それでこういう環境なのか。相手への理解を深めるのと同時に、相対的に自分のことを知ることが出来る。


 ニエはジッと俺の方を見たあと、シロマの方に目を向ける。

 どうしたのかと思っていると、ニエはポツリと呟く。


「……分かったかとしれません」


 パチリパチリと瞬きをして、ゆっくりとシロマに言う。


「基幹魔法、分かったかもしれないです」


 ニエのその言葉にみんな驚きつつ、とりあえず試すために一度部屋を明るくする。


「じゃあ、今からニエの身体に魔力を流すから、魔力を感じられたら、自分の魔力に意識を集中して、出してみて」

「は、はい」


 シロマはギュッとニエを後ろから抱きしめて、ふぅーと息を吐き出す。小さい女の子が二人引っ付いていて可愛らしいと思うが……もしかして、俺の時もアレをするのか?

 後ろからシロマに抱きしめられるなんて状況で集中出来る気がしない。


 傍目からは何か変わった様子はないが、ニエは顔を少し紅潮させて、恥ずかしそうな我慢した声を出す。


「ん……んんっ……あぅ……。ふぅ、ふぅ」


 ニエは目を閉じて何かに耐えるようにした後、指先を脱いでいた生贄装束に当てる。

 何かが変わったという感じはしないが、不思議に思いつつ見ていると、ニエは息を零しながら生贄装束を手に取る。


「お、おおっ! ですっ!」


 何が起きたのかと思って目を凝らして見ると、水洗いで落ち切っていなかった土汚れが消えていた。


「物を綺麗にする魔法?」

「いえ、物の時間を巻き戻せるみたいです」

「おお……すごいな」


 時空魔法というと何かとても強そうに感じるが、微妙に地味だ。いや、規模に寄れば強いかもしれないな。


「んぅ……何かめちゃくちゃ疲れますね、魔法」

「魔力切れだろうね。時空系統の魔法はめちゃくちゃ燃費が悪いから」

「……お洗濯にしか使えなさそうです」


 ニエはほんの少し悲しそうな表情をし、俺は色々と考えて励ます。


「いや、色々使えると思うぞ。ほら、壊れた物を直したり。すごく便利だと思う。……あ、これを使えばこの短刀も燃えるのを直せるんじゃ……」


 俺が短刀を取り出すと、シロマは俺の手を掴む。


「絶対にやめて。それ、ほんと、ダメなやつ。短刀なら幾らでも買ってあげるから、ね?」

「お、おう……」


 手から短刀を取り上げられて元の場所に戻される。

 それにしても色々と便利そうな魔法だ。けれど、魔法を使うのはよっぽど疲れるのか、ニエは生贄装束を羽織った後、ぐったりとベッドに倒れ込む。

 傭兵の氷壁を出しまくるのよりよほど規模が小さく見えるんだが、そんなに燃費が悪いのか。


 シロマは短刀を大事そうに布に包んでしまった後、ニエの寝ているベッドに腰掛ける。


「……元々時空系統の魔法が使えるって分かっていたから有利ではあったけど……かなり早くてびっくりした」

「まぁ……こんなに簡単に覚えられるならみんな使えるようになっているよな」

「魔法を使えるだけの魔力がない人は多いけど、まぁそれでももっと魔法使いは増えるだろうね。普通はもっと時間がかかるんだよ。……もっと前に、自分の内面に触れ合う機会とかあったのかな?」


 内面に触れ合う機会か。

 一旦修行は中断しているので椅子に座ってニエの方を見つめる。


 ……両親がいなくなってから、長い間一人で死に怯えて過ごしていた。きっと人よりもよほど色々なことを深く考えていたのだろう。


「……頑張ったな、ニエ」

「んぅ? はい、ありがとうございます?」


 不思議そうにニエは小首を傾げる。

 この子を幸せにしてやりたい。そう思う。

 結構長い時間をシロマとの趣味の話で使っていたらしく、少し日が傾いているのが見える。


 ニエはそれに気がついたのかゴロリと身体を動かして「うぅ……みんなのご飯を作らないと……」と口にしてもがく。


「この部屋には調理場はないし、下の店で食べた方がいいんじゃないか?」

「……甘いお菓子あるでしょうか?」

「あるかもしれないが、ちゃんとしたものも食えよ?」

「そうだぞニエ」

「シロマもな」


 まぁ、あまり店の料理は美味くないので美味い菓子を食べたくなるのは分かるが……ただでさえ栄養が不足しがちな長旅で、街にいるときも炭水化物ばかりを摂取するのは良くないだろう。


 隣の部屋にいる傭兵を呼んで、五人でゾロゾロと下の店に降りる。


 旅人用の宿に少女が三人もいるのが珍しいのか少し注目を浴びているのを感じながら、適当に料理を注文する。


「エルフ特製の魔法の修行はどうだったんだ?」

「ああ、ニエが魔法を身につけた」

「……こんな早く? 嘘だろ? 俺、何度も何度も死にかけてやっと身に付けたんだが……」

「どういう方法だったんだ?」

「長期間の絶食だな。飢えて苦しいだけじゃなくて鍛えた筋肉も落ちるしで最悪だった。戻すのに一年もかかったぞ」


 それは……キツイな。というか、そんなの旅の最中にしていたら死ぬ。

 傭兵の話を聞いてシロマが頷く。


「絶食は一応効率は悪くない方法だな。死の淵にいると魔力を感じやすいし、無駄な考えがなくなって自分の思考が分かりやすくなる。場合によっては死ぬが」


 ああ、ニエが早めに身につけられたのは、結構な時間飢えていたこともあるのか……。あの時、死の淵にいたのか、ニエ……。

 青臭く苦いスープの味を思い出して、隣にいたニエの頭を撫でる。


「んぅ? どうしたんですか?」

「いや、なんでもない」


 不思議そうにするニエを撫でていると、傭兵はミルナの方に目を向ける。


「お嬢の方はどうなんだ?」

「ん……まだ時間はかかりそうね。そもそも……私に魔法使いになれるだけの魔力があるとは限らないし、それに……ニエと同じ英雄を召喚出来る魔力じゃないと意味ないけど」


 ……ミルナは、家族の無事を信じているから時空系統の魔法にこだわるのだろう。

 チクリと胸を痛めていると、傭兵は俺の方を向く。


「カバネはどうなんだ? どんな感じだった?」


 俺は修行の内容を思い出す。


 照れた笑顔を見せるニエ、スカートがめくれて露わになったシロマの脚、ベッドに寝転んで形がむにゅりと変形するミルナの胸……。


「いや、魔法は身につけられていないな」


 大半の時間がシロマと楽しく趣味の話に花を咲かせたり、油断した少女の姿に鼻の下を伸ばしていただけである。


 ……俺、ロクなことしてないな。

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