人龍⑧
「……じゅ、重婚?」
ミルナにスコーンッと白い頭を叩かれたシロマは、叩かれた頭を押さえて涙目になりながら頷く。
「ううぅ……叩くことないじゃないか」
「叩くわよ! どんな時間感覚してるのよ!」
「み、ミルナさん、シロマさんは仕方ないんです。エルフなので人間の適切な時間感覚が分からなくて、人間に合わせようとして失敗しただけなんですっ!」
「そ、そうなんだ。十年ぐらいなら待っても良かったんだが、人間からすると長いかなぁと思って」
……どういうことだ。後ろにいた傭兵を見ると、彼はどこからか取り出した酒を煽る。
「……まぁ、頑張れよ」
助けろよ、助けろよおっさん。傭兵は足早に隣の部屋に入っていき、俺は三人に部屋の中に引き摺り込まれた。
「修行はどうしたんだよ」
「継続中だよ。座りたまえ。まぁ説明をするとだね」
おほん、と、シロマは咳払いをして赤く染まった顔をこちらに向ける。
「僕達が君に恋愛感情を持っていることは既知のことだと思う」
「……当然のように言われても困る」
助けろよおっさん。データマスターでもいい。助けてくれ。
ベッドの上に座らされ、半ば手を出してしまっている少女達に囲まれているという状況は恐怖だ。
助けてデータマスター。俺の願いが届くはずもなく、シロマは続ける。
「恋愛を成就させて君と一緒になりたいと思っているけれど、恋愛で勝てるとは限らないわけだ」
「……まあ、そりゃあな」
ニエに視線を向けるが、助けてくれる様子はない。ニエもこの話に噛んでいるようだ。
「リスクは負いたくない。出来ることなら独り占めをしてイチャイチャとしたいけれど、フラれて拒絶される可能性はほんの少しでも下げたい。という、意見が三人の中で一致してね」
「それで……重婚と……」
「うん。そういうわけだ。君も男だし、色んな女の子を手篭めにしたいぐらいの気持ちはあるだろ」
「……いや、それはな」
現実的な話でなければ、可愛い女の子がたくさんいたら嬉しいに決まっている。だが……重婚したら絶対に日本に帰れない。
一人ならまだしも、三人とか絶対に連れて帰るのは無理だ。
可愛い女の子いっぱいだ! やったぜ! とは到底なれない。
「……ニエ」
助けを求めるようにニエを見ると、彼女はもじもじしながら俺を見た。
「そ、その……そういうことなのでっ」
誰を選ぶのか迫られる方がよほどマシだった。
「……この世界では重婚は普通なのか?」
俺の問いにミルナが答える。
「貴族とか王族だと普通ね。私は全然抵抗ないわよ」
俺がシロマに目を向けると、彼女は首を横に振る。
「好色な金持ちの男は複数人の嫁を貰うが、まぁ少数だな。カバネは好色だから三人ぐらいどんとコイだろ」
「なんで好色ってことになっているんだ」
「えっ、昨日私の胸元を見ただけで──」
「ニエ、ニエはどう思っているんだ」
無理矢理話を打ち切りニエに目を向けると、ニエは困ったように口を開く。
「まぁ……珍しいかもしれませんが……。珍しいというのなら、そもそもエルフとか王女様とか英雄とか、その時点でとても珍しいかと……」
否定出来ない。否定出来ないが、サラッと自分の生贄という属性は珍しいものでない扱いしたな、この子。
「今、全員と結婚しろってことじゃないからね。そういう方向性でも構わないという話をしていたというだけで」
「……ああ」
つまり……ミルナとキスをしたことやシロマと風呂に入ったのはセーフということか。
新たな悩みが増えたが、罪悪感の素の一つがなくなった。
ベッドに座りながら傭兵の話を思い出す。かなりの覚悟で……悲壮なまでの思いでミルナを守ろうとしている。
そんなミルナを相手に……思いっきりキスをして重婚の提案までさせた……。
これ、すぐに何か言わないと男らしくないだろうか。
ニエをフるのはありえない。ミルナも大切にしたいと思っている。シロマにしても放っておくことは出来ない。
色々と考えていると、シロマが俺の頭にチョップをして俺の座っているベッドの上で横になる。
「一応は修行中だぞー」
「……集中出来ねえよ」
「単純に体の大きさの比較とかからしていくといいよ。いきなり内面は難しいからね、ぱっと見で分かるところから」
「……そうは言ってもな」
シロマはほれほれと手足をパタパタ動かして自分と見比べろというアピールをする。
……まぁ、シロマの身体は全部見たので比べやすいか…….。
身長は俺より頭が1.5個分ほど小さく、体重はおおよそ半分弱ぐらいだろう。改めて考えてみるとすごい体格差だ。
シロマがのぼせた時に持ち上げたが、片腕でも持てそうなほどだった。
髪はボサボサの短髪の俺とは違って絹糸のような白髪だ。エルフだから綺麗な髪をしているのかは定かではないが、人間離れしている。
人間離れといえば、幼いながら凛とした整った顔立ちもとても綺麗だ。
パタパタと子供のように動かしている手足も白く細長く伸びている。風呂の時もシミとかが見当たらない綺麗な肌だったのを思い出す。
指先から何から何まで俺とは違い、柔らかそうですべすべとしていて白い。ずっとニエと一緒にいて禁欲を強いられているからか、どうにも扇情的に見えて思わず目を逸らす。
「どうしたんだい。まったく。まぁ……告白してきた女と同じ部屋にいるのは気恥ずかしいというのは分かる。……仕方ないし、いつもみたいに魔物の話をしようか」
「またそれか……と言いたいが、正直今は助かる」
俺が素直にそう言うと、シロマは顔を赤らめる。
「そ、それはつまり、僕のことを意識してしまっているということなのかな」
「……い、いや……それより魔物の話だったな。龍の身体の構造について話すか」
「そ、そうだね。う、うん」
ニエにジトリと睨まれているのを感じながら、寝転がっているシロマと話を始める。ニエはシロマのスカートがめくれかかっていることに気がついて、ちょいちょいと端を引っ張って直す。
一瞬だけ残念に思ってしまいながら、それを誤魔化すために龍の身体の造りについてこの前の話では話しきれていなかったところを話していく。
「龍の翼は形としては蝙蝠の羽にかなり近い。骨組みがあってそれに支えられるように皮膜がある。が、筋肉はほとんどない」
「筋肉がないって……魔法で飛ぶにしても広げたのを支えるのが難しくないかな」
「いわゆる傘のような形をしている。骨格で支えられるから筋肉は広げるのと閉じる分だけで十分だ。ここまで極端なのは少ないが、鳥でも動物でも似たような構造はあるぞ」
暗いので絵は描けないが、身振りを交えて説明する。
ああ、とても落ち着く。シロマとこういう生物の構造とかの話をしている時が一番心が安らぐかもしれない。
日本でもこういう話を出来る友達が欲しかった。
俺とシロマがワイワイと魔物について教え合っていると、隣のベッドで寝転んでいたミルナがこちらに目を向ける。
「ねえ、この前の鳥の魔物についても分かるの?」
「この前の魔物?」
「ああ、俺とミルナと傭兵が旅をするきっかけの魔物だな。鳥の姿をしていて、俺の数倍の全長があった」
「ふむ……そんな魔物この辺りにいたかな」
「いや、いないと思う。鳥だったんだが頭がハゲていてな。腐肉食の生物だったようなんだ」
シロマはうんうんと頷きながら、寝転んだまま脚を曲げようとして下着が見えそうになったところを、ニエに白い生贄装束をかけられて脚が隠される。
「腐肉食の鳥の頭がハゲてるのは死体に顔を突っ込んで啄んでいる時に汚い汁が毛に付着しないためだからな。牛ぐらいの大きさだったら顔がデカすぎて突っ込めないからな。あれよりもっと大きい生き物がゴロゴロいるところに生息しているはずだ」
「あれよりって……」
ミルナは疑うような目を俺に向けるが、シロマは納得したように頷く。
「古き大陸の魔物か」
「……古き大陸?」
「元々人間やエルフがいたとされる大陸だ。あちらの生き物は多様でな、大きい生物も多い」
「あんなのが大量にいるところか……行きたくはないな」
「新種の生物の宝庫だぞ?」
「俺からしてみればここらへんにいるのも全部新種だ。普通にここら辺の生き物でも興味がある」
一羽ならまだいいが、二羽だったら間違いなくすぐに死ぬ。古き大陸には絶対に行かないことに決める。
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