人龍⑦

 ◇◆◇◆◇◆◇


 カバネがいなくなった室内で微妙な空気が流れる。

 先程のシロマの発言で、全員がカバネに恋愛感情を抱いていることが明言されてしまったからだ。


 三人とも薄々、自分以外の二人もカバネのことが好きなのではないかと察してはいたものの、明確な事実として示されるとまた話は変わってくる。


 ニエは生贄の白い服を弄りながら、ベッドの上にペタンと座る。


「……あの、二人も、カバネさんのことが好きなんですよね。その、シロマさんが好きなのは知っていましたが」


 ミルナは気まずそうに頷く。

 ニエはミルナとカバネが会う前から一緒にいて、カバネが特別に大切にしている娘だ。


 ニエはまだまだ幼くあどけない容姿ではあるが、カバネはシロマの胸元やふとももに頻繁に向けられており、そういう子供に見える者が相手でも欲情していることは見ていれば分かる。


 ニエにはそういう目が向けられているところはあまり見ないが、それはシロマとは違ってニエが丈の短い服を着ていないからだろう。

 つまり……子供だから、と油断は出来ない。ミルナは二人を見ながらそう考える。


 そんな中、最年少のニエは内心焦りを見せる。

 ミルナもシロマも、二人ともとても可愛い顔立ちをしており、カバネが二人を意識していることはニエにも伝わっていた。特にミルナはおっぱいがぼいんぼいんだ。


 カバネを疑うわけではないが、けれども二人も魅力的な少女が近くにいたら心が揺らぐことがあるかもしれない。


「あの、お二人にお願いがあるのですが……」


 だから、ニエはカバネがいない間に二人に提案をすることに決めた。


「ふむ、どうしたんだ?」

「……私達はみんなカバネさんのことが好きじゃないですか。それで、当然カバネさんからの好意を独り占めしたいと思っていますよね」


 ニエの意図がわからず、シロマは控えめに小さく頷いた。


「私もそうなんですけど、その……も、もしお二人のどちらかがカバネさんと結婚されても……その、カバネさんの近くにいることを許していただければ……」


 ニエはとことんまでに下手に出た。今にも揉み手を始めそうな雰囲気すら醸し出している。


「え、えぇ……」


 シロマはそんな様子のニエに若干引きつつ答える。


「気持ちは分かるけど…….。その夫の隣に他の女性がいるみたいな状況はどうなんだろうか」

「私は構わないわよ。貴族では側室なんて珍しくもないしね」


 ミルナは呆気からんと言い放ち、ニエは満面の笑みを浮かべる。


「あ、ありがとうございます! ミルナさん!」

「え……いいのか。そ、それじゃあ僕も……」

「ええ、構わないわ。……まぁ、カバネに私が選ばれたらだけどね」

「ありがとうございます。ありがとうございます。肩でもお揉みしますね」


 ニエのプライドは地の底にまで落ちた。ニエは全力でミルナに媚びを売りつつ、安堵の声を漏らす。


「えへへ、良かったです。……あの、一応なんですけど……もし私が選ばれた時に、他の奥さんは許さないで独り占めっていうのは…….」

「それはダメでしょ」

「な、なんとかなりませんかね?」

「じゃあ、私が選ばれた場合もナシね」

「い、いえ、すみません。すみません。ちょっと言ってみただけなんですっ!」


 そんな二人のやりとりを見ていたシロマは考える。

 勿論、独り占めはしたいし、他の女性にデレデレとしているカバネは見たくない。

 けれども、ニエにはこの旅に誘ってもらったという感謝の思いはあるし、純粋に恋愛での駆け引きを上手にこなせる自信がない。


 カバネを自分だけのものにしたいけれども、おっぱいが大きくて女性の自分から見ても扇情的だと思うミルナと、既にカバネから強い愛情を受けているニエが相手だと非常に分が悪い。


 勝負に負けたらカバネとの共同研究にも支障が出る。

 この契約に同意しても妻になれるとは限らないが、お風呂に侵入して一緒に入ったときにカバネの諸事情が諸事情していたので、まったく自分に興味が持たれていないというわけではなく、受け入れてもらえる可能性はあるだろう。


 シロマはメリットとデメリットを天秤に掛けて、その話に乗ることに決める。


「ぼ、僕もその契約に参加させてもらおう」


 カバネがおっさんを必死に追いかけていたころ、こうして少女三人による取り決めがなされた。


 おほん、と、シロマがわざとらしく咳をする。


「うむ、とりあえず、ゆっくりと契約を作っていこうか。とりあえず、僕が最年長だから簡単に司会をさせてもらうね」

「え……ええ……随分と本気ね」

「もちろんだとも。後で惚けられたら堪ったものじゃない。信頼はしているが、でも土壇場になったら独り占めしたくなるものだ」

「んぅ……否定は出来ません」


 ニエはベッドの上で正座をしてシロマの話を聞く。


「とりあえず、大前提として、この中の三人の誰が選ばれたとしても、他の二人とカバネの関係に口出ししない、二人目、三人目との結婚を肯定的に許容する」

「は、はい。覚悟の上です」

「まぁ……私はいいけど」

「次に、この取り決めについては時期を見てカバネにも伝える」

「えっ、なんでですか?」

「土壇場での逃げ切りを阻止するためだ。予め伝えておけば予防出来るだろう」


 ミルナは二人の本気さに若干引きつつも頷く。


「次にお互いの邪魔をしないという決め事をしよう。ないとは思うが、悪口を言ったりだな」

「それはもちろんなんですけど……。例えば、カバネさんがお風呂に入っているところに侵入しようとしている人を止めるのは……」

「…………」


 シロマは口を閉じる。


「……シロマさん、またやるつもりでしたね」

「ま、またって……」

「い、いや、あれはだな。時間を有効に活用するためのものであり、決してそういう異性を誘惑しようというものでは……」

「ダメですよ。ダメです」

「…….わ、分かった。まぁ、カバネにお互いの悪口は言ったりしないこと」


 ミルナは顔を赤くしながらも、キスもダメだったのではないか……思いつつ隠すことにする。


「次に……あまり考えたくないことだが……」

「考えたくないこと?」

「別の人がカバネを好きになった時のことだ。四人目が現れたときにこの取り決めに入れるか、否か」

「んぅ……四人は流石に多いですね……」

「それに、僕としては少々不安なことがあってね」

「不安なこと?」


 ミルナが小首を傾げて尋ねる。


「僕達、全員小柄だ」


 微妙な空気が流れる。

 子供のニエはまだ成長の余地があるが、年齢の平均よりかは遥かに小さくあまり成長に期待は出来ない。

 ミルナは胸こそ大きいが身長は高くなる、年齢としてもこれ以上の伸びは期待出来ない。

 シロマに至っては成長期がくるのがおそらく50年後とかだ。


「正直なところ、カバネも男だ。背が高くておっぱいとかお尻が大きい人に言い寄られたらころっといってしまうかもしれない。そうしたらこの取り決めと無意味だ」

「そ、それは困ります!」

「そこでだ、協力して他の女性がカバネに惚れないようにすべきだと思う」

「……まぁ、いいけど」


 こうして契約内容が決まったところで、カバネが帰ってきた。


「悪い。遅くなった」

「あ、カバネ。今、僕達三人で重婚を許可する話をしていたんだが」

「時期を見ての時期が早いっ! このせっかちエルフ!」


 ミルナのツッコミが宿屋に響いた。

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