人龍⑥
魔法を覚えるための修行としてこの修羅場は適切なのだろうか。落ち着くどころか、平常心すら無理だ。
そもそも元々同性でまとまってするものなのに、恋愛感情のある異性で集まってするのは手法としてダメじゃないか? 浮気とか修羅場とか、そういう感覚を除いても普通に緊張する状況だろう。
……普通に、普通に……エロい目で見てしまう……!
真面目にしようとしても、男としてのサガか、ふとももや胸元や唇に目が引かれてしまう。
自分のことを見つめ直すにしても、これは無理だろ。自分よりも興味があるものが周りに多すぎるし、比較をするにしても性差が大きすぎて、俺だからどうこうよりの違いよりも男だからの違いしか感じられない。
「んぅ……えっと、私はその時空系統魔法っていうのを使えるんじゃないんですか?」
「それに近しいってだけで、そのまま英雄召喚が基幹魔法ってわけじゃないからこの修行は必要だよ。まぁ、系統が分かるだけ早く基幹魔法に辿り着けるかもしれないけど」
「……氷の魔法だったら冷静とか、そういうのはあるのか?」
「そうだね。あと、形状が人工物に近いと理性的とか、攻撃的な性格だったら魔法も攻撃に向いているものになったりするね」
……この場にいない傭兵で考えてみると、氷壁は氷で出来ていて、形状は人工的なもので、防御に向いている。
これから性格を読み取ると、冷静で合理的、そして人を守りたいと思っている、か。
一見した印象とは違うが……あの夜を思い出すと当たっているような気もする。
まぁどちらが本当の傭兵だとか、そんなことを偉そうに考えるつもりはないが。
とりあえず、この場にいる三人ではなく傭兵や一般的な男性と自分を比べてみるか。
性格は……まぁ格好つけとか見えっぱりとかそんなところだ。感情的か理性的かで考えると感情的か? 今もこうして感情に釣られて動いているしな。それに攻撃的かどうかは……まぁ、シルシ開拓村の連中は嫌いだし、多少攻撃的か。
そう考えると、何か攻撃魔法的な物が使えそうな気がする。
……いや、しっくり来ないな。
「あまり深く考えずに、世間話とか雑談からしていくといいよ」
「世間話……あっ、そういえばカバネ、武闘大会の本戦……ごめんね」
「ん? ああ、元々傭兵に頼まれて参加しただけで別に参加したかったわけでもないしな。気にするな」
興業としてやっていることを思うと主催者には悪いが、ミルナの命と比べるべくもない。
「……旅だというのに、傭兵以外の護衛はいないんだな」
「あ、うん。まぁ……その程度の権力というか……基本的にはいない扱いだからね。本当は一人旅の予定だったんだけど、傭兵が休暇を取ってついてきてくれて」
「元々仲が良かったのか?」
「お母さんと傭兵がね」
……ミルナの母親と傭兵が? 傭兵は……どういうつもりなんだ。
てっきりミルナ自身を気に入っているのだと思ったが、大切な人の娘だから守っているのだとしたら……その大切な人である当人のミルナの母親が死ぬことをどう思って……。
俺は立ち上がって、部屋から出る。
「悪いシロマ。少し出かける」
「ん? ああ、こっちもボチボチ進めておくよ」
傭兵から話を聞くべきだと考えて、そのまま外に出る。知らない街だが傭兵からしてもそうだろうから大した遠くには行っていないだろう。
アイツのことだし酒場にでもいるだろうかと思って、近くの酒場をまわってみるが、傭兵の姿はない。
歩いているうちに街の端まで来ていた。引き返そうかと思ったとき、剣が風を斬る音が聞こえた。
「……傭兵」
「お、カバネか。……また見られたか、他の奴には言うなよ」
「……この前も夜に素振りしてたな。見られるのが嫌なのか?」
「努力せずに強いって格好良くないか?」
「……まぁ分からなくはないが」
わざわざこんなところまで来て隠れて素振りをするというのは、徹底している。
「お前は夜中にウロチョロしたり、こんなところまで来たり、行動が読めないな。天才キャラが崩れてしまう」
「……いや、元々天才だとか思ってないからな。体付きを見たら、鍛えていることぐらい分かる」
傭兵は汗を拭い、水筒の水を飲んでから壁に背をもたれかけさせた。
冗談を交えて話す飄々とした様子だが……それは、本当にそうなのだろうか。
「……ミルナから聞いたんだが、ミルナの母親と仲が良いからミルナの旅に着いてきたそうだな」
「ああ。アイツそんなことまで話したのか、随分と信頼されてるんだな」
傭兵は驚いたような表情を俺に向ける。
信頼というか……恋愛感情かもしれないが、それは今言う必要のあることではないか。
何も考えずに出てきたせいで纏まっていない言葉をゆっくりと頭の中でまとめながら話す。
「……ミルナの母とは友人だったのか?」
「いや、仮にも妃だぞ? そんな気軽な関係なわけないだろ。普通に主従だ」
「ただの主従の関係で、こんなことをしているのか?」
俺の問いを聞いて、傭兵はへらりと笑みを浮かべた。
「……カバネ、お前まさか……たまたま会ったんじゃなくてわざわざ話にきたのか?」
「……ああ」
「ミルナから、ミルナの母が俺と仲がいいと聞いて?」
「……ああ」
傭兵はヘラヘラと笑い始める。
「お前、俺の心配をしてきたのか。ははは、そうか……。あんな美少女三人に囲まれてる状況なのに、こんなおっさんを心配して駆けつけてきたのか。ははっ」
「……悪いか」
「いや、全然。心配されるのは性に合わないが、悪い気はしねえよ。ミルナが惚れるのも分かるな」
こいつ……もしかして昨夜のキスを見て見ぬフリをしていたのか? 傭兵は笑ったまま剣を腰に戻して、俺の肩に手を置く。
「ちょっと飯でも食うか。奢るぞ」
「……おい、大丈夫なのか?」
「金はちゃんと持ってるって」
「いや、そうじゃなくてな」
傭兵に無理矢理連れられて飲食店に入り、傭兵がメニューを見てアレコレと注文していく。
俺が傭兵を睨むが、傭兵はヘラヘラとしたままだ。
「……大切な人なんじゃないのか?」
「……そうだな。幼馴染み……というほどではないが、結構昔からの顔馴染みでな。昔は軽口も叩いていたような仲だったよ」
「……そうか」
「大切な人か。……まぁ、こんな状況だったら隠す意味もないが、王妃になる前は駆け落ちを提案されたこともあった」
「駆け落ちって……傭兵、お前……」
傭兵の小さな溜息は店の喧騒に紛れて消える。
「……別に、提案したアイツも本気じゃなかったさ。政略結婚から男と共に逃げるなんて、逃げられるはずもないし、残された家族や親族がめちゃくちゃになるからな。ただ……一緒に暮らせたら良いのにな、とか、小さな家に住んで、とか、息子と娘が一人ずつ産まれて……とか、まぁそんな幸せな想像に一瞬だけでもひたるための物だったよ」
ヘラヘラと笑っている傭兵が、ほんの少しだけ寂しそうに見えた。俺が声を出せずにいると、傭兵は俺の頭に手を置いてガシガシと撫でる。
「ミルナには言うなよ?」
「……言えるか、こんな話」
「まぁ若い頃は俺も色男だったってだけのことよ」
「……本当に、良かったのか? ミルナの母を、王都に置いていて」
「連れ出せる人じゃない。連れ出しても【救世の小蝿】と騎士団が同時に襲ってくるんだ。守りきれないのは間違いないな」
「……ミルナをどう思っているんだ?」
「大切な奴の大切な娘だ。……守らない理由もないだろ。何としてでも守るさ」
俺は何のために傭兵のところに来たのか。軽薄な慰めを言うことも出来ず、良い案を提案したり助言をすることも出来ず、ただ話を聞いただけだ。
こんな話をするのも、傭兵にとっては辛いことだろう。
「ありがとうな。ミルナを助けてやってくれて」
「……礼を言われるようなことは、何も出来ていない」
「一緒にいてくれるだけで心が救われることもある。と、俺は思うぞ」
……傭兵はどんな気持ちで今という時を過ごしているのだろうか。愛する人が、今殺されているかもしれないという状況で……どうしてこうも気丈に振る舞えるのか。
「ミルナは俺の娘のようなものだ。泣かしたら承知しないからな?」
「……善処する」
思わずそう言ってしまうが……どうしたものか、ミルナとの関係は。
黙々と運ばれてきた料理を食べていると、また傭兵が笑う。
「俺よりお前の方が落ち込んでどうするんだ。まったく、仕方ない奴だな」
「……傭兵ほど、俺は強くないんだよ」
愛する人と二度と会えないと知ってなお、最善を尽くそうとする傭兵ほど…….俺は強くはなれない。
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