人龍⑤

 酒を飲んで素直に自分達のことを話し合う。

 ……いや、全員未成年だぞ。そもそもこの世界に未成年という概念があるのかは別として。


「……シロマ、酒はやめておこう。ニエのように小柄だと少量でも危険がある」

「ん? まぁいいけど……時間がかかるかもしれないよ。あ、街に着いたね、続きは宿でかな」


 そう言ったシロマに、ミルナは困ったような表情を向ける。


「……あの、あまり宿でゆっくりするような時間は……」


 俺は二人の間に入り、事前に考えていた言い訳を口にする。


「いや、馬を休ませる必要もあるから結局は途中で休む必要はあるぞ。馬車を引いて一日中走らせることは出来ない」

「馬を入れ替えつつ……」

「そこまでの金はない。下手なところで休ませるより、こういうところでちゃんと休ませた方が馬の疲れも取れて結果的には早くなる。なあ、傭兵」

「ん、ああ、そうだな。馬の足が潰れてしまえば立ち往生だ。荷物を減らして歩けるほど楽な道中でもないだろうしな」


 言いくるめることに罪悪感を覚えながらも宿に泊まるように説得する。

 ミルナは少し悔しそうにしながらも小さく頷いた。


 宿屋の中に入ると、シロマが手際良く動く。

 既に魔法を身につけている傭兵以外でベッドが二つ置いてある部屋に入る。


「まず部屋は薄暗いくらいにする。ハッキリと顔が見えているとダメだけど、お互いの顔が見えないのもダメ」


 窓にカーテンを掛けてもまだ明るいので、もう一枚布を被せると部屋の隅が見えにくい程度の薄暗さになる。

 窓も締め切っているせいで風の通りがなくて少し暑く感じた。


「服装ももう少し薄着の方がいいかな。上着を脱ぐぐらいで。ベルトとかの締め付けは緩めて」

「あっ、これ着ていたいんですけど、前を開けるぐらいでいいですか?」

「うん。無理をしないというのが重要だから」


 ニエは生贄装束の紐を解く。


「椅子は座らないように。座るならベッドの上で、ベッドは二つある部屋だけど、誰がどこで寝るとかの相談はなしで、寝たいところで寝る感じ」


 シロマは机をベッドの違うに動かして、机の上に水差しに水を入れて、コップを並べ、皿に保存用の乾パンを盛る。


「あ、香水とかはしてないよね。お姫様も」

「え、あ……うん。旅の途中だしね」

「ある程度足りないものもあるけど、ある分で済ませたらこんなものかな」


 これが魔法の特訓……? ただ自堕落に昼間から寝る準備をしただけのように感じる。

 いや、特訓だから寝てはいけないのか。


「……それで、これから何を?」

「自分と向き合う。……とは言っても、自分というものを絶対的な価値観で見るのは難しいから、誰に比べてどうだって相対的な評価をしていくのが簡単かな。私はミルナに比べて胸が小さく性的魅力に欠けている。という具合にね」

「……そういうものなのか?」

「エルフのやり方はね。まぁ本来はお酒を軽く入れたりしてもっと寛いでやるものなんだけど。眠くなったら寝てもいいし、途中で好きに退席してもいい。とにかく落ち着いて、焦らずゆっくりとしたらいい。特に真面目な人が集まってるから時間はかかるだろうしね」

「どうなったら終わりなの?」

「終わったら自分で何となく分かるよ」


 どうにも曖昧だ。……つまり、落ち着ける場所でゆっくりと会話をして自他の理解を深めることが重要……ということだろう。

 シロマは率先してベッドに転がり、ぐーたらとしはじめる。


 あまりに正解が見えない特訓方法に迷っていると、ミルナも戸惑っている様子だった。


「あの、シロマ……何をしたら」

「好きに行動したらいいよ。まぁ、オススメはひとまず目を閉じて数分でも寝ることかな。部屋に自分の匂いが移ったほうが安心出来るものだから」

「寝るって……ベッド足りない…….」

「カバネ以外は身体も小さいから充分だと思うよ」


 いや、スペース的には確かに充分ではあるが……。いかんせん距離が近すぎる。椅子に座るのが禁止されているということなので、シロマの寝ているベッドではない方に腰掛けると、ニエが隣に座る。


 ニエもとりあえず従っているという風だが、何をしたらいいのか分からずに戸惑っている。


 ミルナはシロマのいる方のベッドに座るが、すぐ近くにいるシロマの存在が気になるのか落ち着かなさそうにしている。


「……まぁ、時間がかかるし、近道がない方法だからゆっくり落ち着いてやればいいよ」

「……他に方法はあるのか?」

「もっとお金と時間がかかる方法ならあるけど、人数集められるならこれがいいかな」


 ……これが特訓か。本当に落ち着かない。薄暗い部屋の中、容姿の良い少女三人と一緒に囲まれている状況で落ち着くはずもない。


 苦し紛れにコップに水を注いで飲んでいると、シロマは俺に言う。


「本来は全員同性でやるものなんだけど、どうせみんなカバネのことが好きだから同衾ぐらい別にいいよね」


 シロマの言葉のせいで飲んでいた水が気管に入り込み、思い切り咳き込んで、ニエに背中をさすられる。


「い、いや、そんなことはないだろ」

「えっ、二人は違うの?」

「カバネさんのことは大好きですよ」

「ま、まぁ……その、そうだけどっ、もっと歯に絹を着せるというか、その……」


 ……いや、今当然のように流したけど、みんなと言ったか? ニエとミルナはまぁ……幾ら鈍感な俺でも気がついていたが、今、シロマも俺のことが好きという意味合いの話をしていなかったか?


 ……嬉しいとか、そういう感情よりも先に気まずさがくる。

 これ、もしかして修羅場というやつなのでは……と、思っていたが、案外揉めるような様子はない。


「カバネの方も憎からず思っているだろう。男というのは、容姿の整った女だったら誰でも好きだからな、カバネにしても同衾するのに不快感はないだろう」

「……ずいぶんと偏ったことを言うな。まぁ、そんなに気にはしないが……」


 いつも隣で寝ているニエと、舌を絡ませたキスをしたミルナ、それに共に入浴をして裸を見合ったシロマと……まぁ一緒の部屋で寝るのに不快感なんて今更だ。

 容姿が整っていても、ユユリラだったら少し抵抗感もあっただろう。


 ニエは恥ずかしそうにしながらも「んぅ……」と、俺の腕を握る。

 少し寝るのを勧められたが、状況が状況だけにそんなすぐに寝るのは無理だ。


 というか、ニエに言い訳した方がいいのではないだろうか。

 なんというべきか、空気は穏やかだが胸中は穏やかになりきれない。どのタイミングでニエ以外の子とあれやこれをしてしまったことがバレるか定かではないし、素直に今のうちに謝った方がいいのではないだろうか。


 頰から冷や汗が垂れてくるのを感じる。

 ……男女混合の五人で旅をしていて、その中の少女三人全員に手を出しているってどうなんだ。


 ハッキリ言ってゲス野郎なのではないだろうか。客観的に見れば間違いなくクズだ。


「カバネ?」

「お、おう。ミルナ、ど、どうしたんだ」


 ミルナは俺の反応にクスリと笑う。


「えへへ、どうしたの? そんなに慌てて」

「い、いや……大したことはないが」


 ミルナに昨夜のことは言うなという念を込めて視線を向けるが、俺の必死さはミルナに伝わらない。


「カバネって、時々変な反応するよね」

「……普通だろ。それより……寝た方がいいんだったか?」


 全員寝ていれば浮気がバレない。そう思って口にすると、シロマがうとうととしながら否定する。


「ん、別に寝る必要はないよ。落ち着いて話したり自分のことを考えたりしたらいいだけで」


 ……落ち着けるか。

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