人龍④

 唇に残った熱と口の中のミルナの味をコップに残っていた水で奥に流し込む。

 ニエに言うためのではなく、自分を正当化するための言い訳を考えていくが……結局のところ、ミルナを騙してニエとは違う女とキスをしてしまったという事実は変わらない。


 ウダウダと考えながら、途中で降りるわけにもいかないのでこのまま旅を続けるしかない。



 ◇◆◇◆◇◆◇


 皆が目を覚まし出したのと交代で馬車の中で横になる。

 傭兵は御者も出来るらしく、御者台に座っており、ミルナは昨日の今日で俺と顔を合わせるのが恥ずかしいらしく入れ替わりで馬車から出て行った。


「……シロマ。何をしているんだ?」

「ん? ああ、二人に魔法を教えるための教材を作っているんだ。僕としては理屈をしっかりと教えたいところなんだが、まずは少しの手応えがないとやる気も出ないと思ってな。手っ取り早く魔法を使うための道具をだな」

「案外面倒見いいんだな」

「時間が余っていたからだ。人生は短い、千年しかないんだ。無駄に何もせずにいるような時間はもったいないというだけだ」


 いや、千年は長いだろ。

 シロマは草を混ぜたりとよく分からない行動をしていく。

 ……あれはなんだ。なんか青臭い匂いがするが、もしかして飲むことになるのか? ……シロマを疑うわけじゃないが、あれ、大丈夫なのか?


「……俺も一緒に習っていいか?」

「ん? ……ああ、当然構わないが、興味あったんだな」

「まあ、そりゃあな」


 興味があるのはそうだが、得体の知れない物を二人が使う前に安全の確認をしたいのが本音だ。


 魔法か。見たことがあるの龍の咆哮と炎、それに風、後は傭兵と盗人の氷壁と突風か。一応道具を使った物も含めると英雄の召喚とミルナのネックレスの治癒、それに短刀の炎もか。


「……ああ、そう言えばひとつ聞きたいんだが、これどうなっているんだ? なんか切ったら燃えるんだが」

「ん? 少し見せてみろ」


 シロマに短刀を渡すと不思議そうに首を傾げる。


「ん、魔剣の類いだな。エルフの里にも神弓があったが、それと同等の力が篭っている……が、どこでこんなの手に入れたんだ?」

「手に入れたというか、ニエに借りた物で……」


 ニエは驚いたように首を横に振る。


「い、いえ、確かに父の短刀でしたけど、そんな燃えたりする物ではなかったですよ」

「ああ、龍を殺した後に何故か発火するようになっていて」

「……ふむ、なるほど。分からん。まぁ発生理由は分からないが、魔法道具になっているな」

「どういう物なんだ?」

「うーん、専門家というわけじゃないから分からないな。実際に使っているカバネの方が分かるんじゃないか?」


 結局何も分からないということか。短刀を受け取ると、シロマは頷きながら言う。


「それは大切にするといい。国宝級の武器だ」

「……だってよ、ニエ。返すな」

「か、返さないでください! 困りますっ! あげます、差しあげますからっ!」

「いや、価値がある物を貰ったり、ずっと借りてるわけにもいかないだろ」

「いいですからっ! 生贄の物は全部カバネさんのものですっ! カバネさんの物はカバネさんの物です!」


 なんだその逆ジャイアニズム。

 まぁ今しばらくは借りておくか。あったら便利な物だしな。


「ふむ、とりあえずこれを作り終えるまでに魔法の基本を教えていくか。ミルナ、魔法を教えるからきてくれ」


 馬車の外を歩いていたミルナが馬車に乗り込み、俺と目が合ってすぐに目を逸らす。


「えっと、うん」


 薄く色づいた頰を隠すようにしながら、ミルナはシロマの方を向く。


「ふむ、では始めるか。まず魔力だが……そもそもこれはよく分からないものだ。本当にそんなものがあるのかも分からない。が、あるとされているし、感じることも出来る」


 早速理解しにくい概念から始まったかと思うと、シロマはすぐにそれを放棄するようなことを言う。


「まあ、そんなことはどうだっていいだろう。魔力があって、多い方が強い魔法が沢山撃てる、ないと出来ない。程度に考えてくれ」

「……りょ、了解です」

「それで次に魔法についてだが……大きく分けて基幹魔法と術式魔法に分かれる。多くの魔法使いは基幹魔法だけが使えるものが多いな」

「基幹魔法?」

「術式や道具をなしに発動出来る魔法のことだ」


 傭兵の氷壁や竜の炎とかのことか。


「とりあえず基幹魔法を使えるようになるのが課題だな」

「どんな魔法から習うんだ?」

「知らん」

「……知らない?」

「基幹魔法は人によって違う。火球を飛ばすのが基幹魔法の者もいれば、木を操るのが基幹魔法の者もいる」


 シロマはふぅ、と息を吐いてから、コップの端に指を置いて、指先から水を発生させる。


「僕の場合は水を生み出すことが基幹魔法だ。魔力は人によって性質が違い、その性質を何の手も加えずに出すのが基幹魔法ということだ」

「じゃあ、術式魔法というのは?」

「基幹魔法に術式を加えることで魔法の性質を変えることが出来る。『渦巻け』と言った具合にな」


 シロマが握っていたコップの中の水がゆっくりとぐるぐると回り始める。一見すると手品のように見えるが、本当にタネも仕掛けもないものだと思うと不思議だ。


「術式魔法は術式の量を増やすことで基幹魔法から外れた魔法を作ることが出来るが、その分だけ非効率になる。例えば火球が基幹魔法のものが炎の槍を作るには、炎の槍が基幹魔法のものに比べて1.2倍の魔力を使うという具合になる。水球だったら1.5倍、水の槍だったら1.8倍と離れた性質のものであればあるほどに余計な魔力がかかる」


 シロマは数字は例えだが、と言ってから脚を組む。スカートの中が覗きそうになり、思わず目を奪われるとニエにふとももをつねられた。

 見たくて見ているわけではないんだ。男のサガというか……。


「そんな理由もあって、多くの魔法使いは基幹魔法しか覚えない。術式魔法は発動に時間がかかる上に威力まで下がるからな」

「傭兵も氷の壁しか使わないわね」

「……じゃあ、魔力さえ用意出来ていたら英雄召喚も誰にでも出来るのか?」

「まぁ、理論上はね」

「理論上?」

「時空系統は性質が離れすぎてるみたいで、系統が違う人が使おうとしたら何万分の一みたいな出力になるから実質的には不可能。逆に時間系統の魔法使いも普通の魔法は厳しいね」

「……私は、カバネさんの役には立てないですか?」

「どんなものでも使い方次第だよ」


 ニエが心配そうに言うが、俺としてはなんかレア属性っぽくて少し羨ましい。

 時空系統の魔法使いってなんか格好いいし。


「それで、どうやったら基幹魔法を使えるようになるの?」


 シロマはミルナの問いに深く頷く。


「必要なのは二つ、ひとつ目は魔力を感じること、もうひとつは自分自身を知ることだ」

「自分自身……?」

「自分とはどんな奴なのか、その精神性を理解することが基幹魔法の習得方法だ」


 シロマは草を丸薬のようにしながら、傭兵のカバンを漁る。


「その薬はなんなんだ?」

「ん? ああ、これはただの酔い覚ましの薬だよ」

「ああ、馬車酔いのか」


 俺の言葉をシロマは「いや」と否定しながら傭兵の荷物の中から大量の酒を取り出す。


「……なぁシロマ、酒に見えるんだが」

「酒だからな」

「……もしかしてなんだが……」

「酒を飲んで素直に自分達のことを話し合う。それが基幹魔法習得に一番いい」


 ……無茶苦茶だ。俺達三人は顔を見合わせて、頰を掻く。……マジで?

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