その偽りを愛と呼ぼう⑪
◇◆◇◆◇◆◇
街の外れで、傭兵の男は飛んできた鳥を手の上に乗せて、脚に括り付けてあった紙を慎重に取り外す。
「……あまり見たくはないな。まぁ、そんな訳にもいかないが」
おおよそロクなことは書いていない。六割の可能性で悪いこと、三割の可能性で酷いこと、一割の可能性で最悪のニュースだ。
手紙はよほど急いで書かれたのだろう。字は荒れていて、文体は指定のやり方からは外れている。
文字を読む前に、国が一度滅びたのを察する。
心中は複雑だ。これで国が魔物の群れに呑まれることはないだろうという安堵と、忠義を尽くすべき王族がいなくなった喪失感、これからの戦乱に対する不安。
そして……自分が騙し、裏切った第六王女のミルナを守るという使命感。
もっと上手くやる方法はあったかもしれない。
分からない。答えなど分かるはずもない。
ただ一つ分かるのは、自分が間違っていることだけだ。
壁に背をもたれかからせながら、深く深く、怨嗟の声を吐くように唸る。
「ああ、くそ……。くそ……」
紙に書かれていたのは、予定通り、国が乗っ取られたという内容だ。同時に軍も抑えられたらしく、何の抵抗もすることすら出来ずに【救国】はなされていくのだろう。
己の無力を嘆くほど若くはないが、世のことわりと悟るほどの歳でもない。
「……笑え、笑え。あとしばらく、あと数日。笑えよ、俺」
ミルナに悟られぬように、酒を飲んでヘラヘラと。
もう一度紙を見つめる。ほとんど想定通りの内容だったが、ただ一つ気になる文が書いてある。
「……【人龍】ベルゼ・フライブの姿がない、か。流石に死んだのか、あのジジイ」
◇◆◇◆◇◆◇
めちゃくちゃ安心感があるせいで、油断したら一瞬で寝てしまいそうだ。
耳掻きをされる途中、時々よしよしと頭を撫でるのもズルい。完全に意識を刈り取りに来ている。
「……えへへ、私の方が気持ち良さそうにしてますね」
うとうととして目が落ちる。少し休憩がてらシロマと話をするだけのつもりだったのに何故こんなことに……。
ついに耐えきれずにまぶたが落ちる。
このまま寝たらニエの脚が痺れてしまう……。耳から耳掻きが外れたのを感じ、眠りそうな身体を無理矢理動かして、奥にあるシロマのベッドに倒れ込む。
「悪い。眠気が限界。寝る」
カタコトでそんなことを言って目を閉じた。……無理はしすぎるものではない。
眠る直前に「よほど疲れてたんですね。いつも無理ばかりなんですから」とニエの優しげな声が聞こえる。
それがどうにも心地よく、撫でられた頭の感触が離れがたく、ほんの少しでも長く感じたいと無理に起きようとするが、眠気には逆えずそのまま眠りに落ちてしまった。
◇◆◇◆◇◆◇
カバネのいつものムッツリとした仏頂面ではない安心した寝顔にニエは口角を緩める。
「すみません、どうにも……カバネさんは休むのが苦手みたいで」
「いやなに、構わないぞ。元々休もうとしているところを無理に誘ったのだしな」
シロマはゆっくりと頷いてから、ニエに目を向ける。
「少々今更のところなんだけど、君はカバネの保護者か何かなのか?」
「えっ、な、なんでですか? むしろお世話をされているというか……」
「カバネのこと、ずっと心配そうに見てたから」
「それは……その、すごく無理をしてしまう人ですから。私を助けてくれたときも」
シロマは紙を取り出して、先程の会話から草案を書いていく。
それからカバネの方に目を向けて、クスリと笑う。
「やっぱり保護者のようだ。どういう関係なんだ?」
「生贄です。私はカバネさんの、生贄なんです。えへへ」
ニエは心底嬉しそうに頰を緩ませた。
生贄という物騒な言葉を度々口にするニエに、シロマは不思議そうに小首を傾げる。
「……生贄?」
「はい、生贄なんです。えへへ」
「それはまた……なんでそうなった」
「私が龍の生贄になってたんですけど、カバネさんが龍を倒して私を奪ってくれたんです。えへへ」
ニエはカバネの頰をむにむにと突いて、照れたように頰を赤らめる。
「……つまり、カバネは君のために龍を殺した、と」
信じられないことを聞いたという風に、シロマは慎重に問う。
「はい。だから私は、彼のニエなんです」
「……歴史に名が残るだろう偉業が、ひとりの少女のために為された……か。後世の学者が見れば、演劇か何かで脚色された事実と見るだろうな」
「独り占めしたいので、秘密にしておいてくださいね」
「まぁ……うん、意味もなく言い触れて回るつもりはないさ」
シロマはニエの方に目を向けて、寂しそうに口を開く。
「君は、その男を好いているのか?」
「……はい、お慕いしています。あの、勘違いだったら失礼ですが、シロマさんも……なんですか?」
同じ質問を返すニエに、シロマはクスリと笑う。
「そんなはずがないだろう。どれだけ年が離れていると思っている。200歳は違うんだぞ」
「え、えぇっ!? じゃあ好きなでもない人にあんなことをするんですか!?」
「そ、そんなわけないだろっ」
シロマはおほん、と咳込んだあと、本の上に積もっていた埃を撫でる。こうなるなら掃除くらいはしておくべきだったと後悔しながら、顔を真っ赤にしているニエにゆっくりと言う。
「君が思っているようなことはないから、安心するといい。歳はあまりに離れているし、僕の身体は未だに未成熟だ」
「子供というのなら、私もですけど……好きなものは好きですよ」
「そうじゃない。そもそも僕はまだ子を成せる身体じゃないのだよ」
自分の腹部を服の上から撫でる。
「人間とエルフは生きる時間が違う。そりゃあ、気が合って格好良いとも思う、尊敬も出来る異性だ。当然のように、僕とて人間の童女と同じように憧れを恋慕の情と勘違いし、ママゴトのような幼い恋心を抱きはする」
「え、えっと……」
「人間の世にいるからにはエルフの子供であろうと耳年増にはなろうというものではあるが……。それでも僕の身体は未だ幼い」
ニエが混乱している間に、シロマは畳み掛けるように言葉を紡いでいく。
「エルフの心は200年生きていようと、人間の換算では10歳と同じようなものだ。それは周りの環境がそれを子供と扱うからであり、幼い身体では心までは大人になれない。獣が何年生きようとも人間のような知性は持たないだろう。所詮は心というのは、経験と肉体に左右されるからであり、年齢は関係ないのだ」
「あの……シロマさん?」
「けれど僕はエルフの里を出て人里に来ていて、身体は子供なのに経験は人の大人よりも多いという状況だ。まぁ歪であり、年下の子供を好いてしまっているような気分と、年上への憧れが混じったような不思議な感覚だ」
「……あの、えっと……早口でよく分からなかったんですが、好き……ということですか?」
シロマは再び問われて、口を閉じてモゴモゴと動かす。
「……い、いや、その……これは幼さ故に尊敬と恋心を混同してしまっているのと、年長故に保護欲が出てしまっていること、それに異性に対する性的な欲求が合わさることでだな」
「あの、好きということですよね?」
三度目になるニエの問いに、シロマは耳まで真っ赤にしながら、コクリと頷いた。
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