その偽りを愛と呼ぼう⑫

 微妙な空気が流れる。が、シロマは慌てたように手を横に振って、大きな身振りで否定する。


「い、いや、恋敵になるなんてことはないから安心してくれて構わないぞ。先も言ったが、エルフと人間の寿命は違う」

「……寿命は違っても、好きなものは好きなんじゃないでしょうか」

「そ、それはそうかもしれないが、そもそもの話として、子を成せる身体じゃないのだから仕方ないだろう。……子供を作れるようになる年齢には個人差があるが、遅ければ私が子を成せる身体になった頃には、カバネもう死んでいる可能性すらある。恋なんてせども、不毛に過ぎるだろう」

「難しくて分からないことばかりですが、分かりました」


 ニエの言葉に、シロマはホッと息を吐く。


「分かってくれたか……」

「はい。シロマさんがカバネさんのことを好きで、油断していたら取られるということが分かりました」

「分かってないじゃないか」

「……じゃあ、カバネさんから「好きだ」と言い寄られたらどうするんですか」

「……そ、それは」

「ほら、そうじゃないですか。私は騙されないです。どう見ても恋してますもん」


 ニエは唇を尖らせ、ツンツンとカバネの頰を突く。


「別に、好きになるのは仕方ないです。カバネさんは格好いいですもん。でも、お風呂に一緒に入って裸で誘惑するのはダメですっ! 今回は未遂だから許してあげますけど……」


 ニエのその言葉に、シロマは冷や汗を流す。そのおかしな様子にニエはピクリと反応する。


「…….シロマさん?」

「す、すまなかった」

「何がですか……ま、まさか……昨夜、すでにっ!」

「で、出来心だったんだ。その、話の続きをしたい一心で……」

「むぅ、むうぅ……怒ってます。怒っているんですけど、怒り方がよく分からないので困ってます」


 ニエに、シロマは気まずそうに頰を掻きながら話す。


「えっと「コラー」と言ったりするんじゃないかな」

「こらー! ……そのあとは?」

「僕も痴情のもつれには詳しくないからな。「この泥棒猫」とか?」

「えっ、猫さんなんですか?」

「いや、違うけどそう言うもんなんだよ」

「こ、この泥棒猫!」


 ニエはそう言ったあと、やはりムッとした表情で寝ているカバネの手を握る。


「スッキリはしないです。モヤモヤは晴れないです。……好きな人を諦めないとダメと思っているなんて可哀想で、とても……責める気にはなれないです」

「……そんな悪いことではないよ。いいことでもないけどね。まぁうん、色々あるものでね。……そうだ。文字を教えてあげよう。あの村の出だと文字は読めないだろう」

「えっ、あっ……いいんですか?」

「うん。お詫びとしてね。それに、君にも興味が湧いてきた」

「えっ、わ、私はカバネさん一筋なのでっ!」

「いや、そういう意味じゃなくてね……」


 シロマは呆れたように笑い、新しい紙とペンを取り出し、部屋の本棚の隅にあった絵本を取り出した。



 ◇◆◇◆◇◆◇


 目を覚ますと、ニエとシロマが腕相撲をしていた。


「……なんでそうなった」

「あっ、カバネさん、おはよっ……うわぁっ!」


 絶妙な均衡を保っていた腕相撲は俺が声をかけたことで崩れ、ニエの手がガタンと机にぶつかる。


「ふっふっふ、これが力だよ! 文と武、僕はその全てを手にしてしまったのだ!」

「文はまだしも武は最弱決定戦に限りなく近くないか?」

「むむむ、やるか、カバネ」

「無謀過ぎるだろ」


 ボリボリと頭を掻く。まぁ、仲良くなったのだったら悪いことじゃないか。


「……ちょっと寝過ぎたな。昼食でも食べにいくか」

「ん、ここで食べていけばいいだろう」

「街の構造とかを知りたい。それから文化を推測出来ることも多いしな」

「んぅ……シロマさんも一緒に来ますか?」

「そうだな。馴染みの店を紹介しよう。久しく行ってはいないが」


 適当に探すつもりだったが、いい店に連れていってもらえるならそちらの方がいいか。

 まぁ、この国の料理にはそんなに期待は出来ないが。


 シロマに連れられて歩きながら、彼女に尋ねる。


「久しくって言っていたが、どれぐらいいってなかったんだ?」

「む、30年ほどかな」

「……その店、現存してるのか?」

「それぐらいなら大丈夫だろう。ほら、ここだ……ん? ずいぶんと店構えが変わってるな」

「パッと見、酒場のように見えるな」

「ふむ……そうか。そうか……。自分が怠惰なエルフであることを思い出させられるな」


 一瞬だけ寂しそう表情をしてから、俺達に笑いかける。


「すまない。どうやら、のんびりとしすぎてしまっていたみたいだ」

「まぁ、適当に探すか」


 寂しげな表情を浮かべるシロマは、ポツリと呟くように言う。


「……僕はひどく、ひどく……薄情だな。人と感覚が違うことは分かっていたことだろうに。いつかまた来ようとは思っていたのに、同時にそう急ぐ必要もないと思っていた」


 すぐ近くの店に入りつつ、俺はシロマに言う。


「……じゃあ、また明日ここにくるか」

「えっ?」

「具体的な日付を決めていたら大丈夫だろう。それに、俺とニエは店じゃないからな。俺達の感覚で寂しくなったら俺達の方からまた会いに来るさ」


 シロマはまた顔を赤く染めて、恥ずかしそうに言い返す。


「ん、むぅ……でも、それだと、僕がカバネに会いたいと思っているときに会いにいくのより頻度が少なくなりそうだ」

「どういうことだ?」

「そ、それはだな。僕はカバネとずっと一緒に……」


 シロマの声が店内の喧騒に紛れて消えていく。

 なんか随分と騒がしいな。そう思いながら三人で席に着く。

 隣の席の若い爽やかそうな男が大量の料理をかき込んでいるのを見て若干引きつつ、メニューに目を通す。


「んぅ……人たくさんいますね」

「そうだな。妙に多い」

「ふっ、それは俺が説明しよう」


 俺とニエが話をしていると、突然訳知り顔の男が会話に割り込んで来る。


「……誰?」

「見ろ。隣の男を。彼は闘技大会本戦出場者だ」

「……ああ、それが客寄せになっているのか」

「それだけじゃない。奥の奴を見ろ」


 眼鏡の男が本を読みながら眼鏡をクイっと直していた。とても賢そうに見える。


「彼も本戦出場者。通称【データマスター】のメジロ。対戦相手の癖や特徴を調べあげて、徹底的に対策を取ることで勝ち上がってきている」

「くしゅん……。私のデータによりますと、誰かが私の噂をしているようですね」


 データのレベルが低い。


「参加目的は「強い男はモテるとデータがある」とのことだ」

「今のところデータマスターから知性を感じられないんだが」


 俺は自分のことを棚に上げた。

 すでにニエとシロマは訳知り顔の男をスルーし始めてメニューを見ている。


「他にもいるぞ。あっちにいるのは有名な武家の倅だ。優勝候補ってところだな」

「なんでそんな奴が参加してるんだよ」

「優勝した男はモテると思ったそうだ」

「発想がデータマスターレベルだぞ、それ」


 俺は自分のことを棚に上げた。


「……あの大食いの奴の動機は?」


 爽やかそうなイケメンだし、他のアホどもと違って何か真っ当な理由があるだろうことを期待して問う。


「人を殴る感覚が好きだそうだ」

「爽やかな顔して怖えよ」


 なんか闘技大会に出たことを後悔してきた。もう棄権してシロマの研究の手伝いでもしておきたい。

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