その偽りを愛と呼ぼう⑤
数時間の稽古が終わり、予選一回戦の相手と向き合う。
槍……というよりかは長い木の棒とでも呼ぶべきだろう武器を持って相手を観察する。
獲物は同じく槍。俺よりも体格がいいのでリーチでは若干負けているだろう。
小慣れた様子が窺えることを見ると、傭兵か冒険者か。どちらにせよ、俺のような素人でないことは間違いない。
開始の合図はない。多くの人がいるため、各々が勝手に戦い始めて勝手に勝敗を決めるという雑なやり方だ。
「……どうも」
ニエの方は見ない。彼女を見れば、その一挙一動に集中が乱されるだろうことが分かっているからだ。
「始めるか」
不意を突くつもりはないらしく、互いにゆっくりと構えて、合図もないままに始まった。
相手は距離を詰めるつもりはないのか、ジッと構えて動かない。
やりにくい相手だ。こんなに弱そうだろう俺に手を抜く様子がなく、確実に勝ちに来ている。俺も動くことはなく、睨み合いが続く。
……傭兵とは、当然ながらマトモな稽古を出来なかった。せいぜいがスムーズに突く程度で、必殺技どころか基本すらなっていないだろう。
それでも勝てると言っていたのを信じると、俺の長所が役に立つということだ。
長所とは、決まっている観察力だ。構えながらゆっくりと観察する。
おそらく右利き、瞬きの回数は少ない。
俺が相手を中心にジリジリと回るようにして動く。背後から風を感じつつ、その場で静止する。
隙はない。呼吸は浅く繰り返されており、瞬きは少ない。手に入っている力が緩むようなことはなく、間違いない手練れ。
隙がな……。
すっ……と俺の槍が男の喉の前に移動して、男が目を見開く。
「俺の勝ち、ということでいいな?」
「……あ、ああ。……名前を聞いてもいいか?」
俺は男が槍を地面に転がしたのを見て槍を戻す。
……いつの間にか勝っていた。いや、いつの間にかというか、一応相手の隙が見えて身体を動かしたのだが……まさかこんなに呆気なく終わるとは。
「……岩主カバネだ」
「そうか。……頑張れよ、岩主カバネ」
近くにいた職員の男に勝った旨を伝えて、雑に決められた予選二回戦の人物と向き合う。
今度の相手は剣だ。……いや、マジか。剣って……。周りを見ても殆どがリーチに勝る槍で、他の武器は極少数だ。男は剣を構えてこちらに向かってくる。
先の男に比べても体格がいいわけではない。だが、何かあるのかもしれないた油断せずに構えて……あ、隙。
◇◆◇◆◇◆◇
「カバネさん! 本戦出場おめでとうございます!」
「……ああ、なんか普通に勝てたな」
「俺の言った通りだろ?」
いや、まぁ実際にそうだったんだが……。俺が手応えなく勝ってしまったことに困惑していると、傭兵は当然のように話す。
「お前の状況を見る力は大したもんだぞ。他は並だが」
「……そんなものか。他の選手も見ていただろう、俺は優勝出来そうか?」
「まぁ楽勝だろうな。本戦出場者は16人で、そのうち今のカバネより強そうなのは9人いる」
「半数越えてるじゃねえか。何が楽勝なんだよ」
俺は欠伸を噛み殺しながら、試合のために外していたネックレスを付け直す。
旅の後、ほぼ徹夜してそこから数時間で槍の稽古をして予選を戦うという馬鹿みたいなスケジュールで動いていたせいでクタクタだ。さっさと寝たい。
半分眠りながら、ニエに手を引かれて領主の屋敷に戻る。
一応、寝る前に領主から紹介状を預かっていた方がいいかと考えてボリボリと頭を掻きながら歩いていると、白い髪をした少女、長い耳が特徴的なシロマと会った。
「あ、カバネ、今探していたんだ。昨日の話の続きだが、いい?」
「いや、今は領主から紹介状をもらいにいくつもりだった」
「そんなの後でいいだろう。ほら、ちょっと草案を纏めてきたんだ」
俺の顔面にグリグリと紙が押しつけられる。近すぎて読めない。というか、顔にめり込んでいて若干痛い。
「……いや、後でな」
「むぅ……まぁ、今坊ちゃんのところに行っても仮眠中だと思うぞ?」
「坊ちゃん?」
「ん? ああ、あれは赤子のころから知っているからな」
嘘つけ。と思ったが人間じゃない種族なのだからそういうものか。
……いや、そんなに寿命が長いってどうなっているんだ。
ヘイフリック限界とかガン無視してないか? いや、人間に比べて単純に代謝が非常に悪いとかか?
「あー、じゃあ一回寝るか。いや、風呂があるんだったか、せっかくだし久しぶりに風呂に入ってから」
「おーい、共に知識を高め合おうぞ」
「また後にしてくれ、今日は眠い」
むぅ……と唸るシロマの頭をポンポンと撫でてから、ニエと二人で今朝の客室に戻る。
「じゃあ、風呂にでも行くか」
「お風呂……話には聞いたことがあるんですけど……」
普段は濡らした布で拭くなりして清潔を保っているが、やはり風呂があると入りたくなる。
どうやらこの世界では高価なものらしいが、流石は領主の館だ。
「別に混浴ってわけじゃないみたいだし、浸かってみたらどうだ?」
「ん、んぅ……でも、薪が勿体ないかと」
ああ、そういう心配か。まぁかなり貧困だったしな……。
「無理にとは言わないが、どうせ沸かしてあるだろうから勿体なくはないと思うぞ」
「そう……ですね。じゃあちょっと、お願いしてきます」
ニエはとてとてと動いてメイドの方に話しにいった。
◇◆◇◆◇◆◇
久しぶりの風呂に少しだけテンションが上がる。
別に風呂が好きだとかではなかったつもりだが、思ったよりも好きだったらしい。
そこそこの大きさの湯船に口角が上がる。
流石にシャワーはないようだが、悪くない。悪くないぞ。
徹夜での疲れも吹き飛びそうだ。
湯船からすくったお湯で身体を流し、湯船に汚れが出ないように身体を洗ってから湯船に浸かる。
「っ……ああー、生き返る。……あー、王都に行ったら風呂付きの家を買うか建てるかしよう」
そしてゆくゆくはニエと……。げへへ、と下衆な声を出していると、ペタリと足音が聞こえる。
客用の風呂ということなので、別の部屋に泊まっている傭兵だろうか。
そう思いながら扉の方に顔を向けると、白い髪のエルフのシロマだった。
「……は、い、いや、待て、男湯だよな!? ここ」
俺が焦りながら言うと、シロマはうすらと色づいた頰を俺に向ける。
「うむ、そうだよ」
胸や足の間は白い布で隠しているが、それ以外の布は身に付けていない。まさか男なのかと思ったが、体付きのそれは、幼いながらも間違いようもなく少女のものだ。
ぺたりぺたりと歩みを進めて、パシャリとお湯をかける。
「僕の体は人間から見ると私は童女のようにしか見えないのだろう。だったら共に風呂に入っても問題はないだろう」
シロマはそう言いながら薄べったい身体に再びお湯をかけて「はふう」と気の抜けた声を出す。
子供にしか見えないのは確かだ。確かではあるのだが、この世界に来るまで女性との関わりが薄すぎた俺にとっては気にならないものではない。
そもそも、好きな少女のニエに近い体型なのに気にならないはずがない。
「カバネはこの街にいる時間が短いんだ。たくさんのことを話したいのだから、風呂に入っている時も一緒の方が長く時間を取れるだろう」
「……いや、その理屈はどうだろうか」
「ほら、それよりも話をしようじゃあないか。昨夜……というか、今朝に話していた魔物の分類なんだけどね」
魔物の分類どころの話じゃないだろ。この状況は。
どうする、居座る気満々だぞ。今すぐに出るか?
……くそ、諸事情のせいで湯船から出られない!
俺の諸事情のせいで。
ニエにバレたらまずいので、いっそ人を呼ぶことで潔癖をアピール……いや、ニエが男湯に入ってくるのはあり得ないし、メイドさんをここに呼ぶのは悪手だ。
下手に騒ぎになってバレるのも避けたい……ニエが入ってくることはないのだから、もう諦めて諸事情が解決するか、シロマが出て行くまで待つしかないか。
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