その偽りを愛と呼ぼう④

 ニエを連れて歩いていると、菓子を売っているらしい店を見つけて二つ購入し、外にあるベンチに座って食べる。


「ふわあ、甘いです! 甘いですよ!」

「そうだな。美味い」


 そんなに甘くない……ほとんど小麦の味で、少しパサついている。

 大喜びをしているニエの横でそんな冷めたつまらないことを言う必要はないか。


「えへへ、幸せですね」

「……ああ、本当にな」


 ニエが不意に俺の口元に手を伸ばして、頬を撫でる。


「付いてましたよ」


 そう言いながらパクリと食べて、えへへと笑う。可愛い、とても可愛い。

 抱きしめて押し倒したい欲求に駆られるが、人があまりいないとは言えども往来で出来るはずもない。


「……あの、途中で寝てしまっていたんですが……その、石像と英雄について……聞いたんですよね?」


 ニエは深刻そうな表情をして俺を見る。

 方法を知れば俺がいなくなるかもしれないと思っているのか、あるいは方法が見つからなかったことで帰れないことに罪悪感を覚えているのか。

 どういう感情かは読み取りきれない。あるいは、その両方かもしれない。


「……悪い、ニエ。聞いてなかった」

「え……ええ……?」

「いや、趣味の話が盛り上がってな。それに……最近は多少吹っ切れてきた」

「吹っ切れてきた、ですか?」

「そう簡単に世界を移動出来るならもうとっくに激しく行き来してるだろうしな。あの石像のようにかなり限られた状況でもなければ無理なんだろう。と、なれば……ニエを連れていくのは難しそうだから、帰るのは諦めるしかないかもな。って具合だ」


 帰りたくないというと嘘になるが、ニエを捨ててまではない。


「……あの、それは……」

「この世界に来たのも悪くはなかったかもしれない。って話だ。だから、別にもう気にしなくてもいい」


 ニエは俺の方をから目を逸らして俯き、赤い顔をしながらパクパクと菓子を食べる。


「それはそれとして、多少調べるつもりはあるけどな」

「何でですか?」

「あちらの世界にあるものを持ってかれるなら便利だからな。あと、俺だけでも簡単に行き来出来たら色々と買ってこられる」


 まぁ、おおよその物ならこちらの世界のもので事足りるが。

 特に料理とかに不満はあるが、それは自分で食材を買って作ったらいいだけだ。というか、間違いなくそっちの方が早い。


 ……まぁ、まだ完全には未練を断てていないというのが一番の理由か。


 俺が欠伸を噛み殺すと、ニエはクスリと笑みを浮かべる。


「帰ってもう一度寝ますか?」

「ん、ああ……そうする……。あれ、ミルナと傭兵か?」

「あ、仲良いですね。……あの、私……その、少しお願いがありまして……」

「王都に行ってからもあの二人とは交友を保ちたい、ということだろ?」


 ニエは目を丸くして俺を見る。どうやら当たっていたらしい。


「石像と英雄の情報を集めるには丁度良いからな。目的は一致していないが……いや、一致していないからこそ協力は出来そうだ」


 石像自体はどうでもいいからな。石像を欲しがっているミルナとは協力出来る。不安なのは……明らかに組織だって動いていた奴がいたことか。


「……あの、じゃあ……」

「まぁ、それを抜きにしても、せっかく友人になったのにってのはあるよな」

「は、はい!」


 ニエは嬉しそうに立ち上がり、俺の手を引いて二人の方に向かう。


「二人ともどうされたんですか?」

「あ、カバネとニエ、いや、買い物をしに来たんだけど」

「金なら多少は渡してただろ?」

「……そのもらってた金を、このアホが……勝手に酒を飲んで使い込んでたのよ!」


 この男、とことんクズである。俺がドン引きしながら傭兵を見ると、傭兵は赤くなった顔で首を横に振る。


「いや、違うんだ」

「何がよ」

「酒場でな、情報を集めようと思っていたんだ。何もかもカバネの世話になるというのは、少し良くないと思ってな」

「……はぁ、それで?」


 俺が呆れながら溜息を吐くと、傭兵は自信満々に口を開く。


「今日の昼から武闘大会の予選が始まるらしい。そして優勝者には金貨三枚だ!」

「……ニエ、それは多いのか?」

「いえ……私は金銭の価値には疎いので、なんとも」


 龍の鱗三枚分か。……高いのか安いのか分からない。

 そもそも俺が渡した金も元を辿ればユユリラのものだったわけで……無駄なことに浪費した罪悪感が湧いてくる。

 龍を売った金が入ってきたら返すつもりだったが、どちらにせよ何となく申し訳ない。


「……つっても、優勝したらって話だろ?」

「そんなの俺が負けるわけがないだろ? これでも俺は王国騎士団の三番隊隊長だぞ? こんな田舎の武道大会で負けるかよ」


 傭兵じゃないのか。まぁ、仮にも王女が一人で人を雇って来るはずもないし、身分を偽る必要があったミルナに合わせて傭兵も偽っていたのだろう。


「騎士団員がこんなところで目立つようなことをするなっ!」


 ミルナがパシリと傭兵の頭を叩く。いや、ごもっともである。


「自覚を持ちなさい、自覚を!」

「そもそも勝てると決まったわけでもないし、素直に大人しくしてろよ」

「いや、そうは言ってもしばらく金がないのはなぁ」

「アンタが朝まで飲んだくれてたからでしょ!」


 ミルナの手が再び傭兵を叩くが、正論すぎて止める気が起きない。


「そうは言っても酒場に行かなくても金が足りなかったのは確かだしな。こんなチャンスは滅多にないだろうし……」


 傭兵はそう言ってから俺の方を見てポツリと口を開く。


「あ」

「……悪い。俺は帰ってやることがあるから」


 嫌な予感がしてその場から逃げようとした俺を大きな手が止める。


「傭兵、先に言っておくが断るぞ」

「待て、まだ何も話してないだろ」

「お前、俺を出すつもりだろ。嫌だぞ、そんな面倒ごとは」


 俺が逃げ出そうとすると、傭兵は俺の腕を引いて、女子二人から離れた場所で耳打ちをしてくる。


「カバネ、強い男はモテるぞ」

「ッ……いや、でも負けたら情けないだろ」

「いや、お前なら優勝は出来る。思い出せ、あの時、あの鳥の化け物に突っ込んで来れたのは街の衛兵でもなくお前だったろ。アレに対抗出来るんだ。人間なんて楽勝だろ」

「そもそも対人なんかしたことねえよ」

「大丈夫だ。俺がミッチリ稽古を付けてやるから。な? モテたいだろ」


 ニエの方を見る。……ニエに応援してもらえるのか……。それで華麗に対戦相手を倒してキャーと言われたら……。


「んぅ?」


 ニエが首を傾げる。可愛い。


「……本当だろうな? 言っておくが、剣はずぶのど素人だぞ?」

「ああ、任せとけ! お嬢、俺はコイツに稽古を付けるから、コイツの名前で申し込んできてくれ」

「……主従というものを理解してる?」


 傭兵に引きずられて、街の外に移動した。


 ◇◆◇◆◇◆◇


 傭兵は近くに生えていた木の枝を剣で切り裂きながら俺に尋ねる。


「得意な獲物はあるか?」

「……特に、敢えて言うならスリングショットと短刀だが」

「あー、武道大会は元々用意されている武器からだから短刀しかダメだな。が、まぁ短刀はオススメ出来ない」

「ああ、それは分かる。この前の石像を奪っていった奴との戦いでもそうだったが、単純に近寄らなかった」

「オススメは槍だ。構えてるだけで強いからな」


 傭兵は槍の形にした木の枝を俺に渡し、構えるように言う。

 この前の敵の見様見真似で構えると、傭兵は頷く。


「これでいいのか?」

「ああ、そんなもんだな。基本的には相手が寄ってきたら突く、寄って来なければ近寄って突くだ。基本すり足でな」

「……一夜漬けや一朝一夕どころか、一昼しかないが、それで勝てるのか?」

「まぁ、お前の異様な勘の良さでどうにかなると思うぞ、予選ぐらいならな」

「予選だとダメだろ」

「本戦は明後日からだからな、それまでにどうにかすればいい」

「……魔法の対策は?」

「魔法は禁止だから大丈夫だ」


 ……無理だろ。という思いしかない。いやしかし、ニエの前で負けるなんて格好悪いことは出来ないし……完全に乗せられた。

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