その偽りを愛と呼ぼう③
「ふむ……なるほど、餓死か」
俺が領主にしたのと同様の説明をすると、少女はコクリと頷く。夜の帳はとっくに降りていて、ニエは俺の膝の上で丸まって眠っている。
「確かに不可能ではなさそうだね……が。うむ、実質的に不可能だね」
「ああ、もう一度やれと言われても再現は出来ないだろうな。一秒ごとにサイコロを振らされて、一の目が出なければ死ぬってのを半日続けるようなものだ」
運が良かった。と、言う他にない。
「まぁ最終的には脳天に短刀を突き刺して殺したんだが……鱗が異様に柔かったな」
「それは魔力が尽きたからだろう。一部の魔物は魔力によって身体を強化する。稀に剥がれ落ちた龍の鱗が市場に出回ることがあるが、魔力を込めることで強度を増していた。……骨まで柔らかいというのは不思議だけど」
「骨は元々飛ぶために軽くて脆い筈だ。そうだな、鳥とかの骨の構造を話すか」
ああだこうだと話していく。気が付けば窓から朝焼けが見えていて信じられないほど話し込んでいたことに気がつく。
何というべきか話が合う。これは伝わらないだろうということがなく、言い方を捻る必要も迂遠な比喩に頼ることもなく言った言葉を理解してくれる。
この世界に来てから、こういう風に気を遣わずに話せたのは初めてだ。いや、元の世界でもここまで話が合う人物はいなかった。
「ええと……じゃあ次は……頭索生物の生態をだな」
「いや、散々俺が話したんだから魔物の分類とかについて教えろよ」
「いや、今の話を鑑みると今の魔物の分類には意味が……」
「あー……それはどういう」
「新しく僕達で作り直した方が……」
二人でフラフラとしながら話しているうちに、パタリとシロマが倒れ、俺がそれに布でも掛けてやろうとして……力尽きて目が沈むようにまぶたが落ちる。
あ、無理だこれ。
◇◆◇◆◇◆◇
「ッ! カバネさん!!」
「……ん? ああ、ニエ、おはよう……」
「おはようじゃあないです! 何でその人とくっついて寝てるんですか!」
「……? あ、これか」
頭の下にあったシロマの背中に気が付き、働かない頭を無理矢理動かして、グッタリとしながら身体を起こす。
ほとんど寝ていない。もう一度身体の位置をずらして寝転ぶと、プンスカとしながらニエは話す。
「信じられないです。カバネさんの生贄は私なのに、他の女の子とくっつくなんて、浮気です、浮気」
「浮気じゃないだろ。ちょっと枕にしていただけで、そもそも子供……」
いや、ニエの方が子供か。グッタリとしながらニエを抱き寄せてもう一度目を閉じる。
「まったく、もう……次は怒りますから」
「ん、ああ……俺が好きなのはお前だけだから」
再び目を閉じて少しの間、床に転がって寝ていると扉が開き、メイドの女性が声を上げる。
「す、すすすすみません!! お客様をそんなところで寝かせてしまって!!」
「……ん? ああ、いや、別に……」
グッタリとしながら顔を上げると、顔を青くしたメイドがバタバタと動く。……何か悪いことをしてしまったらしい。
メイドに連れられて客室のようなところにニエと二人で連れて行かれて、半分寝ぼけながら運ばれてきた朝食を食べる。
「それで、どうなったんですか?」
「ん? ああ、なんだかんだと俺ばかり話すことになったからな。シロマから色々と聞きたいこともあるし。あと、シロマに魔物の分類整理をやり直さないかみたいな話を誘われていてな」
俺がそう言うと、ニエは唇をツンと尖らせる。
「そうですか。楽しそうで何よりです」
「……怒ってるか? いや、つい話しすぎてその場で寝てしまっただけで他意はないというか」
「……分かってはいますが、嫌なものは嫌なのです」
「あー、悪い。後でこの街の観光でもしにいくか」
「二人で、ですか?」
「ああ、当たり前だろ」
その前に領主とシロマに何か言ってから……いや、メイドに言伝を頼んだらいいのだろうか。
ああ、スマホが欲しいと思いながら、ポケットに入れていたネックレス型の魔道具を首にかける。
ほんの少し眠気がマシになる。怪我などが治る道具だが、どうやら疲労にも効くらしい、魔力さえあればある程度睡眠不足でも大丈夫そうだ。
ずっと付けていると魔力が不足して倦怠感を覚えるらしいが。
「ニエ、食べたいものはあるか?」
「あ、えっと……」
「街に何があるとか分からないか。適当に見て回るか」
「は、はい。えへへ」
話を聞くのも勉強にはなるが、やはり実際に歩き回って実体験を伴った知識というのも重要だ。
昨日少し歩いて分かったのは、この街の人口はあまり多くないということだ。
ニエと共に外に出て、何かがあるわけでもない街を歩く。どうやらある程度区画ごとに産業に偏りがあるようで、今は旅人が利用するような店が集まっているような場所だ。
宿屋や簡易な食事処、あとは旅道具を売っているらしい店。まだ空いていないだろうが。
「……カバネさん、そこ何のお店なんですか?」
「ん? 旅具の店らしい。後で来るのもいいかもな。……ほら、書いてるだろ」
「あ……すみません、その、私、学がないので文字は……」
「ああ、いや……悪い」
微妙に気まずい空気を感じていると、ニエは別の看板を指差す。
「あれは、何屋さんですか?」
「保存食の専門店らしい。が、個人向けじゃなさそうだな」
建物と建物の間が狭くかなり密集しているのが分かる。というか、結構な数の家が連なっており長屋に似ている。
おそらく一つ向こう側の道の建物とも背中合わせに壁一枚で繋がっている形であり、大きな建物を壁で分割しているような構造だ。
多くは二階建てのようで、場所の節約がかなり顕著に見られる。
……土地の個人所有の概念がないのか?
俺がアレコレと考えていると、ニエは次の看板を指差す。
「あれは何のお店ですか?」
「酒場だな」
「あ、前に行ったご飯食べさせてくれるところですね」
「……いや、一応食事の提供もあったが、基本は酒だな」
「んぅ……酒……? あっ、あれですね、私のライバルの供物!」
……この子、他の供物にライバル心を抱いていた……?
ニエの言葉に戸惑いを覚えていると、ニエは酒に興味を持ったのか閉まっている酒場の前にとてとてと移動する。
「……私がこれを持ってカバネさんに捧げられたら嬉しいです?」
「酒は飲んだことないな。一緒にいてくれるだけでいい」
「んぅ……身も心もカバネさんに捧げたいのですが、難しいです」
身も心も捧げるって……。妙な妄想、ニエがベッドの上ではだけている姿を想像してしまい、俺の手を引くニエから思わず目を逸らす。
「あのおっきくて綺麗なお店はなんですか?」
「ん? あれは……」
……娼館だ。いや、多分、分からないけど、おそらく、可能性は高い。
異世界とは言えど、地球最古の商売である水商売が存在しないはずはなく、旅人という男が多いだろうところにあるのはむしろ自然だ。
一瞬だけ固まった俺に、ニエは不思議そうに首を傾げる。まさか本当のことを言えるはずはないし、かと言ってニエに嘘を吐くのは極力避けたい。
「……あれは、おそらく……男女が仲良くするための場所だな」
「へー、そんなところがあるんですね。行ってみたいです」
「いや、そういう二人で一緒に行き仲良くする場所じゃないんだ。一人で行き、そこであった人と仲良くするという感じのな」
「んぅ? よくわかんないです」
「とにかく、大した場所じゃない。……一度来た道を戻るか、こっちの方は面白いものはなさそうだ」
ニエの手を引いて少し強引に引き返す。
……シロマに聞いたりしてデートの下準備ぐらいしておけば良かった。いや、そもそもデートスポットなんてこの街にはないか。
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