その偽りを愛と呼ぼう②

「それで、俺の何が欲しいんです?」


 俺がそういうと、領主は頰をピクリと反応させる。ほんの少し逸るような仕草を見せたあと、ゆっくりと尋ねた。


「……龍は殺せない。どのような武器を使おうと、鱗と皮には刺さらず、どのような魔法を使おうと命には届かない。どうやって殺した?」


 方法を探る……か。

 まぁ明らかに弱そうな俺が倒したのだから通常の方法ではないと思うのは当然か。

 俺が倒したことを疑っていない様子なのは……俺の風貌がここいらの人間とは違うからだろうか。


 少し考える。別に教えるのはいい。教えるのはいいが……理解出来るのだろうか。

 事前知識がなく形だけ真似ても上手くいくはずがないし、そもそも俺は説明が上手くない。

 まぁ、説明するだけしてみるか。


 お茶を飲んで喉を潤してから話す。


「あー、まずですね。俺達人間も含めた生物の身体の作りから説明しますね」

「えっと……それは重要なことなのかい?」

「まぁ、人間も龍もほとんど同じ身体の構造をしてますからね」

「え、ええっと……」


 領主が困惑したようにユユリラの方を見る。……説明難しいな。

 俺はアレコレと説明していくが、どうにも伝わらない。


 長いこと話していると旅疲れでニエがグッタリとしだしていたのに気がつく。かなり長いこと話していたらしく夕方になっていたようだ。


「あー、悪いですね。上手く説明出来なくて」

「いえ……申し訳ない。時間をかけていただいたのに」

「一応、個人的なメモ書きはあるんで置いていきますね。……あれ?」


 ポケットに入れていたはずの紙がなくなっている。落としたのだろうか。


「あー、無くしたみたいです。またある程度纏めて持ってきましょうか?」

「……いや、私のところに来ても分からないのでな。紹介状を書くから、そこを訪ねてほしい」


 そこ? と俺が尋ねると、領主は頷く。


「レインヴェルト王立学園、この国の最高学府だ」

「……それ、王都ですよね。こっちとしては別にいいんですけど、流石にそこまで行くような路銀はなくてですね。龍の素材もユユリラに任せっきりで、いつ俺の手元に入ってくるか分からない状況でして。有り体に言うと、金がないので無理です」

「それぐらいなら私が幾らでも支援しよう」

「……それ、そちらに得はあるのか?」

「もちろんあるとも。単に紹介をしたと言うことだけで充分にね」


 そんなものか。まぁ分からないが、多少の裏があってもいいだろう。


「どういう待遇なんだ?」

「研究者のひとりということにはなるだろうが、細かいところまではあちらに着いてからだね」


 ……悪い話ではない、か。

 支援されながら日本の知識を垂れ流すだけで安定した生活を得られるのはありがたい。


 王都という場所も大いにありだ。前に地図を見た際、ここの辺りの土地はかなりの辺境で他国と隣接していることが分かった。どういう世情なのかは知らないが、もしもの際に危険な可能性がある。


 それにこの世界について無知な俺が学ぶ場としても最適な可能性が高い。

 何より、ニエにも安定した生活をさせてやれる。


 ついでに約束通り傭兵とミルナの二人を送れるのだし、即決してもいいぐらいだろう。


 俺が頷こうとしたその時だった。


「その話、ちょっと待ったぁぁあ!」


 扉がバンと開いて、勢いよく少女が転がり込んでくる。ぐるぐると回った末に机に頭をぶつけて少女はうずくまる。


「……誰だ?」

「うぬぬぬ……」


 白い髪が揺れて、涙目になった蒼い目の少女が立ち上がり、領主の男が頭を抱える。


「……シロマさん、今重要な話を彼としていまして」

「私の方が重要だ。おい、お前」


 少女はピシリと俺を指差す。領主が敬語を使っていたことに違和感を覚えながら少女を見ると、耳が不自然に長いことに気がつく。


 隣に座っていたニエが小声で「エルフ族……」と呟いたのが耳に入る。


「エルフ?」

「そうだ。だが、今はそんなことはどうだっていいのだ。これだ、これを見るんだ」


 白い髪の少女が俺に突きつけたのは、どこかで落とした俺のメモだ。


「ああ、拾っていてくれたのか、ありがとう」


 俺がそれを取ろうとすると、少女はバッと手を引く。

 すーっと息を吸って、少女は怒鳴る。


「こんの……愚か者がぁ!! こんなものを落とすなんてどうかしているぞ!? 物の価値が分からん愚物が!!」

「えっ……いや……」


 俺のメモではないのかと思っていると、少女がバシバシと俺の肩を叩く。


「こんな知識どこで手に入れた!? 天才か!? そのくせそこらに落とす愚者ときた!! 私以外の人が拾って燃やしたりでもしたらどうする!?」

「いや……ただのメモ書きだが……最近書いたものだしな」


 褒められているのか貶されているのか分からない状況に困惑していると、ニエが俺を庇って間に入り込んだことで代わりにニエの頭が少女に叩かれる。


「いた、いた」

「……とりあえず、落ち着け」


 ニエを動かしてから頭を撫でてやり、それから興奮して俺を叩いている少女の手を止める。


「知識の山だ。これは、当然のように新たな知識が書かれている」

「……ただの魔物の生態ですが」

「ただのだと!? これがか! 馬鹿か! 自分の知能に気がついていないのか!?」

「褒めるのか貶すのかどっちかにしろよ……」


 ふぅふぅと息を切らした少女は、領主の飲んでいたお茶を奪って飲み干す。


「ええっと……すみません。彼女は私の相談役のようなもので」

「相談役?」


 この子供が? と思っていると、領主は頷く。


「ああ、エルフ族と会ったのは初めてですか。彼女は容姿こそ若いけれど、実際の年齢は私よりもよほど歳上で」

「あと5年で200歳だ。まぁ私のことはどうでもいい。こんな英知をどこで学んだ? これに書かれているのは事実か? どうやって調べた?」


 彼女は質問と共にずいっと俺に顔を寄せ、ニエは彼女の肩を押して俺から引き離そうとするが、力負けしてぽすりと俺の方に倒れる。


「別の国で習った」

「どこだ? そんなに急速に学問が発展するような国があったか? ……いや、お前」

「ん?」


 少女の顔が近寄り、耳元に息が触れる。こそばゆさを感じていると、少女は信じられないことを口にする。


「……召喚された英雄か?」


 俺の膝の上に倒れているニエにさえ聞こえないような小さな声。俺が驚いてバッと立ち上がると、ニエが落ちて床に転がる。


「いたいです……」

「わ、悪い」

「ふむ、その反応を見るとその通りのようだ」


 少女は小さく頷き、ニエを抱き起こしている俺に言う。


「泊まるところが決まっていないなら、今日は私のところに泊まっていくといい。……見たところ来て日が浅いだろう。色々と教えてやろう」


 少女はニエの方に目を向ける。


「……そちらのお嬢様も一緒にな」

「……はぁ、まぁ……別にいいけど」


 金はないし、泊まれる場所があるのは助かる。

 それにどうにも訳知り顔で、色々と有用なことが習えそうだ。


 ニエは頭を押さえながら立ち上がる。


「ニエはいいか?」

「……カバネさんがいいなら、いいですけど」

「悪いな。えーっと、シロマだったか? 知り合いと一緒にこの街に来ているんだが……」

「ふむ、なら遣いを出しておこう」

「それなら別にいいか。じゃあ、案内してくれ。あー、領主様、また明日訪ねますね」


 シロマに連れられて屋敷の一室に入ると、本が所狭しと山積みになっていた。

 その本のジャンルはバラバラで、少女の興味の傾向を知れるようだった。


「……すごいな」


 まるで書店か図書館のような蔵書量だ。

 俺が思わず声を出すと、少女は満足げに頷き、床に直に座り込んだ。


 さあ、話そうかとばかり俺に目を向けた。

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