その偽りを愛と呼ぼう①
金が入ったらどうしようか。
ニエに美味しい菓子を食べさせてやりたいし、生贄の服の替えも買ってやりたい。あとは暖かい家や教育もあった方がいいだろう。
ベッドは大きいものがいいか、ニエと一緒に寝るわけだしな……。
などと考えているとミルナが俺を見て眉を顰める。
「何、鼻の下伸ばしてるの」
「伸ばしてない。それより、一応お偉いさんなんだろ。ちょっと聞きたいんだが、子供と住むのにいい街ってあるか?」
「いいって……。何をするのに?」
「治安がいいのが一番だな。あとは教育とか……そもそもこの国の教育制度ってどうなっているんだ?」
「家とか事情とかによって違うと思うけど」
「……まぁ、そりゃそうか」
義務教育なんてあるわけがないよな。このような状況の国に義務教育があっても意味がないだろう。
考えてもみれば、日本の常識からニエにも勉強をさせようと思っていたが、確実に有用というわけでもない。
あくまでも仕事を得るために学ぶという考え方をするのであれば、俺が稼げばいいだけだし、何より龍の金でそこそこ余裕が出そうだ。
俺があれこれと考えていると、ミルナが口を開く。
「一応、私は家庭教師から習っているけど……一般的かどうかは……なんとも言い難いわね。若い人が学ぶとしたら、独学か私みたいに家庭教師か、王立の学園とか……あとは研究者のところに行くか」
「学園なんてあるのか?」
「ん、ええ。とは言っても半分社交場のようなところで、研究者から教わって見識を広めながら交友を広めるものかな」
「なるほど」
そうなると貴族やら名家やらではないニエには不向きか。気が弱いからいじめられたり、人が良いからパシリにされたりしそうだ。
答え終わったミルナは俺に問う。
「カバネはどこで勉強したの? それとか……すごく賢そうに見えるけど」
ミルナは俺が趣味で書いていた今まで見た魔物の図鑑を指差す。
「大したことは書いてないぞ」
「……いや、わけがわからない難しいことばかり書いてるわよ。てっきり、どこかの国の研究者か何かだと思っていたんだけど」
「そんなわけあるか。……俺が教えるのが一番良さそうだな」
そういえば今更だが、この国の言葉は日本語なんだな。……そんな一致するわけあるかとも思うが、ミルナの話では建国したのは英雄とそれを召喚した巫女ということだ。それが俺と同じ日本人だったら日本語が使われていたとしてもおかしくない。
……あの「世界で一番強い」少女は明らかに日本人じゃなかったが日本語を話していたな。まさか、俺の方が変えられているのか?
召喚される際に、日本語とこの世界の言語を入れ替えて覚えさせられている可能性も充分に考えられる。
膝の上で寝ているニエの頰を触っていると、外を歩いていたユユリラが声を上げる。
「あっ、街着くよ」
「……予定より早かったな」
領主とやらと話をすることになるのか。
この前の町よりも少し人が少なく見えるが、それはあの街が祭りで賑わっていたからだろう。
「早速会ってもらうけど、大丈夫?」
「ああ」
◇◆◇◆◇◆◇
侍女に連れられて、ユユリラとニエと俺で領主の屋敷の廊下を歩く。
金持ちが住んでいる屋敷のものとは思い難い質素な廊下だ。
無駄な装飾はなく使われている木材は少し古びていて質素なように見える。だが古びてはいるが歪みなどはなく、元々が質の良い木を使っていたのであろうことが分かる。
「……いい家だな」
「おっきくて立派なお家ですね」
侍女らしき人に応接間へと通され、フカフカのソファに座り茶を飲む。
少し苦味があるが鼻に抜ける香りが悪くない。色合いや香りからして紅茶に似た発酵茶だろう。
ニエは慣れない匂いを少し苦手そうにしている。
「……カバネくん、余裕だね」
「ん? あぁ、そりゃそうだろ。ユユリラが領主のところに連れてきたかったのは、龍を殺した人物を放っておいたら何が起こるか分からなくて危ないからだろ?」
「危ないってわけでもないけど……」
「暴れるって話じゃなくてな、単に別の国に仕えられたりしたら困るってことだ。最低でも動向を知っていればどうにでもなるが、知らなければいつ何があるか分からない。一番の恐怖は未知ってことだ」
ユユリラは知り合いらしいがそれでも少し緊張が見て取れる。
「まぁ、何にせよ。俺がここにきた時点で領主の目的は半ば達成しているわけだからな。あとは適当に顔を合わせてベラベラ喋ったら終わりってことだ」
「……そうは言っても」
ユユリラが何か言おうとしたところで、ズンと扉の奥から足音が聞こえた。ユユリラがバッと立ち上がったところで、扉が開き、それを屈んで潜るようにして大男が入ってくる。
予想外の巨漢に驚いていると、男は強面を緩ませるようにしてユユリラを見る。
「おー、お疲れー。話は聞いてるよ」
「は、はい。遅くなりました」
「いや、いいって、大変だったでしょ。怪我がなくてよかった」
男は気さくそうに笑う。ユユリラの言っていた前情報の通り、悪い人物ではなさそうだ。
一応は王女であるミルナと普通に話しているせいで領主というものの偉さが分かりにくい。ユユリラが俺の腕を引いて立ち上がらせ、俺はユユリラに続いて会釈をする。
「あー、お初にお目にかかります。龍殺しの岩主カバネです」
「あ、どうもどうも、遠くから来てもらって悪いね。もっとゴッツイ人間を想像していたんだけど、思ったよりも小さいね」
領主は「これぐらいかなー、と思っていた」と手を上に伸ばして予想の身長を示すが、これはもしかして大男なりのギャグなのだろうか。お前よりでかいやつはそうはいないよ、的なツッコミを待っているのか。
一瞬戸惑っていると、領主は気にした様子もなく向かいの椅子に座る。
「えーっと、まぁ確認だとかそう言うのはもう部下から聞いているから省くし、面倒な言い回しとかも通じないだろうから飛ばして……。まずはお礼かな、私の領地を脅かす龍を倒してくれてありがとう。本当にどうしようもない状況だったからね」
「……そうですか」
あくまでもニエのための行動だったので、こうやって礼を言われるのはどうにも嬉しくない。
「それでなんだが、君に私の領地における叙勲をしたいんだが……」
領主の言葉に眉を上げて驚く。思っていたのよりも幾分も過剰な反応だ。
龍を殺したからといって、こんなどこの馬の骨かも分からないような男にそんなことをするのか。
何の目的だ? まさか本当に感謝というわけではないだろう。
「……ありがたいことですが、俺はたまたま龍を殺せただけで、特別に強いというわけではありませんよ」
「功績を讃えるものなのだから、強いかどうかは気にしなくてもいいよ。……と、でも言おうかと思ったけれど、そうだね、こちらが迂遠な表現をしていては進まないか」
領主は俺に視線を向ける。
「私はね、君が怖い。だが、だからといってこの領地の損益を無視するわけにもいかない」
「……つまり、仲良くやりたいってことですか? まぁ、流れ者なので渡りに船ですよ、それはね」
視線が一瞬だけ会う。
「どうやら君とは仲良くなれそうだ」
「そうですね。細かい話はおいおい詰めていくとして、気がいい人で安心しましたよ」
言葉遣いもこちらに合わせてくれているようだし、敵意も感じられない。無条件でこちらの意見を通してくれることはなさそうだが、それでも嘗めたことをして利用したり利益を掠め取ろうというつもりはなさそうだ。
いい人かは分からないが、話は通じる。
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