その偽りを愛と呼ぼう⑥
「……それで、どんな区分なんだ」
シロマは「童女にしか見えないから問題ない」と言っていたが、シロマ自身は少し気にしているのか、俺の視線を隠すように薄手の白い布を胸の前に抑えながら答える。
「それはだね。元々は強さに応じて上級、中級、低級に分けていたんだけど」
「……そりゃあ雑だな」
「うむ。まぁ傭兵や冒険者からすれば便利な区分けではあるし、継続して使っていいとは思うけど……」
「学者連中までそういう区分を使っている、と」
そういうことか。
シロマの身体は顔の幼さの通りに細身で小さい。けれどそれ以上に小さいタオルのような布では身体を隠し切れておらず、辛うじて胸の先や恥部を隠せている程度だ。
シロマは赤らめた顔を頷かせる。
「うむ、その通りだ。実質的にほとんど研究が進んでいないと言って過言ではない」
「何でまた……調べるのが危険だからか?」
「無論、それはあるだろうが……実利がないと思われていたから、というのは大きい。元来、魔物と相対するのは学のない傭兵か冒険者で、学びの場を経由することなく戦うことになるからな」
「つまり、俺が策を練って強大な龍を倒したことで価値が高まる可能性があるということか」
シロマはほんの少し恥ずかしそうな表情をしてから俺に背を向けて、身体を洗っていく。
白い背中から目を逸らし、少女が身体を洗う音を気にしながら湯船の中で脚を組み直す。
「まぁ、それ自体は喜ばしいことだけど、下手な学者が分類を組み直してそれを元に色々と研究され出したら後々また分類を作り直す必要が出て面倒だろう。だったら僕達が作るのが効率的だ」
「…….まぁ分からなくはないが」
風呂場に男女二人でする話だろうか。
それによく考えたら、シロマが脱ぐ必要はあったのだろうか。俺が風呂に入っている間に会話をするためなら、別にシロマは服を着ていても問題はないのではないだろうか。
疲れた頭でそう考えながら、何も話さない時間が出来たら裸のシロマに意識が集中してしまうため、会話を途切れさせないように続きを促す。
「それで、どんな区切りなんだ?」
「生態にどれだけ魔法が関連してるかによる分類を考えているよ。魔力がない、魔力はあるけど魔法は使わない、魔法を使う、魔法を使わないと生きていけない、みたいな」
「……それなら魔法を使うと、魔法を使わないと生きていけないの間に、魔法を使うことを前提とした器官があるを付け足した方がいいな。龍の翼のような」
「あー、なるほど、いいね」
身体を洗う音が止まり、シロマの方に目を向けると、シロマは反射的にバッと胸を腕で抑えて隠す。
「そ、そのだな。あまり見られると……多少気にならなくはないというか……」
「悪い」
「い、いや、責めているわけではない。押しかけたのは僕だしね。ただ、カバネはこんな身体は気にならないだろうが、僕は見られるのは多少は気になるというか……なんというか」
シロマは身体を布で隠しながらお湯に浸かる。
胸などを隠していた布がお湯の揺れに合わせてふわりと動き、湯の中で少し捲れる。
「──ッ。……そ、そ、それでだね、その、話の続き何だが」
顔を真っ赤にして、尖ったしろい耳も赤くしながら、シロマは両手でタオルを押さえつける。
そんな一連の姿を見たせいで、諸事情がより一層に解決の難しい状況になってしまっていた。
これ、落ち着かせるのは無理だ。
お湯が熱いからというわけではないだろう。二人でかおを真っ赤にする。
不意にシロマと目が合い、顔色から俺の興奮がバレてしまったことを悟る。
元々、シロマは自分の裸に俺が興味を持っていないから大丈夫という算段を付けてやってきていた訳である。
その算段が外れたことを知ったシロマは、全力で俺の欲情に気が付いていないフリをした。
「ええっと、あれ、あれだね。その分類と、カバネのいた世界の生物の分類を組み合わせるのが一番後世でも使いやすいかと思ってね」
「……あ、ああ。でもな、あれだろ、あれだ。そもそもの話として生物の仕組みが本当に俺の世界と一致しているのかは不明だ。おおよそは同じだと思うが……」
二人とも言葉が上手く出てこない。これ、非常に効率が悪いのではないかと思うが、今更抜け出すことも出来ずにシロマの欺瞞に付き合う。
「あ、魔力以外に違いがあるの?」
「ああ、エルフの寿命ってどれぐらいなんだ?」
「おおよそ人間の20倍ぐらいかな」
「1000歳ぐらいか? ……俺の世界の常識ではある程度生態が近ければ寿命も近くなるという理屈があってな。代謝の激しい哺乳類の生き物がそんなに長生きするのは妙だ。別の何かがあるのかもしれないから、分類をそのまま流用出来るかは分からない」
シロマはお湯の中でスリスリとうちふとももを擦り合わせながら、赤くした顔をこちらに向ける。
「哺乳類……? あ、エルフはそうじゃないってことなのかな」
「えっ、エルフは母乳が出ないのか? どうなんだ、出るのか?」
「で、出ないよ」
「嘘だろ、マジか」
「赤ちゃんもいないのに出るわけないだろっ!」
「いや、そうじゃなくてだな。赤子を育てるのは母乳なんだよな」
「あ、ぼ、僕の話かと……。うん、そうだよ」
驚いた。人間の見た目に近いだけで全然別の生き物なのかと思った。
ペンギンにそっくりなオオウミガラスという生き物もいるが、全然近縁種ではない関係のない生き物だしな。そういうことも十分にあり得た。
人間との差異がないかを目の前のシロマを見て観察していく。
指の数や関節の付き方、細かいところまで見ていくが人間との差異は耳と髪色ぐらいしか見当たらない。
布で隠している胸の先も布が水に濡れたことで薄く奥の桃色が見えているような気もする。
少し俺とは違うが、それは生物の違いではなく性差だろう。
「そ、それで……」
「……近縁種だとしたら、俺の世界の理屈とは違う何かが働いている可能性がある」
「近縁種かの見分け方はあるのか? パッと見、そっくりに見えるけど」
「見た目が似ているだけの生き物ってのは結構珍しくない。収束進化というんだが。見分け方か、一番手っ取り早く分けるのは間に子供が出来るかどうかだな」
生物的に遠ければ見た目が似ていても子供が出来ない。
シロマは顔を真っ赤にしたまま「こ、ここ、子供って……」と言いながら、目を合わせることが限界になったように視線を下に向ける。
シロマは固まる。散々シロマの裸を見たせいでもう対応方法がなくなっている俺の諸事情を見たのだ。
「エルフと人間の間に……。こ、子供、子供……子供は出来る……。むきゅう」
そう言って、シロマは目を回してお湯に沈む。
「お、おい、大丈夫か!? ……って湯辺りか」
シロマをお湯から上げて、仕方なくその身体を持ち上げて脱衣所の方に向かう。
裸の気絶した少女を裸の男が運ぶというトンデモない状況だが、周りに人がいないから仕方ない。
シロマを床に寝かせて、あまり見ないようにしてから布を上にかける。
ええっとこれから身体が冷えすぎないように拭いて服を着せて、それからゆっくり身体を冷やしてやる。……俺が?
いや、あまり人は呼べない状況だし、放っておくわけにもいかない。
見ないようにしながら、別の布でシロマの身体に触れる。ふにっとした柔らかい感触に手の動きが止まる。
「これは医療行為。これは医療行為」
自分に言い聞かせながらお湯を拭き取っていく。
◇◆◇◆◇◆◇
「えへへ、じゃあ少し早いですけど、おやすみです」
寝れるか。寝れてたまるか。女性の裸を見たのは二度目だが、まじまじと長時間見たのは初めてのことだ。
いや、どちらかというと命の危険がない状況で見たのが、か。
あれから何とか服を着せて、軽く風を仰いでやってから、彼女の部屋のベッドに運び、メイドに後を任せたが……。
寝れない。めちゃくちゃ眠いのに、眠れる気がしない。これが生物の本能である性欲か……。
物凄く罪悪感を覚える。いや、浮気じゃない、浮気じゃない。一応は学術的な話をしていた。
……武闘大会優勝して、ニエに良いものを買ってやろう。新しい生贄用の服とか。別に浮気をした罪滅ぼしというわけではないが。
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