誰かの祈りに応えるものよ⑫

 早速食べたニエの料理が美味い。以前の調味料のない素材以外の味を感じにくい料理ではなく、ちゃんと塩気のある料理だ。

 調味料を使っていなくてもそこそこ食べられたニエの料理に調味料が追加されたのだ。不味いはずはない。


 虎に翼、鬼に金棒、ニエに調味料である。


「ニエ、ユユリラと領主に会いに行くのに二人も同行することになったけど大丈夫だよな?」

「えっ、あ、はい。もちろんです」

「悪いな。色々と負担をかけている」

「そんなことないですよ」


 料理を食べ終える。魔道具とやらのおかげで痛みはマシになっているが、まだ歩くのも辛いぐらいだ。

 昨日の間にユユリラが来ていないかを酒場に聞きに行きたいところだが、この調子では難しいし、ニエに行かせるのも危ないのであり得ない。


 こんな可愛い女の子が歩いていたら老若男女問わずに拐ってしまいたくなるだろう。


 となると……傭兵とミルナに目を向ける。


「悪いんだが、知人と昨日会った酒場で待ち合わせをしていてな。ユユリラという女冒険者なんだが、来ていないかを確かめてきてもらっていいか?」

「ん、ああ、別にいいぞ」


 二人は頷いて外に出て行く。

 ニエの方に目を向けると、心配そうに俺の身体を撫でていた。


「……その、英雄って人と戦ったんですか?」

「戦ったというか……まぁ、そうだな」

「……無理はしないでくださいね」

「ああ、分かった」


 龍に加えて英雄とも戦わないことに決める。まぁ、今回も戦うつもりはなかったが。

 それにしても……強かったな。真っ向勝負では人間では勝ち目がないと思っていた怪鳥を一瞬で両断した。


 あんな華奢な身体で……。そう思ったところで少女の裸を思い出す。

 あの場では比喩ではなく命の危機に瀕していたので何も考えていなかったが、女性の裸である。


 思い返せば人生で女性の裸を見たのは初めてだ。意識しないようにと思ってもどうしても思い浮かんでしまい、顔を手でバチンと叩く。


「どうしたんですか?」

「……いや、なんでもない」


 ニエは不思議そうに首をこてりと傾げ、俺の首に付いているネックレスに目を向ける。


「……カバネさん、随分とミルナさんと仲良くなったんですね」

「ん? ……そうか?」

「そんな物までもらって……」


 ニエの表情はいつもと変わらず穏やかなものだったが、目は笑っていない。

 俺の手を微かに引いて、俺に見えるように手のひらを俺に向ける。


「それ、ください。すぐ返すので」

「いや、一応もらいものだしな」

「……ください」

「……あー、あまりそういうのは良くないぞ」

「カバネさん」


 ……あまりワガママは言わない性格だと思っていたが、どうしたのだろうか。

 首から外してニエに渡すと彼女は嬉しそうに笑みを浮かべて、そのまま俺に渡す。


「それ、あげます」

「……? ああ」


 本当にすぐに返したな。受け取ってから眺める様子もなく、本当に何もすることなく俺に渡した。

 ニエの奇行に首を傾げつつネックレスを付け直す。


「えへへ」


 珍しく子供のワガママらしいことをしたかと思ったが、ネックレスが欲しかったわけではないのか。

 生贄アピールをしてきたりもするし、変なところがあるな。


 ……そう言えば、ミルナは王家の血を引いているから召喚出来るかもしれないと思っていたらしい。魔法の素養は遺伝するから、そう思ったのだろう。


 だとするとニエは……。


 生贄の儀式のための白い上着を羽織って、髪を結っている少女を見る。


「……まさか、な」


 俺の言葉にニエは首を傾げる。

 まさか、だ。可能性は否定出来ないが、おそらく違うだろう。お姫様のように可憐ではあるが、現実のお姫様であるミルナよりもニエの方が可愛いので可愛さと高貴な出自には比例関係がないのだろう。


「どうしたんですか?」

「いや、大したことじゃない。あまり人の物を欲しがったりするなよ?」

「あ、はい。もちろんです」


 ベッドに寝転び直すと、ニエも俺の寝ているベッドの上に倒れる。

 おさなげな顔が「えへへ」と笑い、小さな手が俺の腰に回ってくる。


 抱きしめ返そうとして手が止まる。……よく考えたら、全身汗と土で汚れていた。


「あ、あの、どうしたんですか?」

「いや……汗臭いかと思ってな。悪い、少し身体を拭いて着替えてからに……」


 起き上がろうとした俺を、ニエはギュッと力を入れて邪魔をして、顔を俺の腹にむぎゅうと埋める。


「好きな匂いです。必要ないです」

「まぁ……それなら……」


 自分の心臓の音がうるさい。本当に臭くないのだろうか。抱きしめ返すような勇気が出ずにいると、すーすーと寝息が胸の中から聞こえてきた。


 まぁ……寝ずに待っていたらしいから横になって眠ってしまったのだろう。

 無理をさせた。さっきの奇行も疲れてしまっていてよく分からないことをしたのかもしれない。


 俺も寝ようと思ったが……寝れない。好きな女の子と引っ付いていて寝られるほど達観してはいない。

 起こさないようにゆっくりと離れて、ベッドから降りる。


 布団を掛けようかと思ったが、その前にニエのお気に入りの白い生贄の服はシワにならないように脱がしておいた方がいいだろう。中は普通に村人も着ていた服を着ているし、脱がしても問題はないはずだ。


 寝ているニエの顔を見つめて一瞬だけ見惚れる。いつものアワアワと慌てる表情や弱々しい顔や穏やかな表情もいいが、こうやって表情のない寝顔を見ると、顔立ちが整っていることがよく分かる。


 白いデコにかかっている前髪を退かせてみる。やはり可愛らしい。

 無駄にしつこく早く音を鳴らす心臓を無視して、ニエの服を脱がそうとする。

 ニエの服に触れて、その構造が分からないことに気がつく。


 これどうなっているんだ? 腰の辺りに付いた紐が腰をぐるりと一周して結んであるようだが、その結び方がよく分からない。

 結び方にも装飾性のようなものがあるらしく、非常に複雑に結ばれている。目を凝らしながら端からゆっくりと解いていく。


 何か妙なことをしている気がしてきたが、別に悪いことをしているわけではない。

 結構解けてきたと思い一息を吐いて視線をあげると、顔を真っ赤にしているニエと目が合う。


「い、いや、違うからな。妙なことをしようとしていたのではなく……」


 俺が言い訳をしていると扉が空いて、バタバタと三人入ってくる。


「カバネくん、お久しぶりッスよー。って……あ、失礼したッス」

「ユユリラ!? いや、違うからな。これは、ニエを襲っていたわけではなく……」

「い、いえ、分かってるッスよ。合意の上なんスよね?」

「そうじゃなくてな、着たまま寝ていたら服がシワになるから……!」


 久しぶりに会ったというのに、タイミングが悪すぎだった。

 俺が必死に言い訳をしていると一緒に入ってきていたミルナがジトリとした目を俺に向ける。


「起きてるじゃない」

「いや、起きてるが、さっきまで起きてはなかったんだ」

「……まぁ、別にカバネが何をしてようと私には関係ないけど」


 マジでそういうのではなかったんだよ。と言おうとしていると、ニエが紐を触る。


「えっと……ここを引っ張ったら簡単に解けるんです」

「……覚えておく」


 ニエは身体を起こして手際良く紐を結び直していく。まだまだ眠たそうにしているが、こんなに人に囲まれていたら寝られないか。


 ユユリラは俺とニエが痴情に及ぼうとしていたと勘違いしているのか、顔を赤くしたまま口を開く。


「えっと、まず報告するけど、ちゃんと人は雇えたし、馬車も用意出来たから後は移動するだけで大丈夫だよ」

「こっちは……まぁ色々あって連れが出来た。連れて行けるか?」

「まぁ……乗れる事は乗れるだろうけど……。何があったの?」


 王族がどうやらを説明するわけにもいかないだろうし……少し考えてから話す。


「酒場で仲良くなった」

「…………あ、うん」


 ユユリラは呆れたような顔を俺に向けた。

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