誰かの祈りに応えるものよ⑪

 裸を晒したまま大太刀を握る少女は、ポツリと小さく呟く。


「……防いだ? 儂の初撃を。それに……臭うな、ひどく臭う」


 羞恥心もなさそうに、すんすんと鼻を鳴らして俺の方に顔を近づける。


「強い者の臭いだ。不思議だ、魔の気配は薄く、立つ姿は素人のソレ。けれども強者の匂いは濃く、儂の初撃を捉えた」

「……そりゃ、どうも」


 なんとか絞り出した俺の声に、少女は言う。


「強いのと弱いの。どちらが本当のお主だ?」

「……弱い方だな」

「ふむ……まぁ試してみるか」


 少女の身体が動こうとしたことに気がついた瞬間、少女の大太刀が腹に当たり、俺の身体が吹き飛んでいた。


 何一つ抵抗することも出来ずに地面を転がり、意識が遠のいて行く。

 倒れ伏しながら視線だけを傭兵達に向けて、小さく見える二人に安心したとき、目の前の地面ににストンと刃が落ちる。


「……意識を断ったと思ったんだがな。仲間の無事を見届けるまでは起きていたか。やはり、強いのか弱いのか分からない」


 薄れゆく意識の中、そんな言葉が聞こえたような気がした。


 ◇◆◇◆◇◆◇


 目が覚めて、無理に身体を起こすと身体の上に乗っていたらしい小鳥が一斉に飛んでいく。

 気絶している間に朝方になっていたらしい。……殺していかなかったのか。


 あれからどうなったのかは定かではないが……「世界一強い」全裸の少女はアイツらに着いていったのだろうか。

 俺は別にニエの命令に従わなければならないなんてことはないので、召喚された英雄であろうと召喚主に従うとは限らないだろう。


 俺が生きていることを思うと、全裸の少女が放っておいてくれたのだと思われる。全裸の少女がアイツらを無視して何処かに行った場合、追うよりも先に俺を殺しておくだろうから、召喚した奴らを説得もしくは命令をしてくれたのかもしれない。


 まぁ……俺を倒したのも少女なので、感謝をする気にはなれないが。


 フラフラを身体を立ち上がらせると短刀が近くに置いてあることに気がつく。

 それを拾い上げて、街の方に歩を進める。龍との戦いの傷もほとんど治っていないうちから無理をしすぎた。


 ……街に辿り着くのもキツそうだ。

 死に体を引きずって街に辿り着き、傭兵達の泊まっている宿に向かうと、宿の前で待っていたらしいニエが俺の姿を見つけて駆け寄ってくる。


「カバネさんっ!! 大丈夫ですか!?」

「……あー、生きてはいる」


 ニエの顔を見ると安心して膝がガクリと落ちそうになる。


「悪い。肩を貸してくれ」

「は、はいっ!」


 ニエに寄りかかるようにしながら歩き、宿の部屋に入ると、沈みきった様子の二人が見える。

 目があった瞬間にミルナが飛び跳ねるように立ち上がって俺に抱きつく。


「カバネっ! いきっ……生きてたのね!!」

「……後で行くと言っただろ。……かなりきついから寝かせてくれ」

「ちょっとだけ待って、これ、あるから!」


 ミルナが懐から取り出したのは装飾の少ない地味なネックレスだ。それがどうしたのだろうと思ったら、ミルナは抱きついた姿勢のまま腕を俺の首の後ろに回してネックレスを付ける。


「……なんだコレ」

「傷の治りが早くなるの」


 ベッドに転がるように倒れ込む。泣きそうな顔のニエを手で招き寄せて、ギュッと抱きしめる。


「悪いな、少し遅くなった。心配をかけた」

「……いえ、帰ってくると、分かっていました」


 死にかけていて、敵の温情で生き延びたという事実が罪悪感を覚えさせる。

 感触の悪いネックレスを外そうとすると、ミルナに手を握られて止まられた。


「それ、いい物だから付けてて、お願い」

「……傷の治りが早くなるって……磁気ネックレスみたいなものか」


 エセ科学って異世界にもあるものなのだと思いながら、グッタリと身体を弛緩させた。

 ニエが心配そうに俺を覗き込んできたので捕まえる。モゾモゾとニエを腕に抱いたままミルナの方に目を向ける。


「石像の……いや、英雄の確保は無理だった。悪いな」

「ううん。ごめんなさい……その、巻き込んだうえに……置いて逃げて」

「構わない。というか、俺が逃げろと言っただろ」


 完全に格好つけたがるという俺の悪癖が出た結果であり、責任を負うべきなのは俺だろう。

 申し訳なさそうに俯くミルナを見て頰を掻く。


 そういう表情は苦手だ。良かれと思ってやったことが相手の心を傷つけたようで、ほんの少し気分が沈む。


 もっと上手いやり方があったのではないかと考えていると、腕の中でモゾモゾと動いていたニエが腕から抜け出す。


「えっと、ご飯冷めちゃったので作り直しますね。あっ……いえ、お金もあることですし、隣のお店で何かを買ってきた方が早いのでしょうか」

「……俺はニエの料理が食べたい」

「えっ……あ、は、はい! 頑張って作ります」


 また死にかけたのだからこれぐらいのワガママはいいだろう。いい部屋だからか、あるいはこの世界の宿はこういうものなのか、宿の部屋の中にある調理場の方へとニエが向かっていく。


「傭兵も気にするなよ。そんな顔を俯かせて……」


 傭兵は椅子に座ったまま、俺が部屋に入ってから一度もこちらを見ていない。おそらくは見捨てた罪悪感から目を合わせられないのだろうと思っていると、カクン、と傭兵の頭が動き「んごっ」と間抜けな声が出る。


「……傭兵?」

「ん? おお、カバネ、随分と遅くなったんだな」

「……寝て……いたのか?」

「いや、寝てない寝てない。心配で寝ることも出来なかった」


 そうだよな。「俺を置いて逃げろ!」をやられた後に安全なところで寝るような奴いないよな。

 傭兵は眠そうに欠伸をして、ボリボリと頭を掻く。


「アレは化け物だったな。一応俺もかなり強い方ではあるんだが……格が違うな。よく生き残れたな」

「……まぁ、それほど敵対心があったわけではなさそうだったからな」


 何かいたからとりあえず峰打ちで攻撃してみた程度のものだったというだけの話だ。


「……まぁお嬢は残念だったな。一度王都に戻ってまた別の石像のあるところにいくか」

「ああ……あるのか、他にも」

「他国だけどな。お前には世話になったな。後少し滞在したら、お嬢を連れて戻ることにする」

「それならよかった。なぁ……素朴な疑問なんだが……帰るための旅費はあるのか?」


 傭兵の動きが止まり、ぎこちない動きでミルナの方を向く。ミルナはゆっくりと首を横に振る。


「どうしよ」

「……こうなることは考えていなかったな」


 俺は深くため息を吐く。そこまでしてやる義理があるわけではないが、知り合った手前見捨てるのは忍びない。

 あたふたとしているミルナと、ヘラヘラ笑っている傭兵に言う。


「俺に金のアテがある。どうしようもないなら一緒にくるか?」

「本当か。助かる。やっぱり持つべきものは友だな」

「……お前とは友達になりたくないな」

「そんなこと言うなよ親友。一緒に鳥と戦った仲だろ?」

「いや、真面目にな」


 傭兵はショボンと落ち込む。

 結構疲れていた筈だが、ベッドの質がいいからか少し楽になってくる。

 なんとなく手を見ると、龍との戦いの際に出来ていた裂傷が塞がっていることに気がつく。


「……治っている?」

「あ、うん。そういう魔道具だから、その首飾り。【聖者の休暇日】って名前のものなんだけど」


 ……これ、エセ科学的なものじゃなくて、マジ魔術的なものだったのか。ネックレスに触れていると、ミルナは説明を続ける。


「装備者の魔力を使って回復力を高めてくれるもので、普通の人だったら気休めぐらいなんだけど……カバネは普通の人より魔力が多いのかな? でも、魔法使いじゃないんだよね」

「まぁ魔法ってもの自体最近知ったぐらいだしな。それにしても便利だな、これ」


 この具合だったら、傷も二日ほど付けていたらかなり治りそうだ。

 ミルナはベッドの上に座り直した俺の方に顔を寄せて、赤らんだ顔でジッと見てくる。


「あ、あの……それ、あげるから」

「いや、別にいらないぞ。結局は石像も回収出来なかったしな」

「で、でも、鳥の魔物からは守ってくれたし……」

「それは傭兵もだろ。あとニエも」

「……そ、そうじゃなくてっ! 受け取ってっ!」


 ミルナはグッと俺の方に寄って、吐息が首にかかるほど近くからそう言う。俺が思わずコクリと頷くと、ミルナはホッとしたように表情を崩す。


「お嬢、よかったのか? あれ、結構な値打ち物だろ」

「いいの。あげたかったの」


 物を手に入れるために手伝ったわけでも、手を差し伸べたわけでもないが……。まぁ、感謝の気持ちと言うなら、受け取らないのも無礼か。


「ありがとう。受け取っておく」


 俺がそう言うと、ミルナは金髪のツインテールをブンブンと動かして真っ赤な顔を逸らす。


「べ、べつにっ!」


 妙な奴だと思っていると、料理を作り終えたらしいニエが盆を持ってやってきていた。

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