誰かの祈りに応えるものよ⑬

 少しゆっくりと休んでから、ユユリラに連れられて馬車のところに案内される。二人も追加で乗ることを考慮していなかったからか、全員が乗り込むと少し手狭そうに見える。


「何日ぐらいで着くんだ?」

「順調にいったら三日ぐらいかな」

「そこそこかかるな」


 乗り心地は悪そうだし、少ししんどそうだと思ったが、歩くのよりかはよほどマシだ。いや、むしろこの世界に来てから一番楽な状況ではないだろうか。


 御者に声をかけた後ゾロゾロと乗り込み、傭兵だけ馬車に乗っていなかったので不思議に思って声をかける。


「傭兵、どうした?」

「ああ、昨日の奴らがいるかもしれないから、一人は外に出て不審な人物がいないかは見ておいた方がいいだろ」

「それもそうか。悪いな」

「怪我治ったら代われよ」


 そんなやりとりをしているうちに馬車が出発し、ゆっくりと街中を歩いていく。

 ガタガタと揺れる振動に眉間を顰めてしまう。


「カバネさん、私、馬車って初めて乗りました。こんなに大きな物を動かせるって、お馬さんってすごいんですね!」

「……ん、ああ。眠かったら横になるか? いや、その前に布ぐらい下に敷くか」


 ゴソゴソと荷物を漁り、布団代わりの布をニエの下に敷く。ニエは俺の膝の上に頭を乗せて「えへへ」といたずらげに笑みを浮かべ、生贄の服の紐を俺の手に握らせる。


 先程聞いたように紐をほどき、一枚だけ脱がせてそれを畳み、ニエに布を被せる。

 すぐに寝息を立て始めたニエの頭を撫でていると、ミルナが不思議そうに尋ねてきた。


「カバネとニエってどんな関係なの? 生贄って言っていたけど」


 ミルナの問いに撫でていた手が一瞬だけ止まる。俺としては恋人や夫婦と言いたいところだが……あまりハッキリしていない関係のままそんなことを言っていたら、ニエに「勘違い男」と思われやしないだろうか。

 少し考えてから言う。


「まぁ、ニエが言う通りだ」


 俺がヘタれていると、ミルナはブツブツと「生贄……ん、よく分からないけど、兄妹みたいな? だったら大丈夫……」と言って考え事を始めた。


 今思うとこの馬車、今のところ俺以外若い女性ばかりだ。何かを話そうかと思ったが意識すると上手く話せない。

 どうにも日本での経験不足が足を引っ張っている。


 女子と話したのなんて小学校低学年のときぶりぐらいだったのでかなり久しぶりだ。ニエに惚れていなければ緊張でどもってしまうところだろう。


「そういや、龍って幾らぐらいになるんだ?」

「……昔は鱗一枚で金貨一枚なんて言われていたッスけど、めちゃくちゃ数が多いッスから値下がりはするッスから……まぁ分かんないッスね」

「そもそも金貨の価値が分からない」


 まぁ、この異世界も地球と似たような構造をしているのだから金の埋蔵量もある程度似通っているのが道理だ。安いということはないだろう。


 そこから税やら人件費やら中抜きやらと取られてもニエと俺が生活する分ぐらいはもらえそうだ。

 俺とユユリラの会話を聞いて、ミルナが首を傾げる。


「龍?」

「大した話じゃない。……俺も寝るか」


 血が足りなくて全身がだるい。起きていても馬車の揺れで酔いそうだし、寝るのがいいだろう。

 ぐったりとした身体から力を抜いて目を閉じる。


 ◇◆◇◆◇◆◇


 頭を撫でられる感触で目が覚める。いつの間にか横になっていたらしく、頭の下に敷かれた枕のような物に手を触れると「んぅっ」とこそばゆさを我慢するような少女の声が聞こえる。

 細いが柔らかく暖かい。それに少女の甘い良い匂いがして、とても心地よい。


 徐々に頭が冴えてきて、頭の下にあるものがニエのふとももであることに気がつく。


「……起きたんですか?」


 一瞬返事をしようとして、声を飲み込む。……これ、寝ているフリをしたらそのまま膝枕を楽しめるのではなかろうか。

 そんな下心から目を閉じようとしたとき、ミルナと目が合う。


「……ああ、起きた。悪いな、上に乗ってしまったらしい」

「い、いえ、私はカバネさんの生贄ですから」


 ミルナはジトリとした目で俺を見ている。……バレたか?いや、バレようがないよな。

 ミルナが俺を見ながら小声で「変態」と呟く。


「変態?」

「あっ、ニエ、脚は痛くないか? 重かっただろ?」

「大丈夫ですよ。ちょっと痺れてますけど」

「悪いな」

「いえいえです。怪我はどうですか?」

「結構マシになっているような気がする。このネックレスすごいな」


 ニエが俺に微笑み、ミルナは俺とニエをジッと見つめる。


「どうかしたのか?」

「……仲良いなって思って。二人は長い付き合いなの?」

「えっ、いえ……えっと……20日ぐらいです。正確には22日前に出会いました」

「えっ、めちゃくちゃ最近……」


 言われてみれば確かに出会ってすぐだ。会って数日の女の子を好きになって言い寄るのって、もしかして俺って惚れやすいのだろうか。


「まぁ、時間なんて大した問題でもないだろ……そろそろ普通に歩けそうだから傭兵と代わってくる」

「あ、私も行きます」

「大丈夫か?」

「んぅ、大丈夫か心配なので。それに、一緒に歩きたいです」


 まぁ、しんどくなったら馬車に戻れば良いだけなのだから大丈夫か。

 ニエを抱き上げてから馬車から飛び降りる。


「傭兵、見張り代わるから中に入れ」

「おーう。無理すんなよ」


 交代して歩く。怪我は魔道具とやらのおかげでかなりマシになっている。

 ニエの匂いが自分に移っていることに気がつき、気恥ずかしい感じがしてニエの方を見ずにいると、小さな手が俺の服を摘む。


「どうかしたか?」

「いえ、別に……です」


 その手を上から握ると、ニエは服から手を離して俺の手を握り返す。


「……何があったんですか?」

「あー、石像から英雄が召喚されて、その英雄に負けたってだけだ」

「無理はしないでくださいね」


 ニエはそう言ったあと、ジッと俺を見つめる。


「……カバネさんは、元いたところに戻りたいんですか? ……い、いえ、すみません。戻りたいですよね」

「……まぁ、そりゃあな」


 この世界は不便で危ない。このネックレスのように一部便利なものもあるが、それでもやはり住みにくい。

 ニエは俺の手をギュッと握る。


「あの……帰れるようにします」


 真っ直ぐに俺を見つめ、パチリパチリと瞬きをする。


「きっと帰れるように、頑張りますから」


 ニエは真っ直ぐに俺を見る。召喚した責任など負う必要はないというのに、ニエはそう言い切った。


「……無理はしなくていい。ニエのせいとは思っていないしな」

「私のせいでも、せいじゃなくても……。帰れるようにします」

「別に気にしなくていい。ニエも一緒に連れて行けそうならいいが……そうじゃないなら、方法があっても帰らないだろうしな」

「……なんでですか? その、お父さんやお母さんが待っているかもですし……。大切な人も」


 元の世界のことを思い出す。

 好きなゲームやお気に入りの漫画の続きが気になる。安いファストフード店のハンバーガーの味が恋しい。

 意味もなくつるんだいた友人の顔を思い出し……小さく首を横に振る。


「家族はいない。友人はいたが、卒業したらそれっきり会うことはなくなるだろう仲だったしな」

「……あ、あの」

「でもな、だから帰らないって意味じゃないぞ。大切な人がいようと、家族や友人がたくさんいようと、一人で帰ろうという気にはならなかっただろうな」

「えっと……」


 ニエの手を握った。


「何よりニエが大切だってことだ」


 ニエは顔を真っ赤に染めて、顔を俯かせる。


「そ、そうですか」

「ああ、だから無理にとは言わないからな。……ぼちぼちだな」


 そのまま手を繋いで歩く。

 ……前にニエは夫婦のようなものと言ってくれたし、プロポーズをしても大丈夫だろうか。

 いや、こんなボロボロの状況ではなくもっとロマンチックな方が成功率が高そうだ。

 俺は鈍感ではないのでニエからの好意にはちゃんと気がつけていて、おそらく両想いなのだと思うが……万が一ということもある。可能性はあげたい。


「あの、どうしました?」

「いや、大したことじゃない」


 顔を赤らめたままこてりと首を傾げたニエを見て少し笑う。可愛い。

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