神龍殺しは少女のために⑥
今のところ獣用の仕掛けが成功したことはないが、魚はそこそこ安定して取れている。ニエがいないのなら俺の旅にはそれほど保存食は必要ないし……無理に獣を狩る必要もないか。
そんな風に考えている時に限って…………大型の獣用の罠に、結構な巨体のシカに似た生き物が掛かっていた。
いや、食い切れないからいらないんだが。保存食にするにしても量が多すぎるし、塩漬も燻製も出来ないから脂漬にしなければ長期の保存は出来ないし、そこまでの脂が取れるはずもない。
まぁ、罠に掛かったらちゃんと狩った方がいいか。村の作物も荒らすだろうしな。近くの石ころを拾いスリングショットにかけて放つ。
結構練習した甲斐もあって動けないシカの頭に当たるが、激しく暴れ出すだけだ。罠はかなり丁寧に作ったので壊れる心配はいらない。
大型の獣を狩るには威力不足だな、この武器は。
鳥なら問題なく狩れるんだがな……。
だが、近くに寄り短刀を突き刺すのは流石に危険だ。一応スリングショットで出血はしているらしいし、続けたら殺せなくは……いや、流石に時間がかかりすぎるか?
少し考えてから、長い棒を探してきて、その先に岩を括り付ける。
動物の殺傷にも慣れてきたが、流石にこの大きさの生き物だと緊張してしまう。簡易的な長斧をシカの頭に振り下ろし、鈍い感触に顔を顰める。ばきりと木の棒が折れたが、シカにもトドメを刺すことが出来たのかぐったりと動かなくなった。
一応警戒してスリングショットで頭を撃ってみても反応がないので、恐る恐る近づいて、短刀を首に突き刺し、グイッと押し込む。
一瞬だけぴくりと動いたが、直ぐに動きが止まる。
短刀を引き抜き、シカから離れて深く息を吐き出す。大した動いていないのに……ドッと疲れた。
……このシカ、どうやってニエのところにまで運ぼうか。明らかに俺よりも大きいし、運べるような大きさじゃない。
解体なんて出来ないし……あまり考えていなかったな。一応村からは近いが……。
仕方ないので腕力にものを言わせて運ぶことに決める。近くから手頃な大きさの枝を集めてきて、シカの身体にくくりつけて簡易的なソリのような形にして、罠に使っていた縄を引いて運ぶ。非常に重いが、一応傾斜のおかげで運ばなくはない重さだ。
村の端に着くと村人が見えたので、運ぶのをやめてその場に置く。
「……ニエと二人で食うには多すぎる。解体とかをしてくれるなら分ける。……と、伝えてくれ」
こういうときに誰に言ったらいいのか分からないので丸投げしてその場で立って待つ。
しばらくすると数人がやってきて、シカを見て少し驚いた様子を見せる。
「おー、これは大物だな。最近は肉を食えてないから助かる。えーっと」
「岩主カバネだ。……分けるが、俺とニエが食う分のあまりだからな」
「いや、村人全員が食っても余るだろ。これは」
可食部は40キロぐらいだろうか、村人は200人程度に見えるので、一人当たり200グラムか。……まぁ他の物と一緒に食うのだから十分か。
「あと、脂は大量に欲しい。俺とニエが食う分と脂。それ以外は好きにしてくれればいい」
「皮もか?」
「ああ、処理するような時間もないしな」
そう言ってから物々交換をした方がいいかとも思ったが……まぁ、元々鳥や魚を取る分には多少余っていたので、これから多く取れたときに交換する感じでいいだろう。
シカは村人達に任せて、シカが掛かっていたせいで見に行くことが出来ていなかった魚の罠の方に向かう。
あまりに小さな魚は食えるところがないのでそのまま逃して、ある程度大きいものだけを持って帰る。
まだ昼だが……今日はこれぐらいにしておくか。脂漬の保存食を作りたいしな。
……いや、でも……ニエと顔を合わせるのは少し気まずいな。
フラれて気を遣われたばかりだ。
家に戻ると、既にニエが料理を作り終えていた。
「あ、カバネさん……えっと……お、おかえりなさい」
「……ああ」
まぁ……フラれたのは仕方ないか。
ニエの作った料理を食べつつ、少し元気になってきた彼女を見る。俺が見ていることに気がついたらしいニエは顔を赤らめて、もじもじと目を逸らす。
「……俺がいなくなってから、どうするつもりなんだ」
「えっ……」
「いや、別にこの村にそのままいるのは構わないが……あの状況だと、餓死するだろ」
俺がそう言うと、ニエは小さく首を横に振る。
「……あの、大丈夫です」
「……大丈夫って、面倒を見てくれる人でもくるのか?」
……もしかして、結婚とかか? ……あり得ない話ではないか、あまり人数の多い村でもないし、幼いうちに結婚相手を決めることは充分に考えられる。
しかし、ニエは首を横に振った。
「えっと……そういうわけじゃないんですけど……本当に、心配はしなくても大丈夫です」
「……まぁ、一応出来る限り保存食は用意してから出るが」
「……いえ、それも、なくて平気です」
遠慮しているのかと思ったらそういう風でもない。
聞き出そうかとも思ったが……結局俺は彼女にとっては他人なのだから……それ以上の何かが出来るわけでもないのに、無理に聞くのは良くないか。
「……やっぱり、一緒に来てくれ」
しつこいと自分でも思う。何を粘着質に執着を見せているんだ。
しかしそれでもニエのことは心配だ。こんなに優しい子が不幸になるのは耐えがたい。
……いや、そんなのはただの言い訳で……本当はただ俺がニエと一緒にいたいと思っているだけかもしれない。何もかも分からない世界だが、ニエと一緒にいると、少しだけ心が安らぐのだ。
小さく首を横に振るニエの姿が、少し悲しそうに見えた。
◇◆◇◆◇◆◇
おそらく俺の脚は焼けている。
直接、龍の火が当たったわけではないが、焼け野原になった森の中を走り回ったせいだ。
全身がボロボロになっているのを感じる。ひたすらに力を振るう『神』とすら言われる生き物との対峙だ。
無傷で済むなんて都合の良い妄想はしていない。
死にかけている? そんなもの、想定内だ。想定よりも、よほど、よほど良い状況だ。
死んで当然の状況、生きているのが不思議な戦い。あと何秒生きているかすら定かではなく、一秒後に死んでいてもおかしくない。
焼け焦げた服が走っているうちに風で千切れて飛んでいく。……ああ、恐ろしい。
昨日まで走り回っていた森の地形が明らかに変形している。季節のおかげもあってか、あるいは魔法の炎という特異なものだからか燃え広がってはいないが、結構な広範囲が焼失しているのが分かった。
森の中へ駆け出すが、龍の炎がその先の森を焼く。逃げ場が失われた。大丈夫だ、まだ策はある。
森に隠れられない状況ならば、広範囲の火炎よりも突進や爪の方が遥かに防ぎやすい。距離を取るのよりむしろすぐ近くにいた方が安全だ。
龍の突進に全力で突っ込み、龍の顎と地面の間を転がって回避する。固い鱗も腹側なら柔らかいだろうと考えて短刀を突き上げるが、金属音が鳴って簡単に弾かれる。
化け物すぎるだろうと思いながら、短刀を口に咥えて脚に張り付く。
ここなら爪も牙も、炎も来ない筈だ。暴れる龍の鱗の隙間に短刀を突き刺して、半ば剥がした鱗に指を掛けてしっかりと掴む。
「ッ……何時間でもへばりついてやるよ」
片手で持った短刀でひたすら鱗を剥がし、出てきた皮に短刀を突き刺す。その間も俺を振り払おうと暴れ回るが、死ぬ気でへばりついて鱗を剥ぐ。
脚に張り付いている以上は龍の攻撃は俺に届かない。このまま少しでも鱗を剥いで鱗を抉り取ってやる。
張り付くまでは危険だったが、張り付いてみればなんとかなりそうに感じた瞬間龍が火炎を森へと吐き出した。
何故、という考えをする間もなく龍が燃えた木々の方に突っ込む。
「ッッ!自分ごと燃やす気かよ!!」
龍が火に突っ込む直前に飛び降りで、焼けた地面をゴロゴロと転がる。
直接当たってさえいないのにあまりの熱に喉が焼ける。立ち上がろうと地面に着いた手が焼けて、焼けた小石が手を焦がしてへばりつく。
龍は、立っていた。自らの火炎に燃やされながらも確かに立っていた。
想定の通り龍は自分が吐いた火によって焼ける。……しかし、それでも、尚……強すぎた。
ノーダメージのはずがない。所々が焼け焦げている。それでもなお……俺の方が遥かに劣勢であると思い知らされる。
龍が……俺を敵と見定めた。
龍が畳んでいた翼を広げる。逃げるのか……違う、これは……!
空から辺り一帯の地面を全て焼き尽くすつもりだ。
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