神様と竜神様(Side:リュー)

 穏やかに魔王談義をする気分的には日曜午後。日当たりの良い異国の公園の、噴水のそばの木陰のベンチ。


 リドルは気ままにこの辺りの植物と戯れ始め、俺は気にせずクロノと話をしている。話している内容が、雑談調の魔王談義だけどな。


 そのとき、急にもの凄い威圧感を感じた。だらけていた背筋に走った緊張に、思わずぴんと身体を伸ばした。

 薄ら寒い不穏な震えを感じる。魔物の放つ、あのギラギラした殺気ではない、もっと明確な、圧倒的な威圧感。


 俺は急いでクロノに告げた。

「クロノ、この話はすぐにやめた方がいい気がする。何かすっげーヤバそう。」

 何でそう思ったのかは自分でもわからないけど、確信的にそう感じていた。


 クロノは俺の様子を見て、すっと目を細めた。透き通った水色の瞳は感情の色を消し、表情は作り物めいた美しい人形のようだ。

 知ってる、これめちゃくちゃ怒ってるやつな。


「僕の神子に干渉するなんて、破滅願望が過ぎるんじゃないかな、竜神。」

 ベンチから立ち上がってクロノが糸を手繰るように指先で引っ張る仕草をすると、その正面には淡い緑の光をまとった腰までの銀髪を一つに束ね、綿の白いシャツに黒緑のスカーフみたいな布ベルト、濃いグレーの少し短めのパンツの美青年がにこやかに柔和な笑みを浮かべていた。

 透き通った透明な青をまとった銀髪、水色の瞳の無表情の美青年姿の神様と堂々と対峙して視線を交わらせる竜神。

 漂う緊迫感に心臓が脈打つ。心の片隅にほんの少し美神爆発しろは過ったけど。


「先に干渉をしたのは貴方のほうでしょう?我々竜族はたとえ唯一神であっても恐れることはないと、貴方はご存知と思っていたのですが。」

 静かな艶のある声で語る、竜神の笑みの形の金の瞳は全く笑っていない。

 怪獣大対戦よりも恐ろしいにこやかな戦いが、今幕を開け………いや、開けてくれるなよ!


「喧嘩、ダメ絶対。」


 それ世界滅亡フラグだろ?

 俺は身体がすくみ上がっていたのも忘れてクロノの額をパチンと叩いた。さすがに初見の竜神の頭は叩けなかったので両成敗できないのは目を瞑っていただこう。



「貴方は…面白い人間のようですね。ちなみに私が爆発しても世界の大半が壊れると思いますよ。」

 竜神が俺の方を向いて綻ぶように柔らかに笑った。あ、爆発しろも喧嘩両成敗気分も聞こえてたやつか、それは失礼。


 竜神はまたふふっと柔らかく笑った。

 その瞬間俺の肩に乗ったままだったらしい威圧感が抜け落ちて、俺ははやったままだった心臓の鼓動に気づいた。うっすらと汗が流れる。なるほど、干渉されてたらしい。

 でも何も言わずと解いてくれたわけだよな。悪い奴でもないのかなこの竜神様。


 呑気な俺に比べ、クロノはまだ険悪な視線を竜神に向けたままだ。ちなみにリドルはというと、掌大に戻ってちゃっかり木の影に隠れている。妖精から見ても怖いらしい。


「僕は世界を壊さずに君だけ爆発させることもできるけどね。」

 不機嫌なクロノが感情のない澄んだ音で吐き捨てる。だから、喧嘩すんなって。


「クロノ、向こうは本気で何かするつもりなんてなかったんだろ?俺は今どうもしてないし。喧嘩しない。」

 俺が止めるとクロノは眉間に激しく皺を寄せてこちらを振り返った。今日は大人の姿なのに、その顔はいつも通り人間臭くて、まるでいじけた子供だった。俺はふっと笑いをこぼして、俺より上にあるクロノの頭を撫でた。

「守ろうとしてくれてありがとう、クロノ。でもお前はさ、そういう人間らしい顔してる方が似合うよ。」

 クロノの張りつめた険はぽろりと剥がれ落ちて、嬉しそうに幼い笑顔を覗かせた。


「あんたも、過保護なんだな。」

 俺とクロノの様子を興味深そうに見ていた竜神に、俺は呆れたように話しかける。クロノはまだもの言いたげなようだったが、もう喧嘩をするつもりはないようで口を引き結んでいた。


 俺はなんとなくもうこの竜神が怖くなかった。何て言うか、クロノに似てね?

 目の前で行われてたのは、世界が震える規模の過保護合戦だろ?

 クロノが魔王に干渉するような事を言って、それを懸念した竜神と、俺が竜神から威圧されて、それを宣戦布告と取ったクロノ。

 根本的なとこは似ていて、とにかく過保護なんだと思う。


「貴方には謝罪をいたします、神子殿。竜は自分の宝のためには、全てをかける種族なのですよ。」

 竜神は素直に謝って、綺麗な顔の眉尻を下げた。そんなところもクロノにそっくりで、俺はつい笑ってしまった。


「クロノも俺には過保護だからなー。でも、悪いことができる奴じゃないんだ。だから、遠巻きに心配してるより言ってやった方がいいよ。わざと嫌がらせなんかしないから。……だろ?」

 クロノに確認するように投げ掛けると、唇を尖らせながら不服そうに頷いた。

 拗ねているクロノはまるっきり子供のようで、それがまた美麗な大人の姿とは不似合いで、俺は頬を緩めてクロノの髪をまたくしゃくしゃと撫でた。


 ただの行き違いで、この穏やかな午後の心地よさが、敵意に染まるのは嫌だよな。

 世界はいつだって、平和で楽しいのが一番だ。

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