ユーリアドラ
私はサラジエート伯爵家の長女として生まれた。
長女だけど第3子で、お兄様が2人いて可愛がってくれている。
長男のタラストラお兄様は私より10歳も歳上で、今は王都の王立学園に通っている。優しいけれども厳しいお方で、ものごとにお詳しい。
お兄様の話を聞いていると、私はいつもたくさん気になることが沸き上がる。
そのお話は、それからどうなったのかしら?
実はその方とあの方は、仲が悪いのではないかしら?
今はうまくいっているお話でも、ここに弱点があると思うの。いつか失敗してしまうのではないかしら。
お話を聞くのは楽しい。そして、兄様の話を聞いて問いかける私に、兄様が目を丸くしてから笑って誉めてくれるのが楽しい。
「ユーリはとても賢い子だね。将来お嫁になんて行かなくていいから、ずっと家にいてくれていいよ。
でもいいね?不用意に誰にでも軽々しく疑問をぶつけてはならない。信用できる相手にしか、考えを明かしてはならない。だから、信用できる人をよく探して、その人たちとよく語らいなさい。
その他の話はよく聞いていなさい。真実は自分が見極めなくてはならない。ユーリが何を信じるのかは、ユーリが決めるのだ。今みたいに、自分の頭でよく考えるんだよ。」
兄様は私が好奇心で誰かの恨みを買ったり、陥れられてしまう事を懸念して、幼い私にも貴族社会の人付き合いの心得をよく説いてくださった。
私はそれを心に刻み、周りと調和しながら、人をよく観察し、評価し、推察し、信頼できる人と答え合わせするようになった。
5歳の頃、私は母様と一緒に我が家で開かれるお茶会で御披露目された。
私は家の中では才女と言われていたが、家族の欲目なのではないかと思っていた。
家を尋ねてくる近隣貴族の子女は、だいたいよく躾けられていてマナーが良い。やんちゃな子もいるのだけども、あまり多くはなかった。
何よりも、1つ歳上の次兄、フレイアートお兄様は、物を考えないで動くような考えなしなタイプで、周囲のやんちゃさなんて霞むほどであったから、それに慣れた私には次兄のような人が一握りの特殊なように思えていた。
初めてのお茶会で、私は様々な子供に出会った。その中で私は最年少に近かったけれども、年の近い子供たちは、挨拶ができずに親の後ろに隠れていたり、途中で帰りたいと泣き出したり、お茶を飲むテーブルの傍らで庭を走り回ったりと、粗相がある子も多かった。
どうやら、家に来ていた子たちの方が優秀であったみたいだ。
次兄はまだ年なりに普通の内だったようだとわかった。だったなら、私はかなり早熟で子供らしくなく、可愛げがないのではないかしら。
子供と一緒に騒ぐのは、私にはできなかった。お母様たちや、年のかなり上の子女たちとが語らうテーブルで一緒に話を聞いた。
その中に、私と年の近い男の子が一人いて、同じように大人しく話を聞いていたのが、始めから気になっていた。
彼も私と同じ大人びた子供なのかしら。それともただ、他の子供と交わるのが苦手な内気な子?
座っている姿は、リラックスしているようで、会話に混じる口調は堂々としており構えていない、自然な様子だ。所作は優美ではないが、粗野でもない、嗜みはあるが実践が足りない感じ。
あ、自覚しているのね、今、改めたわ。
少し興味深く見つめすぎてしまったのか、彼と目があった。私は椅子から降りて、彼の元へと向かう。
「ねえ、遊びましょう?」
少しわざとらしいほど子供らしく語りかけると、彼も立ち上がってついてきてくれた。
着飾って歩きにくいドレス姿に、自然と手を差し出してエスコートしてくれる。私以上に大人びているみたい。好奇心が高まる。
「カトゥーゼ男爵様のご嫡男であらせられたかしら。挨拶が遅くなり失礼いたしました。私はサラジエート伯爵家長女のユーリアドラと申し上げますの、よろしくお願いいたしますね。」
たどり着いた花の低木の前のベンチに腰かける前に、スカートを摘まんで今更ながらの挨拶をする。
「よろしく、ユーリアドラ嬢。俺はカトゥーゼ男爵家嫡男のウリューエルト。呼びにくいし、リューでいいよ。こちらこそ、名乗りもしないでごめん。」
胸に片手を当てて紳士の礼をしたウリューエルト様、…リュー様は、ベンチにハンカチを敷いて座るように促してくださった。
やはり所作は子供なりなのに、行動は大人びた紳士であるようだ。
「それで、ユーリアドラ嬢はどうして俺を見ていたんだ?」
リュー様が率直に尋ねる。
「素敵な紳士がいらっしゃれば、注目を集めるのは当然ですわ。」
観察していたなんて言えず、私はそつなく受け流した。リュー様は少し驚いたように目を開き、それから朗らかに笑った。
「あはは、それはありがとうって言っておかないとなのかな。ユーリアドラ嬢は5歳とは思えないほどしっかりしてるよな。」
「お褒めいただきありがとうございます。私のこともユーリとお呼びくださいませ、リュー様。」
「様付けはいらないよ、君の方がずっと家格が上なんだし。愛称で呼ぶのも、嫌な顔されるかもしれないぞ?」
「あら、殿方を尊重するのは淑女の嗜みですし、私がどなたと懇意にするかは私が決めることですわ。どれほどの家格があれば強制できまして?」
すました顔で得意げに言う私に、リュー様はまた声をたてて笑い、今度は迷いなくユーリと呼んでくださった。
なんて心地好い。
彼は私の言葉を理解して、気取らない対等な言葉をくれる。
私の言葉を子供とあなどらず、貴族息女とへりくだらず、妬みや嫉みに含みある視線も寄越さない。
口調は軽々しいけれど、考えは年齢よりも大人びていて、分別があり、大人の話に口を挟める頭のよさがあるのに、全く気取らない。少し、お人好しなのかしらとは見受けられるけれど。
ああ、そうなのね。私はうんざりしていたのだわ。子供のくせに。女のくせに。才女だなんて調子に乗って。たかが田舎貴族の娘が気取って。
たくさん見えるし聞こえるのよ、注意をむけているとね。
私はこの方ともっとお話がしたい。
そう伝えるとリュー様は快く了解し、握手をした。私はお茶会が楽しみになった。
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