クロノとニコ
2つの魂と契約してから、僕は頻繁に彼らを見守るようになった。
見守るだけで、あまり大がかりな事はできない。
兄になった神子は
僕は、なるべく2人が平穏に、人間らしく生きられるように生命力を調整した。
一樹にはばれない程度に僕の力を注いで、その分をニコちゃんに割り当てる。
それでもニコちゃんは身体が弱く、ちょっとした不調で臥せってしまう。だけど、これ以上に力を集めると、寿命はぐっと短くなるだろう。だから、調子を崩したら少し生命力を充てるようにした。
ニコちゃんは不満も恨み言も言ったことがなかった。
科学では解明できない彼女の虚弱を、医者は検査ではわからない心臓の奇形なのだと判断した。ニコちゃんはそれでも悲観しなかった。
2人ががひっそりと、だけど楽しそうに生きている姿が好きだった。何も派手なことなんてできない身体で、日々を慈しんで、手の届く喜びに笑い合う。僕は2人が大好きだ。
一樹とは時々夢で会った。普段は僕のことを覚えていないけど、夢の中でだけ思い出す。一樹とたわいもない話をする夢の中が楽しくて、僕はこの魂がいずれ僕の世界にくるのだとしても、この時間が長く続けばいいと思った。
20年もすると、ニコちゃんはもうズタズタだった。
身体はすぐに力尽き、精神は魂を繋ぎ止めるのにギリギリで、きっといつだって辛くて苦しくてたまらないだろう。
だけど、ニコちゃんは一樹と一緒に学校に通った。一樹と一緒の学校なのは、一樹がいないときに倒れると大騒ぎになるからだ。
時には一樹のいない隙に、気を失うように眠ることもあった。
ニコちゃんは、自分の明るい将来だとか、恋愛だとか、友情だとか、全てを諦めていた。けれど、僕に時折聞こえてくるのは、感謝だけだった。
僕は、こっそりとニコちゃんを癒した。ほんの少し、少しだけでも。
―――どうか神様、僕を見過ごしてください。
温情だったのか、咎められることはなかった。
自分の叶えられないたくさんの事を、ニコちゃんは物語のなかに夢見ていた。時には、多分、そこに僕を探していた。
「あなたを何と呼んでいいかもわからないの。だから私は、クロノと呼ぶね。時空の神様クロノスから取って、それを越えて私たちを助けてくれた異世界の神様にはぴったりじゃない?」
ニコちゃんは僕に新しい名前をくれた。
2つの世界を経て、きっと人類が生まれてからの歴史より長い時間を過ごしている僕には、もう忘れてしまったものがほとんどであるけれど、数えきれないほどの名前があった。
だけど、僕の好きなニコちゃんにもらった名前は、すごく特別に思えた。
「一樹、ごめんね。――もう、これ以上はニコちゃんの魂がもたないよ。これ以上はニコちゃんの身体が壊れてしまう。」
23年と少し、ニコちゃんは戦い抜いた。これ以上の負担は無理だと思った。
僕が何とかだましだまし守ってきたニコちゃんの身体は、今ならまだ健康体に戻せる。魂に受けたダメージも、多分10年分くらいは寿命を削ってしまっただろうけど、まだ今なら残りを謳歌できる。一樹に伝えると、彼には一切の迷いはなかった。
一樹とニコちゃんは、生死という根元にずっと2人で立ち向かっていたためか、ずいぶんと魂が依存して癒着している。
ニコちゃんは、きっと泣くだろう。魂を引き裂かれた悲しみに、苦しくて仕方ないだろう。絶望してしまうかもしれない。
だけど………僕は君にも幸せになって欲しいんだ、ニコちゃん。
君はこれから先に、今まで諦めていた全てを手にいれる。一樹と目指した仕事について、たくさんの友達に囲まれ、したいこと全てを詰め込んだって、ぐっすり眠れば身体の疲れは癒える。
君を愛する人と物語のような恋をして、君の孫に看取られるまで幸せに過ごすんだ。
―――このくらいの祝福は許されるでしょう?
ねぇ、神様。
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