クロノ 2

 僕は、神様になった。


 嬉しかったけれど、ただ人の生活を盗み見るだけだった僕には、何もかもがわからない。


 世界ができていく不思議な光景を眺めた。

 よくわからないけれど、この世界には時間という概念がないみたいに、逆行的に歴史を作ったり、遥か未来まで繋がっていった。

 この世界に時間がない、のではなくて、多分僕が時間を超越していたんだろう。

 整合性が取れていること、それが世界の中心で、僕の好きだった華やかな世界や、活気のあふれる街、賑やかな畑や、峻厳な山に多くの命で賑わう森や川や草原、広く国を区切る海だとか、考えた訳ではないんだけど、僕の好きな景色ができていった。

 過去ができる、なんて人の世界を見てきた僕には不思議だけど。僕はそれだけ不思議な存在なんだろう。


 最初から長い歴史をもつ新しい世界には、争いも諍いもなくすことはできずに存在した。人の世の道理、性、業みたいなもので、僕はそれが失くならないものだと知っていた。

 勝者が栄えて、敗者が廃れる。これはよく見知った光景だったから。


 付喪神だった頃に、僕がなにも考えずに誰かに手を貸したことで、不幸になった他者を見てきた。

 例えいわゆる悪者だとしても、僕は人が好きだった。生まれてから死ぬまで悪者な人間はいない。例え人を人と思わない残虐非道な人だって、幼子の頃は暗い夜道に怯えて神様助けてって祈ったりした。

 僕はそんな人間が不幸になればいいとは思えなかった。


 だから、あんまり人には交われない。だけどこの世界は、僕の好きな人間が大勢で、僕の声は聞こえなくて姿も見えないけれど、たくさん神様ぼくを呼んでくれる。

 とても嬉しくて、幸せで、少し寂しいのは諦めていた。



 ある時、僕の姿が見える女性に出会った。僕の声が聞こえて、僕に触れられる人間。

 僕は、嬉しくてたまらなかった。彼女のためなら、なんだってやった。彼女は神の加護を得た聖女として、国を興した。彼女は国王に足るらしい男性と結婚して、子孫に国を残して逝った。


 彼女がいなくなって、僕は彼女の大事だった家族と国を守ってあげたかった。けれど、僕の声が聞こえる人間は、その国には生まれなかった。見守るうちに知ってしまった。彼女の子孫が全て善ではないことを。僕はどうすることもできず、国は数世代で廃れた。



 しばらくは、僕の声が聞こえる人間には出会わなかったけれど、いつの間にか発達した神殿の敬虔な神職には時々声が届いた。

 だだそれは、託宣としての問いへの返答でしかないのだけど。


 ある神殿にはとても熱心な信徒がいた。幼い頃に父と森で迷っている時に、僕に救われたらしい。そういう無害な気まぐれはよくおこしてたから、正直覚えていなかったんだけど。

 彼女は、神殿に生涯を捧げるつもりだと言っていた。助けられたというときに僕を僅かに感じていて、僕を認識していて、毎日飽かずに祈りを捧げていた。僕は彼女と話してみたくなった。どうせ僕を祀った神殿に生涯を捧げるのならば、僕が話し相手にしても許されるのではないかと思った。


 神託が下った。彼女は神に望まれ、生贄になるのだと。

 僕はそんなつもりじゃなかったと、慌てて声を届けた。すると、彼女は神に見放された不信心者と呼ばれ、神殿から追放されそうになった。

 途方に暮れた僕は、彼女に人を癒す特別な能力を与えた。彼女は神の加護を得た聖女となり祀り上げられたが、僕は結局敬われただけで、彼女と話をすることは叶わなかった。


 僕は、人間ではないということを、嫌というほど思い知らされていた。人間のためにいいかみの形を追い求めて、自分を納得させていた。



 その後も何度か、僕の姿が見える、僕の神子に…そう言われるようになってたんだけど、神子と出会った。


 神子は僕と添い遂げることもあった。神子がいる間は、僕は人間ごっこができてとっても幸せだった。子どもが産まれたことも、ほんの何度かある。亜神はここに留まれず、すぐにいなくなってしまうから、その姿ももうよく覚えていない。


 けれど、神子は時に早世する。神子の存在が邪魔な人間が数多くいるからだ。

 僕は、意識を向けたものしか見ないし聞かない。まあ、強い想いは感じとることもあるけれど。

 あんまり世界に介入しないからっていうのもあるし、夫婦喧嘩であいつを殺してくださいだとか、蜜月ラブラブ新婚さんの閨事情だとか、24時間なんでも聞かされるのはさすがに疲れるからね。


 だから、目を離した隙に、神子が奪われることが何度もあった。とても悲しい出来事は何度も繰り返した。

 けれど、僕は諦めてしまう。神子が人間であるのなら、手にかけたのもまた人間なんだ。


 神というのはとっても難しい。


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