裏舞台

ちえ。

クロノ 1

 僕は、産まれた時は小さな水晶玉だった。

 研磨だなんて技術のない頃で、3センチ位の滑らかな球形の、少し青みがかった濁りのない身体はとても重宝されて、台座や装飾を変えながら時の権力者の家で代々受け継がれてきた。

 女の子たちは華やかで可愛くて、初めて僕を肌に纏うときは少し誇らしげだった。ご婦人は、凛と自信を漂わせて、僕を見せつけた。

 男の子は宝物を見る目で僕を見つめて、紳士たちはそんな周囲の態度に満足そうに僕を誉めた。

 僕はとても幸せだったし、人間が大好きだった。

 長いときを経て、僕は色々な場所を移ろった。まだモノだったから、正確な記憶はない。


 ある時気がつくと、僕は寂れて崩れ落ちた建物の中でひっそりと佇んでいた。思い起こすと、もう随分と人の声を聞いていないし、誰にも触れられていない。

 立派な装飾のついた箱の、ふかふかした布の上で、ただ昔の記憶を懐かしんでいた。

 その頃にはしっかりと目が見えて、そこにある風化した建物の景色が、人に忘れられて久しいのを理解していた。

 僕のベッドも、段々風化してきた。鮮やかだった赤紫は褪せて茶色くくすみ、風が吹けば舞い散りそうだった。箱の装飾は剥がれ落ち、石の床の上には金飾りの枠。宝石は転げ落ちて砕け、木枠の本体は見る影もなく残っている部分の方が少ない。

 ―――寂しいな。また、人間の世界を見たい。僕もいつか生まれ変わって、人間になれるだろうか。

 華やかな、楽しそうな人々を想いながら、僕はただそこにいた。いつしか付喪神になっていたなんて、気付かなかった。


 それからずっと、長いこと僕はそこにいた。一人ぼっちの僕は新しい遊びに夢中だった。僕の目がよく見えるようになる度に、僕の耳がよく聞こえるようになる度に、遠くの様子まで見聞きできるようになっていたからだ。


 ここは既に遥か昔の遺跡で、遠い向こうには新しい国があった。そこでは昔とはちょっと違った服装で、たくさんの人が賑やかに過ごしていた。

 華やかな僕の知っていた世界は、ほんの一握りだと知った。たくさんの声を聞き、願いを聞き、ほんのわずかなら叶える術も覚えた。

 決して交わる事はできなくても、僕はやっぱり人間が好きだった。


 そんな生活を楽しんでいたのは、どのくらいだろう。国も多く変わったし、たくさんの人が生まれて死んでいった。悲劇も喜びも数えきれないほどあった。

 長い長い時間を経て、とうとう僕の身体にヒビが入った。

 僕はようやくここから去る日が来たんだとわかった。その頃にはなんとなく、自分が水晶玉の付喪神だって、もう理解できていた。


 その時に、聞かれた気がしたんだ。人が好きか?人の世を見守りたいか?って。

 僕は一心に答えた。人が大好きで、人の喜ぶ姿を見ているのが幸せだったって。


 僕は、気がついたら水晶玉からだから離れて、ある世界の神になっていた。

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