貴女が好きです
寂しくて、苦しくて、痛かった。
淡い恋心と、春風の青い香りが漂う4月。今思えば、この時この瞬間に何かしていればよかったと強く後悔する。
「はあ、暇だ」
言葉を零す。いつも一緒にいた親友に会いにくくなって、もう3ヶ月くらい経つ。
彼女と私は親友だった。中学の時に出会って、2人で手を繋いで歩き、2人でお出かけに行き、お泊まり会では2人同じベッドで寝た。そんな時間が、とても幸せだった。
だが、高校1年生の冬、彼女には彼氏が出来た。そのまま雪を道路脇にある薬で固めた道を手を繋いで歩く彼女の後ろ姿を、私は見ているだけしかできなかった。
「最近なんだか変じゃない?」
「そんなことないよ。いつも通りじゃない?私」
何だか微かではあるが、顔色が悪い気がする。
「本当に大丈夫?彼氏となんかあったんじゃないの?」
ピクリと彼女の目蓋が動揺の気配を帯びながら痙攣する。
「あはは…実はもうそんなに好きじゃないんだよね…」
苦笑のような、諦めのような笑顔を見せる彼女。
「じゃ、じゃあ別れれば──」
「無理なのよ」
思わず出てしまう本音をぴしゃりと彼女の冷たい声で押さえられてしまう。
「…なんで?」
冷静になって、ゆっくりと訊く。
「私たちはもう、運命を共にするしかないのよ」
どういうこと?という言葉を飲み込んだ。彼女の顔が、これまで見たことない顔になっていたからだ。とても言語化できない、けれどどこかもう何もなくなってしまったような、そんな風な顔な気がした。これ以上彼女を追い詰めたくない。けれどそれよりも、最近遠ざけられているのに、更に嫌われてしまうのが怖かった。これ以降、本当に関わりがなくなってしまった。
彼女はこのまま、どこに行ってしまうのだろうか。私は彼女の事が諦めきれなくなっていた。昔からの思いが溢れ出すようにその言葉は漏れる。
「多分私は、あの子が好きだ」
あの子も髪の毛、白い素肌、私より大きな乳房、泣いたときの顔、血の匂い、シャンプーの匂い、柔軟剤の匂い、全体的に纏った雰囲気、彼女が作る料理の味、血の味、唇の味、そのすべてが好きだった。
遠くに行ってしまってやっと気付いた思い。手が届かなくなる前で本当に良かった。今日は久々に彼女の家に行こう。合鍵はまだ大切に持っている。肌身離さず首にかけた小さな袋に保管してある。最近会えなくなる時間が長くなる程、その鍵との密着度も高くなった気がする。お風呂にも持ち込んで、ずっと眺めていた気がする。
ガチッ…カコッ…
鍵をゆっくりと回す。彼女に伝えるんだ。私と付き合ってほしいと言うんだ。そんな嫌いな彼とは別れて、大好きな私に──
ドアを空けると、暗かった。けれど確実に音の気配はあって、その音から、私はとても嫌な想像をしてしまう。ぺちり、ぺちりと一定ではないテンポで刻み続ける音、その音を装飾するように同じリズムで鳴り響く液体の音。最悪な景色が広がるビジョンが過る。そんなはずはない。きっと大丈夫だと一歩一歩足を進める。何故か足音を消すように、何も後ろめたいことなんてないはずなのに。ぺちりぺちりぺちり…テンポが速くなる。それに合わせて、私の心と足も逸る。そのままにテンポを上げる。近付くたびに、餌を待つ犬のような吐息の音もする。たどり着いたその部屋を、ノックもせずに思いっきり開ける。
「…なんで」
想像はついていた。わかっていた。裸で体を交える男女の片一方は、彼女だった。彼女は、体を男に取られたまま寝転がっている。動きの止まった行為は、しかしそれの途中であったことを強く思わせる。体制、表情、姿、そして、依然繋がりを持ち続けている下腹部が全てを物語っていた。彼女は止まった腰をそのままに、私を見て、少しだけ目を開いたと思うと、そのまま俯いて「ごめん」と小さな声で呟いた。男が何か言ってるがどうでもいい。私は彼女に用があるのだ。
「ねえ訊いて」
私は歩いて彼女の前に来て、座り込んで目線を合わせる。私でさえここ数年は見ていなかった腫れた乳房に目を持っていかれそうになるが、それを抑えて彼女の目を見つめる。
「私は貴女が好きです。私と付き合ってください」
言葉に迷いは無かった。私は、彼女の事が好きだ。それだけでよかった。状況なんて関係ない。
「わたしも──」
そう彼女が答えを言いそうになった瞬間、男がもう一度再開させた。
「やめて!!!!!!」
やめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめて!!!!!!!!!!!!!!!!
私は必死に男を剥がそうとした。けれど、私の力では、あまりにも力不足だった。殴っても、揺すっても、引っ掻いても、引っ張っても、男はびくともしない。
「も…うやめ…て…」
刻むテンポと同じ様に揺れる声で私にそう言う彼女。
「嫌だ!」
「もう…何度もされ…てるから…」
もう何度も…?彼女はもう何度も男からこれを?
ぺちりぺちりぺちりぺちり………音が止まって、男の得体の知れない棒が、見えなくなるまで彼女の体に入り込んでいる。双方は体が痙攣していて、彼女は泣いている。
する と抜かれ、ようやく交わりの終わったそこからは…見ていられない何かがあった。気持ちが悪くて、腹が立って、目の前でまだ何かを話すこの男を、不気味な笑みを浮かべてこっちを見るこの男を、彼女が泣いているのにこっちを見て笑っているこの男を。
心底殺したいと、思った。
噛んだ。そのきたない血肉を噛んだ。噛みちぎって、骨が歯を詰まらせるまで、噛んだ。そいつが死ぬまで、噛み尽くした。男が肉片になるまで、噛みちぎって、噛みちぎって、家の横の高く積み上がった雪に埋めた。白が少し染まって、いちごのかき氷の様だ。正直不味くてしょうがなかったが。
少し血生臭くなった様な気がする室内に戻って、彼女を見る。そしてもう一度言う。
「貴女が好きです」
食べてしまいたい程。
「付き合ってください」
彼女は、嬉しそうに裸のまま涙を浮かべて震えていた。私は救えたんだ。あの汚い男から彼女を救ってあげる事が出来たんだ。
告白は大成功だ。
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