ねむい

ねむい

「お前だってそうじゃ無いか」

そう言ってやりたかった。でも言えない。それが私だ。とでも言いたげな顔を、鏡の前の私はしている。

「はぁ」

ため息ひとつ。私はもう顔に床の汚れが残っていないかを汚い鏡で確認した後、少し曲がった眼鏡を掛けてトイレを後にした。

嫌な話だが、私には友達と言える人物は1人としていない。その代わりというのはあまりにも悲しいが、私をイライラの掃溜にしている人は何十人といた。性別問わず、私を虐め倒して、最後には、そいつの本当のイライラの矛先を私と照らし合わせて、最後に「クズが!」だったり「死ね!」なんて言葉を浴びせられることさえあった。レイプだって何度もされたし、顔を傷つけられたり、勝手に髪を抜かれたり、切られたり、アンダーを剃ってくるやつもいた。けど、そのことを先生に言ったり、拡散したりはしなかった。そんなことしたら殺されるんじゃ無いかというようなやつが何人もいたからだ。逃げたかった。けど逃げずにいられたのは、彼女がいたからだろう。

私には友達は居なかったが、恋人は居た。そのことは誰にもばれなかったし、私を虐める人達は「私」を見ていない。私には微塵も興味がないんだと思う。

インターホンを押して、いつもの文言を喋る。

「今日も来たよ」

行かない日なんてないけど。

「遅かったな!」

私の声とは正反対な元気な声がインターホンから返ってくる。家の外なのにどたどたという音が聴こえ、それはどんどん近づいてきた。私は一歩下がる。一瞬足音が消えたと思ったら、次の瞬間ドアが勢いよく開いた。いつものことだ。

中から現れたのは、私より3つ下の中学生の女の子だ。華奢な身体で、身長と性格が相まって、私にはまだ小学生にしか見えない。

「あれ?また眼鏡曲がってるじゃん!」

「このぐらいだったらバレないと思ったんだけどな…」

実際、自分で鏡を見てもあまりわからなかったし、大丈夫だと思っていたが、彼女にはお見通しらしい。

「とりあえず来て!」

家の中に引っ張られて、彼女の部屋まで連行される。彼女の家は共働きで、夜ご飯が食卓に用意されてるのが見えるくらい遅くまで帰らない感じなのに、やっぱりいつも彼女の自室だ。でもそれでもよかった。彼女の部屋の香りが私はとても好きだったからだ。消臭剤の匂いが殆どなのだけれど、ほんの少しだけベットから彼女の汗の香りがするような感じ。何故だかその匂いが私は大好きだった。

「で、今日は何があったんだ?」

いつも部屋にたどり着くと、勉強机の椅子に座ってそう訊いてくれる。彼女は、私が起こったことを話せる唯一の相手だった。

私は彼女のベットに腰掛け、話す。

「今日は男だったんだけどさ、多分私のことを母親と重ねてる感じで、クソババア!とか言いながらひたすら蹴られた。男子トイレで。」

「また今日もハードだったな…あと前から気になっていたんだが、なんでいつもそこに誰も入ってこないんだ?」

「わからないけど、多分放課後の暗黙のルール…みたいな感じなんじゃないかな。だいたいいつも同じ階の男子トイレか女子トイレに呼び出されるし…」

「みんな敵なんだな…」

この言葉は決まり文句みたいに毎回言われるのだが、何度言われても嫌な気がしない魔法の言葉だ。

「…で、今日の被害は?」

「今日は、初めは少し顔を殴られたけど、私が床に転がったらひたすらお腹を蹴られたかな。」

「吐いてないか?」

「そりゃあもう、吐きましたとも。」

そして自分で処理した。自分で隠蔽してるのがバカらしい。

「今日は男だったんだろ?レイプはされなかったんだな。」

「そういえばそうだね。まあお母さんに照らし合わせてたならしたくないだろうけれど…」

「でもそういう照らし合わせる相手とは関係なくしてくるやついなかったか?」

「そうだね。結構前に男で、男の部活の顧問の先生と照らし合わされた時には何故か最後セックスされたなぁ。」

「それ今週の話じゃないか?」

「あはは…」

最近物覚えが悪くなっている気がする。殴られすぎたせいかもしれない。

「そうだ。眼鏡貸してくれよ。」

「いつもごめんね。」

と言って私は彼女に眼鏡を渡す。

彼女は結構手先が器用で、少し眼鏡が曲がったくらいだったら直してくれる。眼鏡の修理なんてかなり難しいはずなのに、失敗したところは見たことない。成功するか、これはもうダメだと言われるかのどっちかしかなかった。

そして暇になる。

もう壊れかけの頭で、これまでのことを思い出そうとする。

確か…どこかの女が私を殴って、それの矛先が私じゃなかった。それを教室でやられて、私は咄嗟に庇ってしまった…とかそんなだったような……それで…ええと…その後どうしたんだっけ…

そんなことを考えていると、手早く歪みを治して私にかけ直してくれる。

「これくらいのことはさせて。」

「ありがとう…これくらい…?」

「ああ……そうか…ごめんな……くそ……そうだよな…」

何故か彼女が私の膝に崩れ泣き出す。私はどうすればいいのかわからなくなった。

「泣かないで?」

「これが泣かずにいられるか!」

わからない。私が忘れてしまったのだろうか…訊こう…訊けば分かる。

「ええと…なんで泣いてるの?」

ヒッと怯えるよな声を出して、今までの泣いていた声が止まって、彼女は固まる。

「…たく…った…」

小声で俯いたまま喋るんで、何を言いたいか分からなかった。聞き返そうとしたら、彼女は突然顔を上げて言う

「うちとあなたは恋人同士…だよね…?」

涙を目尻に滲ませながらも、それでいて力強い目で私を下から見つめながら言った。

「う…うん…」

私は驚いて…というかその気迫に怖気付いてしまって、少し声が小さくなってしまった。

「じゃあ…キス…させて…」

「うん」

キスして、押し倒されて、顔を赤めさせて、息を荒くして、そんなことをしている時、私は、何故付き合っていたんだっけと思っていた。なんで女同士でキスなんてしているんだろう。

そう…思った。

服を脱がされた時、身体を触り合った時、陰核を舐められたり、舐めたり、そんなことをしていた時。私は、トイレの時の方が気持ちよかったなと。

そう…思った。


彼女は事後、ごめんねとか、いつもされてるのに嫌だよねとか、そういう言葉を吐いていた。

「ううん、全然いいよ。」

私は、彼女の前の姿じゃなかった。

せかせかと服を着て、部屋を後にしようとした。もうここに用はないと思ったからだ。

振り返ると、まだ全裸で、絶望の様相をしている彼女が居た。けれど彼女は謝るわけではなく「またね」と、震えた声でそう言っていた。



翌日、女子トイレで6人から囲まれて殴られた。痛かった。

気が済んだみたいで6人は帰った。

私はフレームが歪んだ眼鏡をかけて家に帰った。


翌日、坊主の男に、マジックで落書きされながら、個室でレイプされた。気持ちよかった。

顔にマジックはなかったから、そのまま家に帰った。


翌日、男子トイレで4人に殴られた。血が出た。

眼鏡は割れてたけど、そのまま帰った。


よく日、じょ子トイレで1人になぐられた。みぞおちばかりねらわれて、とても気もちわるくなった。

とりあえずいえにかえった。


よくじつ、いたかった。

いえに…いえってどこだっけ。とりあえずてきとうにあるいてみる。

ついたのは、いえじゃなかった。だれのいえかわからないけど、わたしのいえではなかった。わたしはそこをさる。よばれたきがするが、さいきんげんちょうがひどいから、たぶんそれだ。ひがくれた。いえはけっきょくわからなかった。ねむい。ねむかった。またよばれたきがしたけど、たぶんきのせいだ。わたしはゆかによこたわる。まわりがやけにうるさいけど、きにならなかった。

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