お互いを知るということ
「落ちましたよ。はいどうぞ」
「ありがとう」
「どういたしまして」
委員会の本の整頓をするだけの仕事。うっかり持っていた本を床に落としてしまった。
彼女は首をかしげ、微笑みながら、
「あ、そういえば、同じ委員会なのに、お互い自己紹介とかしてませんでしたね」
「ああ。そういえばそうだな」
「私は東雲哀です。よろしくお願いします」
「俺は結城和人。こちらこそよろしく」
「結城くんは本が好きですか?」
「好きって言いきれるほどではないけど、嫌いじゃない。週に1冊か2冊くらいは読む感じだと思う」
「そうですか。てっきり本が好きで図書委員を希望したものと」
「別にそういう理由で選んだわけじゃないよ。どっちかって言うと、静かな場所にいたいから……かな。」
「へ〜変わった理由ですね」
「いやいや、別に変わってないだろ。むしろそう言うならそっちの方が変わってると思うぞ」
「え? 本が好きだから図書委員を選ぶのは変ですか?」
「別に変ってわけじゃないけど、今時好きだからその委員会を選ぶ奴なんてあんまりいないだろ? どっちかって言うと楽な仕事だからとか、友達と一緒だからとか……最悪消去法で選んでるやつなんかもいるしな」
「なるほど」
「正直委員会なんてどこでもよかったりするんだよ。東雲さんだって、図書委員じゃなくても好きな本読めるでしょ」
「確かにそうですね。おっと、ついつい長く立ち話をしてしまいました。早く本の整頓の仕事を終わらせなきゃですね」
「ああ、ごめん」
委員会で初仕事だった俺たち。
彼女とこんな風に話したのも初めて。淡淡と、そしててきぱきと本の整理に取り掛かっている。
会話の最中も、不思議な雰囲気を纏っていて、彼女の言葉は、自然と俺の体に解けて響いていく。
大した話はしていないのに、東雲さんのことを、初めて知れたような気分になる。大人しいというより、ミステリアスなのかもしれない。
人の心境とは些細なことで変化するものだ。大人になって味覚が変わるように、遠ざけていたものに惹かれていくかのように。嫌な緊張感は、どこかへ消えてしまった。多分俺は、彼女は彼女であると、段々と受け入れられるようになっているのだと思う。
当たり前の事かもしれないが、話せばお互い好きな本、好きな趣味、色んなことを知っていった。どんどん俺も、自然な笑みを浮かべられるようになった。
胸の中を燻るものが、少しずつ、少しずつ剥がれていく感覚。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます