第10話、継承していくモノ
夏休み。
いよいよ、防空壕の保存作業の開始である。 じりじりと照りつける炎天下の作業だ。
まずは、掘り返された時に出来た、天板や側面にある無数の穴の補修である。
浩二が、ホームセンターで調達して来た軽量モルタルで、穴を埋めていく。 壕内に板を仮止めし、外からモルタルで埋め、補修をするのだ。 完了後、板を撤去し、仕上げていく。
「 暑いけど、結構面白いな、コレ 」
顔じゅうに汗をかきながら、和也が言った。
モルタルをこねながら、浩二が答える。
「 オヤジが、思いのほか協力してくれて助かるぜ。 知り合いの防水屋、呼んでくれてよ。 明日、シート防水してくれるらしい。 これで、埋めても中はシケらんけえ、安心じゃ 」
「 入り口はどうする? ほとんど壊れて、使い物にならないぞ? 」
「 階段だけ残して、あとはブロックで組むんじゃ。 多少、漏水があるだろうけど・・ 前にバイトやってた土建屋の社長んトコへ、モルタルの結合剤を貰いに行った時に、この話をしたら、中古のポンプをくれてのう。 水位感知式だぞ? すげえじゃろが 」
「 よく分からんが、お前やっぱ、ソッチの方が似合ってるな 」
「 年季が違う、言うたじゃろが。 任せんかい 」
自転車に乗って、美奈子がやって来た。
「 ねえ! 聞いて、聞いて、朗報よ! 市役所の生涯学習課にいる従兄弟に相談したら、史跡認定会に提出して検討してくれるって! 学校教育課にも、お話ししたら、地区によって認めている『 市跡 』と言うのがあるらしいの。 そっちの方でも検討してくれるそうよ! 」
買って来た清涼飲料水のペットボトルを2人に渡しながら、美奈子は言った。
「 何か・・ 大事になって来たな・・! 気合、入れなきゃな、浩二 」
和也が言うと、ゴム手袋に付いたモルタルをはたきながら、浩二が言った。
「 そういうこっちゃ! よし、一服したら階段をやるか。 美奈子、ショーケースの方はどうだった? 」
寄付してくれるという清美の遺品を納め、展示する為に、どうしてもガラス製のショーケースが必要なのだ。 美奈子は、ここ数日、あちこちのリサイクルショップを廻っていたのだった。
「 松川町の厨房ショップに、中古のがあったけど、高いわね・・ 5万円だって。 あまり大きなのはダメでしょ? なかなか丁度良いのが無いのよねえ・・・ 住吉町に、友だちの親戚がやってるって言うショップがあるから、明日、行ってみるわ。 中古の家具も置いてあるって話しだから 」
ペットボトルの蓋を閉め、和也が言った。
「 バラして運び入れてから、中で組み立てれば良いから、ある程度の大きさは大丈夫だと思うよ? オレ・・ 明日は、展示資料の説明文、草案するよ。 浩二は、ここの作業、手伝うんだろ? 」
「 良く分かってんじゃねえかよ。 わしゃ、明日は職長じゃけえ。 ちゃんと監督してなきゃのう 」
「 資格、持ってんのかよ 」
「 玉掛けじゃ、イカンか? 」
「 何だ? それ 」
「 重量物の荷揚げに使う技能じゃ。 バイトの時に取った 」
「 全然、関係ないと思うけど・・・? 」
「 やっぱり? 」
美奈子が言った。
「 生涯学習課の人の話だと、秋頃に、新しく市内のガイドマップを作成するらしいの。 史跡に認定されなくても、ガイドマップには、載せてくれるらしいわよ? 跡名を決めておいてくれ、って言ってたけど・・ どうする? 」
ペットボトルの清涼炭酸飲料水を一気に飲み干し、浩二が言った。
「 ・・ゲップ・・! そりゃ、スゲエわ! ん~・・ 名前か・・・ ゴエェップ・・! 」
「 汚ねえな・・! やめんか、そのゲップ 」
更に、小さなゲップを連続して出しながら、浩二が提案した。
「 よし・・ 恒川戦争記念館ってのは、どうじゃ? 」
和也が答える。
「 何か・・ 戦車でも置いてあるトコみたいな名前だぞ? それ 」
「 ・・じゃ、清美ちゃんハウス 」
「 ナメとんのか、お前 」
「 わしゃ、考え事は苦手じゃ・・! お前らで決めてくれや 」
しばらく考えると、美奈子が言った。
「 あまり、清美さんの名前を出さない方が、いいんじゃないかしら? なんか、さらし者にしてるみたいで・・・ 」
和也も、同意らしい。
「 ・・そうだね。 清美さんは、この防空壕にまつわる、時代の証言者として、みんなに知って欲しいね。 単純に、『 三川町防空壕跡 』で、いいんじゃないか? 」
「 そうね。 展示する資料にも、その名が載ってるし。 どう? 恒川君 」
「 ええよ。 プレートは、オヤジが作ってくれるらしいけえ、そう言っとくわ 」
「 よし! そうと決まれば、張り切ってやるぞ。 浩二、階段やろうぜ! 」
「 待たんか。 職長に指示すんな! まずは、測量じゃ。 美奈子、水平器取ってくれ。 そこの、棒みたいなヤツじゃ。 和也は、階段あたりのガラを撤去してくれ 」
「 『 ガラ 』って、何だ? 」
「 コンクリートの破片のコトじゃ。 ブロックを組むから、きれいに整地せんとイカンきに 」
美奈子が言った。
「 あ、じゃあ私、壕内の掃除するね! 」
「 おう、済まんのう。 明日、防水屋が来たら、ハイウオッシャー( 高圧洗浄機の総称 )掛けて水洗いをしてもらうけえ、大まかなモンだけでいいぞ? 」
ホウキと、ゴミを入れる為の土のう袋を持って、美奈子が壕内に入る。
「 狭ぁ~い! よく、こんな穴から入ったわねえ・・! 」
和也が、美奈子に注意する。
「 細い鉄筋が出てるから、気を付けろよ 」
明かり取りの為に、1つだけ残してある天板の穴から、外界の光が差し込んでいる。
初めて入った壕内・・・ 美奈子は、しばらく辺りを眺めていた。
「 こんな狭い所に、1人でいたんだ。 清美さん・・・ 」
物言わぬ無機質な壁に、そっと手を触れる美奈子。
助けを求める、清美の叫び声。
母を呼ぶ、泣き声・・・
その最期を見続けた壁に触れ、閉ざされた闇の中で、誰にも見取られる事無く、この世を旅立っていった清美の胸中を思う、美奈子。
時代の運命とは言え、あまりに儚い彼女の人生・・・・
( あなたの事は、もう闇の中には戻さない。 あたし達が、伝えてあげる。 あなたの生きた時代を・・ あなたが、お友だち達と精一杯、生きた記録を・・・! )
美奈子は強く、心に誓うのだった。
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