第8話、ひと夏の記録
「 お? 武内に、塚本じゃないか。 どうした? 学校に、何か用か? 」
学校の校門脇で、内装業者と話し込んでいた教諭が、和也たちに気付いて言った。
「 先生、すみません。 どうしても今日中に、調べたい事があって・・・ 図書館、使ってもいいですか? 」
「 ああ、そりゃ構わんが・・ 恒川、お前は、何しに来た? 」
やっぱり、というような表情で、浩二は言った。
「 ワシも一緒に、調べモンじゃ。 イカンのか? 」
「 別に、いかん事はないが・・ 図書館の蔵書に、バイクの雑誌は無いぞ? 」
「 そんなモン、ウチ帰りゃ、あるわい。 わしゃ、資料室に用があるけえ 」
教諭は、宇宙人を見るような目で浩二を見ると、唖然としながら言った。
「 はァ・・? 資料室だと? ナニ言ってんだ、お前。 ケンカとバイク以外に、お前の興味を引くモンがあるのか? しかも、資料室に・・! 」
「 ええ加減にしておくれんかのう、先生。 ・・行こうぜ、和也。 時間の無駄じゃ 」
さっさと校内に入る、浩二。 和也も続いた。 それを、ぽかんと口を開けたまま、見送る教諭。 美奈子も、教諭に向かって苦笑いをしながら校内へと入って行った。
エアコンが切ってある校舎内は、かなり暑い。 それでも、校舎北側にある資料室は前日の冷気が残り、幾分、涼しかった。
窓を開けながら、和也が言った。
「 浩二。 お前、先生達に、かなりイメージ悪いな 」
テーブルのイスに、どっかと腰を降ろした浩二が、腕組みをしながら答える。
「 ナンでかのう~? そう、しょっちゅうケンカしてるワケじゃ、ないんじゃがのう? 」
「 たまにやるケンカが派手なんだよ、お前 」
「 ほうかのう? 」
「 そうだって。 暴走族とのケンカだって、相手のバイク、燃やしただろ? 」
「 おお~う、ありゃ、参ったのう! まさか、ガソリンが、満タンだとは思わなんだ。 はっはっはっ! 」
「 はっはっは、じゃねえよ。 消防車まで出動させやがって・・! 」
美奈子が、分厚い資料の綴りを数冊、出して来ながら言った。
「 去年の12月の話? やだ、あれ・・ 恒川君が主犯だったの? 」
「 そうだよ。 コイツ、危うく、放火犯で書類送検されるトコだったんだぜ? 」
「 あの野郎、サツにフザけた調書、書かせやがって。 ワシが、突然、襲って来たっちゅうんじゃ。 わしゃ、異常者か 」
「 乱暴者とは、言えるな。 ・・ほれ、お前の分だ 」
和也は、美奈子が出して来た資料の一部を、浩二の前に置いた。
美奈子が言った。
「 昭和20年の、7・8月のよ。 この前のものは、18年・・ 次は、24年まで、跳んでる 」
表紙を開くと、黄色く変色した藁半紙に『 作業日報 』と書いてあった。
「 やはりな・・! 勤労奉仕の記録だ。 ・・墨じゃなくて、エンピツで書いてあるぞ 」
美奈子も、ページをめくりながら言った。
「 筆跡が、毎日、違うわ。 日替わりで、生徒自身が書いたものね 」
浩二が、感心したように言った。
「 きれいな字じゃのう・・! とても、13・4歳が書いたモンとは、思えんのう 」
ページの一番上に、クラスと名前が書いてある。 おそらく、班のリーダーだろう。 その下には、作業に従事した者の名前が書いてあった。
「 昨日の墨文字よりかは、はるかに読みやすいな。 助かるぜ・・ 名前の下の方に、作業内容が書いてある。 中町配給所、清掃・・ か。 こっちの綴りは、表紙に壱組ってあるぞ? 」
「 あたしのは、参組よ 」
浩二も、表紙を見て言った。
「 ワシのは・・ 弐組って言うのか? 難しい漢字で書いてあるわい。 班が、3班あったってコトかのう? 」
「 多分、そうだな 」
美奈子が、声を上げる。
「 あっ! あったよ! 白川 清美さん・・! 8月2日に、逓信局玄関の、補修用レンガを運搬しているわ! 」
美奈子の資料を、のぞき込む、和也。
「 ・・ホントだ・・! 」
作業従事者の名前の中に、彼女の名前があった。
改めて、実際に生きていた人物であるという事が感じられる。
弱冠、14歳・・・ 彼女は、他の生徒たちと一緒に、一生懸命、与えられた仕事に汗を流していたのだ。 運命の日まで、わずか4日前の、彼女の生前の足跡である。
「 弐組と合同、とあるな・・・ 逓信局の作業は、大変だったんだろう 」
浩二が聞いた。
「 ていしん・・ 局? って、ナンか? 」
「 ん~、確か・・ 今で言う、郵便局のような役所だったと思うけどな・・? 」
その日の作業の反省や感想に続き、次の日の予定が、下の方に書いてある。
「 明日も、同人員にて残りの作業を敢行す・・ とあるわ 」
美奈子がページをめくり、次の日の作業者名を確認する。
「 あら? 清美さんの名前がないわよ? 人数も・・ 少し、減ってるわ 」
「 他の作業場へ廻ったんじゃないのか? と、いう事は、所属は参組じゃないって事か・・ 」
和也と浩二が、自分の資料を探し始めた。 しばらくして浩二が、自分の資料の中に、清美の名前を、見つけ出した。
「 あったぞ、和也! 川原町防空壕、土のう運搬・・ だそうじゃ。 何か・・ 毎日、重労働させられとるのう 」
「 そっちにあるってコトは、彼女は、弐組の所属だったという事かな・・ 次の日の予定は、どうだ? 」
「 え~と・・ 紙屋町集会所の防火用水設置と、配給所の清掃じゃ 」
ページをめくり、次の日の日報を確認する。
「 8月4日・・・と。 おっ、いたいた! ちゃんと作業しよるぞ。 どうやら、弐組に所属しちょったみたいじゃのう 」
「 いいぞ。 このまま、当日まで行けそうだな・・! 次の日・・ 5日の予定は? 」
「 八丁堀の陸軍倉庫へ、土のう運搬じゃと 」
「 ホント、毎日のように重労働ねえ・・ 」
美奈子の言葉に、和也が応えた。
「 今で言えば、中学1・2年生だぜ? しかも、女子・・! キツかったろうなあ・・・ 浩二、次の、5日の日報を見てくれ。 ちゃんといるか? 」
浩二が、声を上げた。
「 あれっ? いないぞ! 5日の作業者に、名前が無い・・! 」
「 ええっ? ここまで来たのに、また行方不明か? 」
和也も、浩二が見ている資料を、のぞき込む。
「 他の組に、応援に行ったのかしら。 あたしのトコには・・・ 無いわ。 武内君の、壱組の方じゃない? 」
「 ・・よく見ろよ、浩二! あるじゃないか、ここ! 一番上。 班長だったんだよ、この日は・・! 」
日報の一番上に、 『 白川 清美 』とある。
「 え・・? じゃあ、清美さんの直筆? 」
美奈子も、浩二の横へ来ると、食い入るように、その日報を見た。
「 ・・これが、中学生の字けえ? ほええ~・・・ 信じられんのう・・! 」
ひらがなが多いが、まるでペン習字のような、見事に美しい字体である。 これが、あの遺骨の主、白川 清美の直筆なのだ。
今を去る事、半世紀前に綴られた作業日報・・・
明日、起こる人類史上初の惨劇の事など、知る由もない14歳の少女が、作業に汗した純粋な感想を綴っている。
『 陸軍倉庫へ土のう八十四つつみ、運ぱん。 完了す。
いささか、腕が疲れし候にて、友と突付き合いて、はしゃぎながら帰校す。
この頼りなき細腕たるも、お役に立つこと嬉しく思ふなり。
流るる、我が汗を見ゆたるに、名門高女の姉さまとしての誇りを思ふ 』
実に、原爆投下の日の、前日の記録である。
日報を読んだ3人は、しばらく無言でいた。
運命の日が、明日に迫った事など、誰も知らない。
1日1日を、精一杯生きていた彼女たち・・・
美奈子は、少し、目を潤ませていた。
「 ・・みんな・・ みんな、生きていたんだね・・ この日までは・・・ 清美さんも、はしゃぎ合っていた友だちも・・! 」
「 オレたち、こんなに汗して学校生活を送った事って・・・ あるか・・? 」
和也の問いに、浩二が答える。
「 時代が違うと言えば、それまでじゃが・・ 何か、割り切れんのう・・・ ワシ・・ 知らんかったとは言え、無造作に骨、掴んだり放っぽり出したりして、すまんコトしたのう・・・ 」
日報の続きを読んだ美奈子が言った。
「 ・・み、見て! 次の日の予定・・! 鶴見町の防空壕へ角材運搬と、三川町防空壕清掃、ってあるわ! この、三川町防空壕って・・ 恒川君の家の敷地の事じゃないの? 」
和也も確認する。
「 そうだ・・! 間違いないぞっ! お前の、家の事だよっ! 」
どうやら、最大の謎に迫って来たようだ。
浩二が言った。
「 ワシのウチの事けえ・・? ん・・? 予定を見ると、三川町防空壕清掃、カッコ2人、って書いてあるぞ? 」
「 作業は、2人で行く予定にしてたのね。 多分、角材の運搬作業の方が大変、と見て・・ 次の日の班長が、1人に変更したのよ・・! 」
「 それが、彼女だった、と・・・? 」
和也は、美奈子と顔を合わせながら言った。
「 そうよ・・! きっと、そうよ! そして清美さんは、1人で三川町の防空壕へ行ったんだわ・・・! 」
「 ・・あの、ホウキを持って・・・! 」
あくまでも推察だが、その可能性は極めて高い。 状況的にも、資料的に見ても、おそらく間違いないと思われる。
感極まった美奈子は、両手で顔を覆い、泣き出した。
あの日、1人で、三川町の防空壕へ清掃作業に赴いた清美は、きっと、精力的に作業をしていた事だろう。 2人の人員を割いて、1人で任された責任を果たす為に・・・
そんな、純真な彼女の頭上で、あの恐ろしい原子爆弾は炸裂したのだ。
被爆で、怪我を負ったのかどうかは、定かではない。 しかし、入り口を破壊され、壕内に閉じ込められた彼女は、しばらくは、生きていた事だろう。 発見された遺骨の状態から、それは、うかがい得る。
やがて衰弱し、助けを受けることなく、そのまま亡くなったのだ。
彼女が見つめ続けた闇は、どんなに暗く、寂しかった事だろう。
たった1人で、誰にも見取られる事なく、この世を去って逝った彼女・・・
「 防空壕跡から骨が出て来た事は、オヤジだけには報告したんじゃが・・ 当時、疎開する前までは、婦人会やら町内会やらが清掃に来とったと・・ 言っとったのう。 まさか、ウチの生徒が来とったとは・・・ 」
そう言った浩二がめくった次のページには、何も書かれていなかった。 8月6日の予定だったページである。
そこから先は、すべて白紙であった。
彼女たちが、誰一人として、二度と書き込む事はなかったのだ・・・!
「 ・・・・・ 」
さすがの浩二も、ものを言わぬ白紙のページに、言葉を失ったようだ。
書き手であった彼女たちが、すべてこの世を去った事を意味する。 前日まで、整然と書かれていたものが、この日を境に、プッツリと途絶えているのだ。
美奈子が、両手で顔を覆ったまま、搾り出すような声で言った。
「 ・・かわいそう・・! 清美さんたち・・ かわいそう過ぎるよっ・・・! 」
資料室には、しばらくの間、美奈子のすすり泣く声が流れた。
判明した半世紀前の記録・・・ 少女たちが残した、昭和20年の夏の記録である。 それは純朴で、そして、あまりにも悲しい記録でもあった。
しかし、これらの記録が残されていた事は、幸運だったと言えよう。 和也たち、同じ学校の生徒の手によって遺骨が発見された事も、不思議な巡り逢わせと言えるかもしれない・・・
和也が、傍らにあるコピー機を指差しながら、浩二に言った。
「 この日報、コピーしてくれ。 お母さんに渡そう 」
「 よし 」
少し、落ち着いた美奈子が、じっと最後の日の日報を見つめている。
「 ・・・何にも悪い事してなかったのに・・・ 今だったら、絶対しなくてもいい重労働を、毎日させられて・・ その代償が、生き埋めなの・・・? 」
沈痛に語る、美奈子。
「 ・・それが戦争、ってモノなんじゃないか? 道理なんか、通らないんだよ 」
ため息を尽きながら和也が言った。
その後ろでは、浩二が無言で、コピー機を操作している。
テーブルに両肘をつき、両手の中指で涙を拭いながら、美奈子が続けた。
「 ・・文面から読み取れる心情は、一様にみんな、明るいわね・・・ それが、せめてもの救いだわ・・・ 」
「 弱音吐いてちゃ、非国民呼ばわりされてた時代だからな。 歴史で習ったろ? 1億、総玉砕。 欲しがりません、勝つ迄は、ってさ・・・ 好きな歌すら、自由に歌えなかった時代なんだぜ? 『 非常時 』という言葉ひとつで・・ みんなそんな事、当り前と考えさせられていた時代だったんだ 」
浩二が、コピーをしながら、ポツリと言った。
「 えらい時に、生まれて来てしもうたモンじゃのう、清美ちゃんは・・・ 」
数枚の、出来上がったコピーを束ねながら、和也が言った。
「 歴史の先生が言ってたな。 今の平和は、亡くなって逝った、数え切れない人たちの犠牲の上に成り立っている事を、忘れちゃいけないって・・・ 」
「 ・・あたし、その意味、すっごく良く分かるわ 」
「 ワシ・・ 歴史、寝るの、やめようかのう・・・! 」
調査を終え、それぞれに今を振り返る、3人。
明日は、いよいよ清美の母親に会う・・・ 帰らぬ我が子を想い、市内にまで移り住んだ母親だ。 その胸中を想像するに、いたずらに悲しみを再現するだけのようで、訪問を躊躇したいような心境をも感じ入る、3人であった。
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