第5話、綴られた記録

 遺骨の主の調査は、先日、和也が提案した通り、まず、年代の特定から始まった。

 資料室の書庫の奥にある、学校の歴史を綴った資料を調べる。

「 創立は、大正12年。 昭和20年の教育改正で共学になるまでは、女子の高等専門学校よ? 家政科と普通科があったみたいね 」

 和也が、美奈子に聞いた。

「 戦時中の勤労奉仕について、何か記述はないかい? 」

「 う~ん、無いわね・・・ 年表みたいなものが、付属してるだけ。 恒川君の方は、どう? 」

 書庫の奥にいる浩二に向かって、美奈子が聞く。

「 コッチのは、戦後の生徒名簿ばっかりじゃのう・・ お? 待て待て・・! 戦前のがあるぞ。 昭和10年って、戦前じゃろ? 」

 浩二が、古い資料を持って2人の所にやって来た。

 真っ黄色に変色した、わら半紙の資料である。

「 確かに戦前だけど・・ 戦前過ぎるよ。 そんな前じゃ、入学もしてないんじゃないのか? 」

 美奈子が、指折り数えて答える。

「 昭和20年の原爆投下が命日で、高等科の4年という最上級生と仮定して・・ ええと・・ 尋常小学の入学は・・・ 昭和13年よ 」

 浩二が言った。

「 13年のは、ねえよ。 10年の次は、16年まで跳んでるんじゃ 」

 和也が、推測しながら答える。

「 戦災で、この学校も焼けてるだろうし、資料も焼失してるんだろうな。 でも、16年のだったら、在学してるんじゃないか? 4年生だよな 」

「 転校で、他の尋常小学を卒業してから、この高等小学に入ったんだったら、無いわね。でも、調べてみようよ 」

 再び、書庫の奥へ入った浩二が、1冊の古い綴りを持って来た。

 昭和16年度 学徒名簿と、墨で書いてある。

 先程の10年のものと比べると、バインダーのような金具がない。 パンチで紙に穴を開け、厚紙の表紙と共に、組み紐で結んだものである。 表紙の厚紙も、貧疎なものであった。

 和也は、しみじみと言った。

「 この年になると、そろそろ軍事色が濃くなり、物資が不足し始めた頃だ。 こんな、ちょっとした事にも、軍靴の波は、押し寄せていたんだなあ・・ 」

 美奈子も、厚紙と帳合を見て、言った。

「 表紙の事? ホントだ・・・ 何か、歴史の授業の通りね・・・! 」

 いつも、歴史の授業を居眠りしている浩二は、話の輪に入れず、後悔しているようだ。

「 何か、歴史ってよ、年号を覚えるのが面倒臭くてのう・・ 」

 和也が言った。

「 年号なんか、問題じゃないよ。 どうして王制が倒れたのか、とか、なぜ将軍は鎖国令を発布したか、とか・・ そういう事を考えて勉強すんのが歴史だぜ? 」

 美奈子も、続ける。

「 難しい方程式や、証明問題を人前で解いたって、煙たがられるだけでしょ?  化学式や物理的な論評を討議したって、何か、オタクっぽいし・・ 古典や歴史の知識を発揮した方が、教養あるように見えると思うな 」

 和也が笑いながら、浩二に言う。

「 まあ、どんな知識に教養を感じるか、それは人それぞれだけど、たまにゃ、居眠りせんと、授業受けろよ。 お前、今度、赤点取ったら、ヤバイぞ? 」

「 それよ。 マジ、普通にヤバイぜ・・・! 」

 そう言いながら、浩二が開いた綴りには、筆書きで在校生の名前が、びっしりと書いてあった。

「 うっひゃあ~っ! なにコレ・・ 達筆過ぎて、読めないよ・・! 」

 美奈子が、声を上げる。

 ページをめくりながら、和也が言った。

「 人数は、そんなに多くなさそうだけど・・ 参ったなあ、これ。 1人ずつ、解読していかにゃ・・! 」

「 ねえ、組み紐バラして、3人で3枚単位に調べていかない? そうすれば、3人で見れるから早いし、ページが入れ違う事も無いと思うわ 」

 美奈子の提案に、和也も同意した。

「 そうしよう。 最初の3枚から見ていこうぜ。 ・・浩二、コピー用紙に大きく『 白川 清美 』って、書いてくれよ 」

「 見本か? 」

「 ああ。 でも、最後の『 美 』だけは、不確実な文字だからな? とりあえず、最初の『 白 』から検索するつもりでいこう 」


 各自に渡された資料には、在校生徒の名前と住所が、書いてあるらしかった。 しかし、すべて、旧書体である。 名前の方は、何とか読めるものが多かったが、住所に至っては、さっぱり読めないものばかりである。 市内と、近郊在住の者が多かったが、遠く、向原や川尻という地名が確認出来る者もあった。

「 これ、西条って事は、電車で通っていた、ちゅう事けえ? えれえ遠くから、来てたもんじゃのう 」

 そう言う浩二に、和也が答えた。

「 当時は、電車じゃないよ。 汽車だよ。 高等専門学校ってのは、そんなにたくさんあった訳じゃないんだ。 いいトコの坊ちゃん・お嬢さん連中は、その名門に行く為、はるばる遠くからやって来た、って訳さ 」

 美奈子が言った。

「 さっきの資料によると、寄宿生もいたそうよ? ほら、この人、尾道よ。 とても通える距離じゃないもの 」

 浩二が、声を上げる。

「 おっ、白、発見っ! ・・違った、向井だった・・・ 」

「 浩二、よく見ろよ? 2文字目は、三本川だからな 」

「 おっ? ・・また違うな。 おっ? ・・残念、日置だった。 おっ? おっ? 」

「 うるせえよ、お前っ! 気が散るだろうが! 」

「 だって白川だぜ! 白川っ! ・・・あ・・ 静子だと・・・ 」

「 ・・・・・ 」

「 ・・このページには、無いわ。 そっち、終った? 次、いくわよ? 」

 美奈子が、新たなページを配布する。


 真っ黄色に変色した、粗悪な紙・・ 所々に、虫食い跡も見られる。 しかし、確かに当時は、存在していた生徒たちの名簿だ。


 4年後、この彼女らを待ち受けていた運命・・・


 おそらく、この名簿にある、ほとんどの生徒が、恐ろしい地獄に遭遇し、その若い命を落としていった事であろう。 彼女らが、最期に見た地獄絵図とは、一体、どんなものだったのか・・・

 1人1人の名前を確認しながら、迫り来る『 死 』の影を見た彼女たちの、その胸中を思う、和也であった。


 何回りか、ページを替えながら、資料を半分ほど消化すると、窓の外は、薄暗くなっていた。

「 もう、7時前よ。 今日は、このくらいにしない? 」

 美奈子が言った。

「 ふええ~っ、疲れたわい~・・・! 」

 イスに、仰け反り返りながら、浩二が言った。

「 う~ん、意外と手間だなあ~・・! 墨文字が、こんなに読みにくいとは思わなかったよ 」

 和也も、目を擦りながら言った。

「 旧書体だものね。 慣れてないし・・・ 資料、戻してくれる? 続きは明日ね 」

 美奈子は、回収したページを元に戻し、検閲した最終ページの隅に、タックシールを貼った。

 頭をボリボリとかきながら、浩二が言った。

「 今日は、成果なし、か・・・ 」

 イスを片付けながら、和也が答える。

「 そう簡単には見つからないって。 何てったって、半世紀前のコト、調べてるんだぜ? 」

 書庫棚に資料を戻しながら、美奈子が聞いた。

「 明日も、同じ時間からでいい? 」

 カバンを右肩に掛けながら、和也が言った。

「 オレ、ちょっと遅れるかも・・・ 生徒会が、バレー部のインタビューするらしくて、部長の顔写真、撮らなきゃならないんだ 」

 浩二が、すかさず言った。

「 オレ、助手やってやるよ! 反射板係り、いるだろ? 任しとけ 」

「 いらん。 お前は、ここで、やるコトがあるだろうが 」

「 ・・やっぱり・・? 」

「 塚本。 コイツ、逃亡するかもしれないから、注意しておいてくれよ 」

 資料室の電気を消しながら、美奈子が言った。

「 OK~ トンズラ出来ないように、明日の朝、登校して来たら、クツを預からせてもらおうかしら 」

「 冗談だよォ~、ちゃんとやるよ。 まったく・・ガキじゃあるめえし・・ クツなんか没収されてたまるかよ 」

 渡されていた鍵で図書館のドアを施錠すると、3人は、職員室へ向かった。


「 遅くまで、すみませんでした。 これ、鍵です。 明日も、お願いします 」

 傍らで、パソコンをいじっていた教諭が、美奈子から鍵を受け取った。

「 おう。 えらい遅くまでやってたんだな。 夏休みの自主課題か? 塚本や武内は判るが・・ 恒川がいるってのは、どういうこっちゃ? お前、熱でもあるんとちゃうか? 」

 浩二が答える。

「 先生、ワシでも、やる時はやるんじゃ。 今、歴史を調べて勉強しとんじゃ 」

 その教諭は、目を丸くして答えた。

「 恒川が、歴史じゃとおぉ~~・・? お前、大丈夫か。 何か、へんなモン、拾い喰いしたんと違うんかい? 」

「 ナンで、ワシが歴史、勉強すっと、拾い喰いになるんじゃ。 意味分からんわ、ホンマ 」

 和也と美奈子が、笑い出す。

 教諭は、腕組みをしながら続けた。

「 ほうか~、恒川が歴史をな~・・ ん~・・ まあ、図書館にいる事自体、奇跡じゃ。 頑張れよ? 」

「 何かワシ、全然、期待されとらんのう 」

「 そんな事ないぞ? 先生は期待しとる。 この夏、県警の生活2課から、呼び出しが無い事をな 」

「 去年の、夏のコトけ? ありゃ、ワシは悪くねえって! 向こうからガン飛ばして来よったんじゃ 」

「 だからって、元安川に放り込んでいいってコトは、ないだろ? 」

「 放り込んだんじゃ、ねえって! ちょっと小突いたら、向こうが勝手に転がり込んだんじゃ 」

「 3人ともか? 」

「 ・・・・・ 」

「 それに、ちょっとって、どのくらいなんだ? お前のちょっとって、前歯が、へし折れるのか? 」

「 ・・・むうう・・ 」

「 むうう、じゃない。 大体、お前は、短気過ぎるんじゃ。 もっと、思慮せえよ 」

「 しりょ、って、ナンか? 」

「 ・・・・・ 」


 3人が、学校を出たのは、それから30分後であった。

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