第4話、永遠の魂
美奈子の親戚という寺は、恵宋寺という、浄土宗の寺だった。 本堂は、戦災で焼けたらしく、コンクリート製で、比較的に新しい造りである。 敷地は、かなり広く、僧房などもあり、由緒正しい寺院の風格を見せていた。
「 ・・でっけえ寺じゃのう~・・! 」
浩二が、感心して言った。
「 七堂伽藍、とまではいかないけど・・ 立派な鐘楼があるじゃないか 」
敷地内を歩きながら、和也も感心して言った。
「 あの梵鐘、南北朝時代のものよ? 県の有形文化財なの。 戦時中も、鉄不足で軍に徴収されそうになったけど、広島大学の教授が、連隊本部に直接、直訴して難を逃れたんだって 」
美奈子の説明を聞いた浩二が、和也に尋ねる。
「 なあ、和也。 南北・・ ちょう・・? って、どのくらい前? 」
「 お前が、知らなくてもいいくらい、前だよ 」
「 ・・ほうか 」
本堂の前まで行くと、1人の僧侶が、掃き掃除をしていた。
美奈子が、声をかける。
「 恒夫おじさん、こんにちは! ごめんなさいね、突然で 」
「 おう、美奈ちゃんか。 よう来たのう、いらっしゃい。 まあ、上がんなさい。 お茶でも飲まんか 」
白い法衣を着た住職は、ホウキをチリ取りに立て掛けると、本堂の脇にある母屋の縁側に、3人を案内した。
少し太った体格に、にこやかな表情。 右鼻の脇にある大きな生きホクロと、真っ白な眉毛が印象的な住職だ。
美奈子は、今までの経緯を話した。 防空壕内での状況説明は、和也が替わって、詳しく住職に話しをした。
「 ・・ふむ・・ 」
和也たちの話を聞いて、しばらく考えていた住職は言った。
「 ・・武内君と、恒川君・・ と、言ったかね。 なかなか慈悲のある、良い志じゃね。 最近の若いモンにしちゃ、めずらしいのう。 美奈ちゃんにも、いい友だちがいるようで、安心じゃ 」
浩二が、照れ笑いをする。
出された冷茶を飲み、和也が言った。
「 僕ら、戦時中の事は、歴史の授業でしか触れる事がありません。 学徒出陣や勤労学生など、聞いた事はあっても、実感がないのが現実です。 まあ、それは当り前な事ですが・・・ でも実際に、本当に起こっていた事実の証拠を、目の辺りにして・・ 何というか・・ ショックでした 」
美奈子も、それに続けた。
「 あたしも・・ ボロボロになった制服を、この目で見て・・ ホントにあった出来事なんだなあ、と思ったわ。 何か、すごく訴えるものを、感じたの。 それが何かは、分からないけど・・・ 」
住職に、冷茶のおかわりを注いでもらった浩二も、言った。
「 オレのウチの敷地から出て来たけん・・ 他人事じゃあ済まされん、思ったです 」
何度も、頷きながら3人の話を聞いていた住職は、やがて静かに語り始めた。
「 原爆の事を、この辺の古い人らは『 ピカドン 』っちゅうんじゃ。 ピカッと光って、ドーンじゃからな。 ・・アレが落ちた時、ワシは丁度、学童疎開で小郡の方に行っとってなあ・・ コッチにおった、末の弟や親父・お袋は、その時、みんな死んだ。 由緒あるこの寺も、全部、倒れてなあ・・ 残ったのは、あの梵鐘ぎりじゃ 」
和也たちが、先ほど見かけた梵鐘を、住職は、遠い眼差しで見つめた。
「 当時は、高等小学の生徒たちも、みんな工場に狩り出されてな。 飛行機のプロペラ研磨とか、エンジンの組み立てなんぞ、やらされとったのう。 高女の姉様たちも、か弱い手を真っ黒にして勤労奉仕をしちょったなあ。 君らが見つけた仏様も、そんな勤労奉仕に従事していた1人なんじゃろ 」
和也が言った。
「 僕ら、学校の資料なんかから、この子の身元を調べようと思ってるんです。 見つけられるかどうかは、分かりませんが・・ 」
住職は、目を細めながら答えた。
「 うむ、うむ・・ やってみなさい。 これも何かの縁じゃ。 君らを頼って、この仏様も出て来たのかもしれんしのう。 よし・・ 供養の事は、引き受けた。 その中に、おるんか? 」
縁側に置かれた、古いスポーツバッグに目をやりながら、住職が尋ねる。
美奈子が答えた。
「 そうよ。 その竹ボウキも、遺品なの 」
「 どれ・・ 」
住職は腰を上げると、バッグを開き、中から麻袋を取り出すと、それらを持って本堂の方へ歩き始めた。
「 君らも、来なさい 」
則された3人も、住職に続き、本堂に入る。
「 そこに座って。 足は、崩して構わんよ 」
本尊の正面に3人を座らせた住職は、黒い法衣に着替え、線香を手向けると、麻袋を開封した。
中から遺骨と遺品の制服や革靴を出し、竹ボウキと共に、本尊前に敷いた白い布の上に並べる。 本尊の前に正座すると鐘を鳴らし、住職は、読経を始めた。
鳴き出した蝉の声と共に、鐘の音と読経が、境内に流れて行く。
厳かな時間・・・
3人は、神妙な心持で、静かに読経を聞いていた。
20分くらい経ったろうか。
読経が終り、住職は、3人の方を向き直ると、合掌しながら言った。
「 慈悲ある心は、御仏が守って下さる。 体の方は・・ 現世において、自分の身があるという事は、常に、誰かに助けられて生きているという事にも繋がるんじゃ。 人は、助け合って生きているという事を、忘れちゃいけんぞ? 」
小さく頷く、3人。
住職は、本尊前に置いた遺品・遺骨に目をやり、続けた。
「 さて・・ 不幸にしてこの子は、災難な時代に生まれ、数奇な運命に従わざるを得なんだんじゃ。 まあ、その事を、恨み募る事は、せなんだろう。 そんな事を考える事すら、許されなかった時代じゃ・・・ 平和で裕福な時代に生まれた君らは、せめて、この子らの過去を継承し、過ちを、再び起こさぬよう務める義務がある。 この子が、再びこの世に生を受けた時、また前世と同じような受難の時代であったのでは、あまりに辛すぎるじゃろ? 」
「 ・・生まれ変わった時・・ かあ・・ 」
美奈子が呟いた。
和也が、住職に尋ねる。
「 輪廻転生、ってやつですか? 」
「 よく知っておるのう。 そうじゃ。 御仏の世界では、魂は永遠のもの、と考えられておる。 人は、数百年という時空を越えて、如来の導きにより、再び生まれ変わるんじゃ。 前世の煩悩を悔い改め、魂を浄化せなんだら、生まれ変わっても、前世と同じ運命を辿るとも言われておる。 この子が生まれ変わる来世は、せめて、平和な時代にしてやりたいものよ 」
住職は、遺品のモンペと制服を手に取ると、和也に渡した。
「 そこの水場で、洗ってやりなさい 」
本堂脇に、水道があった。
和也は、近くに伏せてあった大き目なタライに水を入れると、それらの衣類をそっと浸した。
ゴワゴワになっていた繊維に、水が染み込んでいく・・・
まるで、干からびた体に、命という水が染み入っていくようだ・・・
「 和也、あんまり擦ると、ボロボロになるぞ 」
浩二が、心配そうに言った。
「 分かってるって。 浸して、揉み洗いするだけだよ 」
タライの水は、すぐに真っ黒になった。 何度も、水を替え、慎重に洗う。
住職が、もう1つ、タライを持って来た。 浩二が、そちらでモンペを洗い始めた。 美奈子は、スカーフと革靴を、蛇口の水で洗った。
「 制服、白っぽくなって来たね・・! 」
美奈子が、和也の手元を見ながら言った。
「 うん。 だけど・・ やっぱり残念ながら、名札は読めないね 」
突然、モンペを洗っていた浩二が、声を上げた。
「 おい、和也っ・・! このモンペ・・ ポケットに、何か入ってるぜ・・! 」
「 何っ、ホントか? 」
慌てて、浩二の元に駆け寄る、和也と美奈子。 はたして、モンペのポケットから出て来たのは、布に包まれた、小さなクシだった。
のぞき込むようにして見た住職が、言った。
「 ツゲのようじゃな・・ 小さいが、良い造りのモンじゃ。 大事なもの、だったんじゃろ。 大切そうに、布で包んであるのう・・・ 」
水でよく洗い、持ち主の手掛かりがないか、念入りに確認する。
「 名前なんぞないか、と思うたんじゃが、何にもねえな・・ 」
浩二は、クシを美奈子に渡した。 しばらく、それをじっと見ていた美奈子であったが、やがてポロポロと、涙を流し始めた。
「 ど、どうしたんじゃ? 美奈子・・! 」
心配そうに、浩二が聞く。
「 ・・これ見てたら・・ 何か、すっごく悲しくなって来ちゃって・・! よく分かんない・・ 何か・・ どんな時代でも・・ おしゃれ心は、一緒だったんだなあって・・! 私と、何も変わらない、普通の・・ 同じ年頃の子だったんだって・・ 改めて感じちゃって・・・! 」
指先で、何度も涙を拭いながら、美奈子は言った。
クシが包んであった布は、ポーチのようになっており、専用のクシ入れとして使っていたものらしい。 縫い跡がまばらで、本人の手製のようだ。 クシ入れの中からは、小さな針山に刺した数本の錆びた針と、束ねた縫い糸も出て来た。 それらを1つ1つ、丁寧に洗い、日陰の石の上に並べ、乾かしていく。
作業をしながら、美奈子が呟いた。
「 この時代は、みんな当り前のように、お裁縫してたのね・・ 私、何にも出来ない。 何か、恥かしいなあ・・・ 」
衣服も洗い終え、境内の小枝に渡した洗濯ロープに吊るし、乾かす。 晴天でもあり、乾いた空気のおかげで濡れた衣服は、みるみると乾いていった。
思い思いに腰を降ろし、しばらくそれらを眺めていた3人に、住職が言った。
「 乾いたら、それらは持って帰りなさい。 主が判ったら、君らの手で、親族に返すんじゃ。うまく巡り逢えるように、ワシも祈っとるけんな 」
恵宋寺を出た3人は、夕暮れの路地を自転車を押しながら、ゆっくりと歩いていた。
「 ・・あの子、成仏出来るといいなあ・・ 」
和也が、独り言のように呟く。
「 そうね・・ 」
美奈子の小さな答えに、浩二も続けた。
「 ・・オレら、恵まれちょるよな。 軍隊に入らんでもいいし、空から爆弾が落ちて来る事もねえしよ・・・ 」
「 どうした、浩二? お前にしちゃ、やけに神妙じゃないか 」
「 ・・う~ん・・ 何つうか・・ 今まで、考えたコトなかったからよ。 こういうコトって 」
和也も美奈子も、浩二の言葉に、頷いた。
「 恒夫おじさんが言ってた通り、あの子のこと・・ できるだけ調べてあげようね。 どこまで判るか、わかんないケド・・ 」
「 そうだね・・ 」
そう答えて、ふと、前を見た和也の目に、すぐ前の細い十字路を横切る、女子学生の姿が映った。 着ている制服は、和也たちと同じ学校のもののようだ。
「 あ・・・ 」
声を上げた和也に、浩二たちが気付く。
「 ん? どうした、和也 」
「 いや、あの子・・ 」
和也がそう言うと、その女子学生は、建物の影に隠れてしまった。
「 今、前を横切った子・・ 昨日のテニス部の撮影の時にいた、マネージャーだと思った部員だ 」
「 おう、お前の、幻影の君か 」
「 茶化すんじゃねえよ。 そうか・・ この辺に住んでんのか・・・ 」
和也は、十字路の所まで来ると、彼女が行った方を見たが、すぐにまた次の路地を曲がったらしく、その姿は、そこにはなかった。
「 なあに? 武内君・・ そんなに、魅力的な子なの? 」
「 いや・・ 魅力的とか・・ そんなんじゃないよ。 何て言うか、気になるって言うか・・ 」
「 コイツ、その子に一目惚れしてんだよ! 」
「 テキトー言ってんじゃねえよ、浩二・・! オレは・・ 写真を撮る愛好家としてだなあ・・ 」
「 ムキになるトコが、ますます怪しいねえ~っ! そおか~、おメー、恋したな? ん? どうよ? コラ 」
「 はっ倒すぞ、浩二! お前~っ・・ 」
「 へええ~っ、あたしも見てみたいな、武内君のお相手 」
「 おいおい・・ 塚本まで、ナニ言ってんだよ。 カンベンしてくれよォ・・! 」
浩二が、和也の肩を、軽く叩きながら言った。
「 安心しろ・・! オレが親友として、サポートしてやる。 何も心配するな 」
「 お前が、何もしない方が安心だよ。 ヘンな事、先走るんじゃないぞ! オレは、彼女のポートレートが撮れれば、それでいいんだ。 秋の文化祭発表は、ポートにしようと思ってたんだから 」
浩二は、人差し指を振りながら答えた。
「 ちっ、ちっ、ちっ・・! そんなんだから、お前はダメなんじゃ。 いいか、女を口説く時はだな・・ 」
「 ・・やっぱ、お前、何もするな 」
美奈子が、声を出して笑った。
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