第3話、アプローチ

 放課後の学校の図書館・・・ その一画にある資料室に、和也と浩二はいた。

 ただでさえ、人影の少ない場所ではあるが、とりわけ資料室など、在校中に一度も足を運んだ事が無い生徒も、かなりいるのではないだろうか。 その存在すら、知らない者も・・・


 近隣地域の歴史資料、学校教育記述禄、部活動記録や文化部による研究記録、科学や自然、環境工学の論文・論評、評論禄・・・

 普段の生活には、おおよそ必要とされないであろう『 高尚な 』文献が、スチール製の書庫棚に鎮座していた。


 無機質的な、幾つもの書庫棚が立ち並ぶ片隅に、テーブルが1つ、置いてある。

 そのテーブルの椅子に座り、ため息をつく2人。

「 ・・こんなに沢山の資料の中から・・ どうやって調査して行こう・・? 」

 書庫棚を見上げながら、和也は呟いた。

「 オレなんか、すでにアタマ痛いんだケド・・ 」

 浩二が、ウンザリしたように言う。

 和也は、頭をかきながら言った。

「 ウチの学校・・ 意外に、歴史は古いからなあ・・ こんなに資料があるとは、思いもよらなかったな 」

 途方に暮れていた2人に、女生徒が声をかけた。

「 あら? 珍しいトコにいるのね 」

 浩二と同じクラスの、塚本 美奈子である。 2年の時に、東京の学校から編入して来た優等生で、浩二のクラスの学級委員長だ。 和也とも、面識がある。

「 おう、美奈子か。 たまにゃ~勉強せにゃ、いけんきにのう~ 」

 全く信憑性のない浩二のセリフに、美奈子は、笑いながら答えた。

「 そうなの~? 困ったなあ・・ あたし今日、傘、持って来てないのよねぇ~ 」

「 ナンじゃそら・・ 」

「 武内君、なにか調べもの? 写真関係は、Bブロックよ? 」

 美奈子が、和也に尋ねた。

「 いや、今日は、そんなんじゃないんだ。 ちょっと、学校の歴史を調べようと思ってさ 」

「 学校の歴史? へええ~・・ 夏休みの自由課題か、何か? 」

「 ・・うん、まあ・・ 何つ~か、その・・・ 」

 返答に困り、口を濁す和也。

 浩二が、和也に持ち掛けて来た。

「 なあ、和也。 美奈子にも協力してもらおうか? 」

「 ・・う~ん・・ そうだなあ、どうしよう・・ 」

 腕組みをして考える、和也。

「 なあに? 何を調べようとしてるの? 」

 何かを企んでいる2人の雰囲気を察知し、美奈子は、持っていた本をテーブルに置くと、両手を突き、2人の顔を交互にのぞき込んだ。

「 美奈子、顔、貸せ・・! 」

 浩二は、そう言うと、美奈子が着ていた制服のブラウスの襟を掴み、自分の顔の方に引き寄せた。

「 ちょ、ちょっと・・! そんなトコ、引っ張らないでよっ! リボン、曲がっちゃうでしょっ・・! 」

「 いいか? 誰にも言うなよ・・! これは、極秘作戦じゃけえな 」

 声を落とし、意味ありげに、浩二は言った。

「 はあ? 作戦・・? ナニ言ってんの、あんた 」

 和也が、間に入る。

「 浩二、おかしな言い方すんなって。 塚本が、誤解するだろうが 」

「 おう、そうか。 いや、実はな、骨が出てきよってな・・ 」

「 は? 骨? なっ・・ 何それ・・! あんた、ドコ掘ったのっ? イヤよ、あたし・・ ヘンなコトに巻き込まないでよっ! ナニしてんの、アンタたち・・! 」

 浩二が、必死に美奈子をなだめる。

「 ち・・ 違うんじゃ、騒ぐなって・・! おい 」

 和也が、手を額に当て、ため息をついた。

「 武内君まで一緒になって・・ ナニしてんのよっ! 信じらんないっ・・! 」

「 おい、和也! ナンとかせえ、コイツ! だから、女はイヤなんじゃ 」

「 お前が言い出したんだぞ? ・・塚本、落ち着け! オレたちゃ、墓荒らしでも何でもない。 浩二ンちの敷地から、戦時中の防空壕が出て来たんだ 」

「 ・・防空壕・・? 」

 きょとんとしながら、美奈子は聞いた。

「 ああ、そうだ 」

「 恒川君の家の敷地から? 」

「 そう 」

 美奈子は、それを聞いてある程度、納得したようだ。

「 ・・そこから骨が出て来たの? 」

「 そう。 昨日、2人で入って、見つけたんだ 」

 やっと事態を収拾したらしい美奈子は、テーブルのイスに座ると、言った。

「 防空壕跡から・・ か・・ それでも、ちょっと驚きね・・・! そんなコトってあるんだ 」

「 オレらも、最初はビックリしたよ。 コイツ、いきなり骨、拾いやがってさあ 」

 浩二が答える。

「 オレだって、最初は、木かと思ったんじゃ。 ビックリしたぜ・・! 」

「 コイツ、泣き出しやがってさあ~・・ 帰る~、とか言ってんだぜ! 」

「 フ、フカシてんじゃねえよっ! 誰が、泣いたってか? 」

 笑い出す、美奈子。

「 見てみたかったわ~ 恒川君の泣き顔・・! 」

「 泣いてねえって! しばくぞ、コラ 」

 和也は、真顔になると、美奈子に言った。

「 続きがあるんだよ・・・! どうも、その遺骨の主は、ウチの生徒らしいんだ 」

「 えっ? ホント・・? 」

「 制服を着ていたんだ。 ウチの校章が付いたセーラーをね・・・! 」

「 ・・・・ 」

 発見した和也たちの時と同じく、美奈子も、その事実報告には一瞬、引いた。

 しばらくしてから、おもむろに和也に尋ねた。

「 昔の、ウチの生徒・・ ってコトなの? 」

「 多分ね・・・! もっとも、当時は旧制だから、年齢は、オレらとは少し違うと思うけどさ 」

 美奈子は、左手の指をアゴ先に当て、思い出すように言った。

「 この前、歴史でやったわよね・・ 旧制教育って・・ 尋常小学が4年、高等小学が4年・・だっけ? 小学の高等科には、女子の専科もあったって話しだったわね 」

 和也が言った。

「 近くに竹ボウキが落ちていてね。 その柄に、ウチの学校の前身校の名前が入っていたんだ。 多分、状況からして、遺骨の主が持っていたホウキだと思う 」

 美奈子は、和也を見つめながら言った。

「 それで、学校の歴史を・・! 武内君たち・・ その遺骨の主を調べようって気? 」

「 ああ。 判る範囲までね。 出来れば、親が生きていれば、遺骨と遺品を返してあげたいんだ 」

 浩二も、口を挟む。

「 協力してくれねえんだったら、せめて内緒にしといてくれや。 オレらだけで、やるからよ。 モノがモノだけに、あんまり騒がれたくないんじゃ 」

 美奈子は、しばらく考えると、2人に言った。

「 ・・いいわ、協力する・・! だって、あたしたちの先輩なのかもしれないんだもんね、その人 」

 浩二が、指を鳴らしながら言った。

「 そうこなくっちゃ! 美奈子なら、協力してくれると思ったぜ 」

「 恒川君、イキナリ、骨がどうのこうのって言うんだもん! 誰だってビックリするわよ。もっと、順を追って説明してくれなきゃ 」


 美奈子も椅子に座り、新たな仲間が増えたところで、和也は提案した。

「 まず、正確な時代背景の確立だ。 これは、だいたいの条件から言って、割り出すのは簡単だろう。 ・・問題は、遺骨の主の特定だ。 この学校の出身者、と仮に決めて、名簿を片っ端から調べるしかないな。 そんな古い記録、おそらくパソコンにも入力されてないと思うし・・・ 」

 頷く、美奈子。 和也は続けた。

「 名前が判明したら、今度は、記載されてある住所の確認だ。 これが一番難しいかな? なんせ、ほとんどの市民が、原爆で亡くなってるはずだからな 」

 美奈子が言った。

「 ねえ・・ 調べる前に、あたし・・ その遺骨にお線香、あげたいんだけど・・・ 何か・・まず、遺骨の主に敬意を払うっていうか・・ ご霊前での紹介っていうの? そんなカンジ。 これから、その主に関わっていくんだし 」

 和也も、その意見に賛成した。

「 ・・そうしようか。 明日、改めて調査を開始しようぜ。 なあ、浩二 」

「 ほうじゃな。 線香は、霊魂の食いモンだそうじゃけ。 何十年も食っちょらんけ、ハラ減っちょるじゃろな 」

「 浩二ンちは、三川町だけど、大丈夫か? オレら、自転車だぜ? 」

 和也の問いに、美奈子は答えた。

「 あたしも自転車だよ? 今日は、夕方から塾で的場の方へ行くから、ちょっと遠回りだけどね。 別に、いいわよ? 」

 学校を出た3人は、浩二の家に向かった。



 掘り返された土山が、照りつける真夏の太陽に照らされ、昨日よりも、更に白く、乾いている。 コンクリートの躯体も、真っ白に渇き、まるで粉糖を降り掛けたようだ。

 遺骨発見場所である防空壕跡を、美奈子に一通り見せた後、和也は、遺骨が保管してあるガレージ脇へと案内した。

「 バアちゃんの仏壇から、2・3本もらって来たぞ 」

 線香を持って、浩二がやって来た。

「 お線香立てが、無いわね・・ 」

「 あ、これでどうだ? 」

 和也が、カバンの中から、フィルムの空きケースを取り出す。 足元の、なるべく細かい砂を詰め、そこに線香を立てた。

 浩二から渡された昨日のライターで、和也が火を付けていると、浩二が、ガレージの隙間に入れてあった麻袋を、引っ張り出した。

「 ・・・それ・・? 」

 多少、おっかなさそうに、美奈子が聞く。

「 ほうじゃ、見るか? 」

「 いい、いいっ・・! 」

 和也は、遺骨ではなく、着衣のみを麻袋から出すと、美奈子に広げて見せた。


 ボロボロになった、かすみ模様のモンペと、校章の付いたセーラー・・・


「 ホントだ・・! ウチの校章が付いてる・・! 」

 美奈子は、改めて、その事実に驚いたようだった。

 和也は言った。

「 ・・これ見てると、何か・・ 何かしなくちゃ・・ って気持ちになるな、やっぱ。 オレたちと同じように、実際、生きてたんだぜ? この子・・! 」

 美奈子は、頷くと目を閉じ、長い合掌をした。

「 ホントは、こんな軒下に置いておきたくないんじゃ。 でも、部屋ン中、持ち込むのは抵抗あってなあ・・ 」

 浩二は、そう言うと、美奈子に続いて合掌した。

 和也が、美奈子に言った。

「 そのうち、どこかのお寺で供養してもらおうと思ってるんだ。 無縁仏として葬ってくれそうなお寺、知らないか? 」

 思い付いたように、美奈子が答える。

「 ・・あたし、猫屋町の親戚に、お坊さんがいるよ? お爺ちゃんの2つ下の弟だけど、住職なの。 そこへ、持って行こうか・・! 」

 美奈子の提案に、浩二は喜んだ。

「 おお、そりゃ、タイムリーな話しじゃ! なあ、和也! 」

 いい話である。 和也も、賛成した。

「 頼めるか? 塚本 」

「 ちょっと待ってね・・! 」

 美奈子は、さっそく携帯を取り出し、電話を掛けた。

「 美奈子に、坊さんの親戚がいたなんて、ラッキーじゃのう、和也 」

「 ああ、意外だったな。 これで、遺骨の主の落ち着き先は、確保出来そうだしな・・! 」

 美奈子は、しばらく携帯の呼び出し音を聴いていた。

「 ・・あ、恒夫おじさん? 美奈子です。 先日は、お邪魔しました。 突然でごめんなさい。 今、電話いい? あのね・・・ う~ん、なんて説明したらいいんだろ・・・ え? 違うの、勉強の相談じゃなくて・・ え~と・・・ え? 違うわよ、彼氏なんていないわよ。 とにかく・・ 今から学校の友だちと、そっちに行ってもいい? 詳しいコトは、あとで話すから。 うん、ごめんなさいね。 そう、今から。 え? いらないわよ、お菓子なんか。 こっちからの突然なんだから、気を使わないで。 うん・・ じゃあね 」

 携帯を切ると、笑いながら美奈子は言った。

「 ムリヤリ承諾させちゃった・・! 気さくなおじさんでね。 小さい頃から、よく遊んでもらってたの 」

「 何歳ぐらいの人なんだ? 」

 和也が聞いた。

「 確か、60・・ 7よ。 この前の連休、おばあちゃんの命日だったから、お寺に行ったんだけど・・ その時に、おじさんから聞いた話しがあって、それで、ピーンと来たの。 墓地に、無縁仏の塚があってね。 戦時中の空襲や原爆で亡くなった人も、随分、葬ったんだって。 原爆投下後は、遺体集積場と焼却所にもなってて、身元不明者の遺体を、随分、焼いたそうよ? 」

 浩二が言った。

「 生々しい話じゃのう・・! ホントに、オレらの近くの町の話しけえ? 」

「 だって、ここも、猫屋町も、爆心地からそんなに離れてないのよ? この、恒川君の家だって、被災したんでしょ? 」

「 おう、オレんちは、丸焼けよ 」

 和也が言った。

「 見たような言い方だぞ? お前。 しかも、威張るなよ 」

 美奈子は、2人に催促をした。

「 おじさん、夕方になると御勤めがあるから、早く行こうよ 」

「 OK。 とにかく、塚本の親戚ンちに、やっかいになろうぜ・・! 浩二、何か、カバンみたいなモン、ないか? 遺骨を入れんだよ 」

 和也が、浩二に聞いた。

「 待ってろ、古いスポーツバッグが、あったけえ 」

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