第2話、封印された時間

 掘り返された土は、折からの夏の強い日差しにより、すっかり白く乾いていた。

 コンクリートの躯体も乾き、日差しの熱を吸収して、素手で触ると熱いくらいだ。

 1羽の雀が、掘り返された土を、盛んについばんでいた。


 和也は、コンクリート躯体の脇に自転車を止め、カバンからカメラを取り出した。

 浩二が、物置から、つるはしを持ち出して来る。

「 えらいモン、持って来たな 」

「 まず、入り口を確保せにゃ、ならんけえ 」

 そう言うと、浩二は、崩れかけた部分に、つるはしを振り下ろした。 カメラを向け、シャッターを切る和也。

「 けっこう、似合ってるぞ、浩二 」

「 ドカチンのバイト、やってたからな。 年季が違うぜ。 ・・そりゃっ! 」

 バラバラと、コンクリートが崩れる。 鉄筋も入っているが、おそろしく細い。 鉄筋というよりは、針金のようだ。 鉄が不足していた当時は、こんなものしかなかったのだろう。

 所々、木材が使われている。 しっくいの壁のコンクリート版みたいな感じだ。

「 チッパー、使わなきゃなんないかと思ったけんど、こりゃ楽だわ。 つるはしで簡単にイケるわ・・! 」


 小さな穴が開き、やがて人が入れそうな、手頃な入り口が出来た。

「 見ろ、和也。 階段があるぞ! どうやら、ここが入り口だったらしいな・・! 」

 地下に向かう階段が数段、見て取れる。

 和也が、シャッターを切りながら言った。

「 入れそうか? メタンガスが溜まってるかもしれないから、安易に入るなよ? 何か、ボロ布に火を付けて中の空気に近づけてみろ。 ・・投げ入れるなよ? もし、たくさんガスが溜まってたら、爆発するかもしれないからな・・! 」

「 こんなに、あちこち穴、開いてんだぜ? あっても、もう抜けてるじゃろ 」

「 念には、念を入れにゃ・・! 」

 和也の言葉に、浩二は、ため息をつくと、ポケットから百円ライターを出した。 落ちていた小枝に、火を付け始める。

 和也が言った。

「 お前・・ 当り前のように、ポケットからライター出すなよ・・! 」

「 バタフライ・ナイフ出すよか、マシじゃろが 」

 まあ、それも納得出来るが・・・


 火を付けた小枝を、開いた入り口にかざしてみる。

 ・・何の変化も見られない。

 今度は、徐々に、壕内へ入れてみた。

 

 ・・・大丈夫のようだ。

 

 丸1日は、放置してある。 浩二の言う通り、溜まっていたガスがあったとしても、もう、自然に換気しているはずだ。

 小枝の火を吹き消し、しゃがみ込んだ浩二は、暗い穴の中をうかがった。

「 気を付けろよ・・? 明かりは? 」

 和也の問いに、懐中電灯を取り出した浩二は、スイッチを点け、和也を振り返ると、にやっ、と笑いながら言った。

「 ・・昨日、会おう・・! 」

 和也が、額に手をやり、ため息をつきながら言う。

「 また戦争映画か・・・ お前、それ・・ プラトーンだろ? エリアス軍曹のつもりか? 」

「 ベトコンが来たら、お前は、オレに構わず逃げてくれ・・! 」

「 安心しろ。 ここは広島県だ。 ハノイでも、ラオス国境でもない。 早よ行け! 」

 しっしっ、と追い払うように、和也は、浩二に手を振った。


 穴に入る、浩二。

 数段の階段を降り、懐中電灯を頼りに、奥へと進んで行く。


「 どうだ・・? ナンかあったか? 」

 和也が、入り口付近から声をかけた。

「 ガーッ、こちらブラボー3、辺りは真っ暗だ。 デルタ2、どうぞ。 ガーッ 」

「 勝手に暗号名、作らんでいい。 暗いのは、見りゃ分かる。 当ったり前の報告、いちいちすんな。 しかも、その・・ ガーッて、ナンだ? 無線機の音か? 空挺師団のつもりか、お前 」

「 おおっ、新聞、発見! 」

 浩二が、穴の中で声を上げた。

「 昭和・・ 19年2月10・・ 6かな? 読めん。 ・・え~と、大本営発表、我が帝国海軍は、南太平洋フィリピン沖にて、ん~・・ 敵空母1隻、重巡1隻、駆逐艦多数を発見、これを攻撃、全艦轟沈せしめたり。 ・・ホントけ? このニュース 」

「 お前の目的は、お宝だろ? さっさとせんと、日が暮れるぞ 」

「 和也、お前も入って来いよ! 撮影するんじゃろ? 」

 浩二に続いて、和也も壕内に入った。


 壁と同じ、床もコンクリートで出来ている。 天井までは、2メートルはない。 身長170の和也だと、かがんで歩かなくてはならない高さだ。

 懐中電灯で照らされた壕内の広さは、およそ8畳位だろうか。 壁際に古い新聞紙や毛布がひいてある。 おそらく、当時、避難した人たちが座っていたのであろう。 こんな狭く、薄暗い所で、爆撃機の轟音に怯え、肩を寄り添っていたのだ・・・


 外界とは全く違う、一種独特な異質の世界に迷い込んだようで、和也は、しばらく無言で壕内を見つめていた。


「 何んも、ねえなあ・・・ ゴミみたいなモンしか、落ちてねえや・・ やっぱ、お宝なんか、無いか・・・ 」

 一通り、壕内を見た浩二は、和也の所へ来ると、座り込んで言った。

「 だから言っただろ? そんなモン、出てきやしないって 」

「 ちょっとは期待してたのにな。 まさか、こ~んなにナンもねえとは、全然、思わなかったぜ 」

「 金目の物があるって分かってたら、そのまま埋めちまうワケないじゃん 」

「 いや、でもさ・・ 空襲でヤラれたから、そのまま埋めた、ってオヤジから聞いてたからよ。 金目のモン持ち込んだヤツが、その空襲で死んだら、存在が分からねえだろ? 」

「 まあ、考えようによっちゃ、いくらでも状況は作れるケドね 」

 和也は、足元に落ちていた小石を拾い、反対側の壁に軽く投げながら、言った。

 浩二も、小枝を拾い、同じように投げる。


「 この防空壕・・ どうすんだ? 」

「 また、埋めるしかねえだろ。 狭いし・・ 倉庫にして使うにゃ、天井が低すぎるしな。 使い道がねえよ 」


 ボロ布がまとわり付いていた木の棒を手に取り、浩二は、そう言った。 何気なく、その棒を見た和也が、一瞬、息を飲んだ。

「 ・・お、お前・・ そ・・ それ・・! 」

「 ? 」

 浩二は、手にした棒を、よく見た。 両端が少し、丸みを帯びた木だと思っていたが、そうではない。


 ・・それは、白い骨だった。


「 う、うわああ~っ・・! 」

 慌てて、骨を放り出す浩二。 和也も、座っていた場所から、飛び退いた。

「 ・・なっ、ナンで骨なんだよっ・・! い、犬か猫か・・? それとも・・! 」

 怯えた浩二が、慌てて懐中電灯で、放り出した骨を照らす。 和也は、恐る恐る近付き、骨を確認して答えた。

「 ・・犬が、こんなにデカイ骨、してるかよ・・・! 」

「 え・・? じ、じ、じゃあ・・ 人間か? 人の骨かよ、おいぃ~~~っ・・! 」

「 サルかも、しんないケド・・ 戦時中の食糧難に、サルを飼っていたのは信じ難いよな。 だとしても、こんなでかいサル・・ ゴリラか、オランウータンくらいなモンだぜ・・! 」

 浩二が、怯えながら言った。

「 せ・・ 戦争しちょる時に、ゴリラなんか飼ってるかよォ~・・ 人だわ、それ・・! 人の骨だって~・・! 」

 意外と、浩二は怖がりのようだ。 小学校からの付き合いである和也も、こんなに怖がる浩二を見たのは、初めてだった。

「 か、和也あァ~・・ どど、どうしよう・・! 警察、呼ぼうか? 」

「 うん、まあ・・・ そりゃ、そうだけど・・・ 」

 和也は、意外と落ち着いていた。

 懐中電灯で照らされた骨に近付き、まとわり付いていたボロ布を広げ始める。

「 かすみ模様だ・・ これ、モンペだぜ? ・・あ、ほら、ヒモがある・・! 」

「 じ・・ 実況検分なんか、すんなよォ~・・! 」

 怯える浩二に、和也は言った。

「 落ち着けよ、浩二・・・ 死体と言うより、これは遺骨だ。 しかも、何十年も前の・・・ そう怖がるなって。 噛み付く訳でもないんだから 」

「 ・・・・ 」

 それでも、浩二は気持ち悪いらしい。 懐中電灯を構えたまま、じっとしている。

「 これは戦時中に死んだ人の骨だ・・ 空襲で死んだか、病気でここにいて、後で死んだのかは分からないけど・・ 殺人事件じゃ、なさそうだぜ? 」

 少し、間を置き、生つばを飲み込んでから、浩二が言った。

「 ・・ど・・ どうすりゃいいんだ? 」

 和也も少し、間を置き、しばらく考えると、答えた。

「 お前のオヤジさん、経営者だろ? 戦時中の事とはいえ、誰のモンかも分からない骨が出て来た、って、警察や報道関係者なんかが押し寄せて来たら・・ 会社のイメージが悪くなんないか? 戦場跡から骨が出て来たって、べつに警察に通報しなくても、いいと思うけどな・・・ 事件と、考えられない限り 」

 少し、落ち着きを取り戻して来た浩二も、冷静に事の次第を把握し始めた。

「 ・・う~む、確かに・・・ じゃ、どうすんだ? この骨。 このまま、また埋めろってか? 」

「 それも、忍びない話しだよな。 人知れず、何十年もここに放置されてたんだからな、この人は・・ とりあえず回収して、どこかのお寺で供養してもらおうぜ。 無縁仏として葬ってもらうのは、どうだ? 」

 浩二は考えた。

「 ・・そうだな。 そうすりゃ、騒ぎにならずに済むし、この人も成仏出来るか・・・ うん、そうしようぜ! オレたちの手で、この人、成仏させてやろうぜ。 ・・でも、とりあえず、オヤジには話しておくか・・ もしかしたら、身の上に覚えがあるかもしれんけえ 」

「 それがいいな・・ よし、そうと決まったら、回収だ。 そこに麻袋があるだろ? それに入れよう 」

「 オッケー 」

 落ちていた古い麻袋に、骨とモンペを入れる。 浩二は、懐中電灯で辺りを照らし、残りの遺骨がないか調べ始めた。

「 和也! まだあるぞっ・・! ここ! これ、そうだろ? 」

 最初に骨を拾った所には、やはり他の部分の遺骨があった。 頭部の骨は崩れて原型がないが、大腿骨などの大きな骨が残っていた。

 和也も近付き、確認する。

「 ・・ここの壁に寝そべっていたんだな? 見ろ、毛布が敷いてある。 死体だったら、上に掛けるモンだ。 敷いてあるって事は、しばらくここで生きていた、ってコトか・・ 」

「 ケガして、担ぎ込まれたとか? 」

 浩二が聞く。

「 ・・いや、違うだろう・・ 」

「 ナンで、分かんだよ? 」

「 だって、運び込まれるようなケガ人だったら、普通、床に寝かせるだろ? この骨・・ 鎖骨や肩甲骨がバラバラに落ちてる・・ って、コトは、壁にもたれていて、そのままの体勢で息を引き取った、ってコトだろ? 」

「 おお~っ、スゲ~っ! なるほど~・・・ お前、名探偵? 」

 和也は続けた。

「 ケガをしていたとしても、担ぎ込まれたんじゃなくて、1人で、この壕に入って来たんじゃないかな? だって、入り口は、明らかに破壊されてたんだぜ? 空襲で、閉じ込められたんだよ、この人は・・! 」

 和也の推理に、浩二は沈黙した。

 確実な事実の検証は、不可能だろう。 しかし、和也の推理には、頷けるものがあった。

「 ・・オヤジたちは、家族中で山口の親戚の家に疎開してたらしいんじゃ。 原爆が落ちて・・ 放射能とかいう毒があるから、しばらくは戻ったらいけん、ちゅう言われとったらしくてよ。 山口で仕事、見つけて、向こうで生活しとったらしいけん。 コッチに帰って来たのは、昭和24年だと。 この前、この防空壕が発見された時、そう言っとったな 」

 浩二は、思い出しながら、そう言った。

 和也が答える。

「 人知れず、亡くなったワケか、この人は・・・ 多分、原爆投下の日だろうなあ・・ ここに閉じ込められて、しばらくは生きていたんだろうなあ・・・! 」

「 何か、かわいそうじゃのう・・ 」

 浩二は、そう言うと、その他の遺骨を確認し始めた。

「 て、事は・・ ん~と・・ この辺が腰で・・ この辺が足で・・・ あっ、クツがあるぞ! 」

 干乾びたクツが、一揃いあった。

「 ・・革靴か・・ やけに小さいな。 大人じゃないぞ、こりゃ・・! 」

 和也は、革靴を手に取りながらそう言った。

 胸の辺りと思われる場所には、着衣らしき布があった。 長い歳月の湿気などによって変色し、グレーになっているが、どうやら元は、白っぽい洋服のようである。

「 ・・着物じゃ、なさそうだな 」

 数本の遺骨が混じる、その着衣を、そっと広げる和也。

「 あ・・ 」

 和也の後ろで、じっと作業を見守っていた浩二が、床に広げられたその着衣を見て、小さく声を上げた。

 それは、黒い襟に3本の白線が入った、小さなセーラー服であった。

「 ・・女学生か・・! 」

 左胸の所には、校章らしきバッジが付いている。 和也は、ホコリを指先で拭い、懐中電灯で、その校章を照らした。

「 ・・こ、浩二、見ろっ、これ・・! 」

 慌てて、浩二を振り返る和也。

 浩二も、照らされたその校章を見ると、再び、声を上げた。

「 えっ! ウチの学校の校章じゃんっ・・! ど、どういう事じゃっ? 」

 思わぬ展開となり、和也も混乱しているようである。

 浩二の顔を、じっと見つめながら言った。

「 ・・ウチの・・ 生徒ってコトか・・? 当時は、旧制だから・・ え~と・・ 何歳だ? 」

「 知らねえよ、そんなん。 高校生じゃねえのか? 」

「 違うって、当時は高校まで行く人なんか、そういないって。 せめて高等小学までだよ。 この前、歴史で習っただろが。 尋常小学校とか・・ 」

「 歴史は、いつも寝てるもん、オレ 」

 年齢は分からないが、校章が付いているという事は、学生だ。 おそらく、女学生であろう。 しかも、和也たちが通う学校と、深い関わりがあると推察される。

「 海軍のセーラーかと思ったけど、下がモンペだもんな・・ 旧制中学か、高等女学校・・ 高女って呼ばれてた、いわゆる、お嬢様学校の生徒だな。 見ろ、このスカーフ・・ ボロボロだけど、シルクだぜ・・! 当時の最高級品だぞ 」

 そう言った和也に、浩二が答えた。

「 お嬢様も、こうなっちまったら、見る面影もねえなあ・・・ 」

「 生徒手帳に、学校の沿革が書いてあったな。 ウチの学校の前身は、確か、高等専門・・ 女学校・・? だったと思ったけど・・ 終戦後の教育改革で、どっかの学校と合併してる 」

「 オレ、生徒手帳なんか、どっかになくしちゃったよ。 1年の春以来、見たコトねえもん 」

「 そりゃ、ある意味、スゲえわ・・・! どこかに、名前なんか書いてないかな? 胸のトコに、名前が書いてあったらしい布が縫い付けてあるけど・・ 読めないな、変色しちゃってて・・ 」

 懐中電灯の光を当て、2人で解読する。

 浩二が言った。

「 白・・か? この字・・ 目かな? 白かな? 分からん・・! 」

「 白、だろ。 一画目の点があるし、目、なんて名字、あんま聞いたコトないよ。 白川・・ だな 」

「 清・・ は、分かるけど・・ これ・・ 美、かな? 」

「 う~ん・・ 清美、らしいけど、確実とは言えないなあ。 白川 清美、か・・・ 」

「 住所は、完全にアウトじゃ。 まったく読めんわ。 廣島・・ 縣、って読むのか? これ 」

「 古い字体だよ。 その下、・・どうやら、長、って読めるけど、安佐南の長束のコトかな? 」

「 さあ・・ 分かんねえ 」

「 そのあとは、変色しちゃって・・ まったく読めないなあ・・ 」

「 ナンか、まだ埋まってるかもしれないぜ? 」

 浩二は、傍らにあった竹ボウキを見つけると、それを手に取り、溜まった土を掃いてみた。 しかし、小さな骨が出て来た以外、何も手掛かりらしきものは、発見されなかった。

 それらの小骨も、全て麻袋に入れると、和也が言った。

「 ・・とりあえず、外に出ようか? 腰が痛いよ・・! 」

「 うん、そうするか 」


 外は、もう、薄暗くなっていた。

「 ・・あいたたたっ・・! 」

 外に出た和也は、腰を叩きながら伸ばした。

 浩二も、壕内から出て来た。

「 しかし・・ 人の骨なんか、初めて見たよ。 バアちゃんの葬式の時に、お骨は見たけどな 」

「 オレだって、初めて見たよ。 何か、えらい探検調査になったなあ・・・! 」

「 その人、何十年振りかで、外に出たんじゃのう・・! 」

 和也の足元に置かれた麻袋を指差しながら、浩二が、しみじみ言った。

「 ・・そうだな。 まだ若かったはずだろうしな・・ かわいそうな事だ。 多分、オレらより・・ 少し、年下だと思うよ・・・ 」

 浩二は、壕内から持って来た竹ボウキに両手を突き、その手の甲にアゴを乗せると、何か、決心したように言った。

「 ・・なあ、和也。 この人・・ オレらの手で、身元を調べれんかのう? 家族がまだ生きていたら、この遺骨、返してやるんじゃ・・! 」

 和也が答える。

「 面倒臭がり屋のお前にしちゃ、珍しいコト言うじゃん! 見直したぜ 」

 少し、照れながら、浩二が付け足した。

「 オレんちの敷地から出て来た、ってコトもあるけどな・・ 何か、他人事じゃねえんだよ。 同じ学校に通ってたかもしれないってコトも・・ 」

 カメラをカバンに入れながら、和也も同意した。

「 そうだよな・・ 平和な今じゃ、考えられんような時代が、確かにあったって事を・・ オレも思い知らされたよ。 オレらと同じような年代のモンが、こんなトコで死んで行って・・ 何十年も放置されてたんだもん・・・ オレらは、恵まれてるよな・・ 平和な時代に生まれてさ。 とりあえず、オレらの学校に通っていた生徒、と仮定すんなら、学校の図書館の資料室に記録があるかもしれない。 名簿とかさ。 まずは、その辺から調べてみよう。 せめて、オレらで出来るコト、してやろうぜ・・! 」

「 ・・あれ? 」

 ふと、持っていた竹ボウキを見て、浩二が、気付いた。

「 どうした、浩二・・? 」

 再び、懐中電灯のスイッチをつけ、竹ボウキの柄を照らす、浩二。

「 ・・見ろっ、和也、ここ・・! 」

 和也は、近付くと、浩二が指す柄の所をのぞき込んだ。

 墨らしきもので、何かが書いてある。


 『 廣島髙等專門女學校 』


 かすれて、読み難くはなっていたが、学校名らしき墨文字が読み取れた。

 和也は、浩二の顔を見ながら言った。

「 ・・これは・・ あの子のホウキだ・・! あの子が、持ってたんだよ! やっぱり、あの子は・・ オレらの、遥か昔のセンパイなんだ。 旧制女子高等科の生徒なんだよ・・! 歳は・・ 13か、14歳くらい・・! 」

「 ・・こりゃ、遺品かよ・・! ボロいんで、捨てちまうとこだったぜ・・! 」

 遺骨の主が、本当に竹ボウキを持って来たのか、それは定かではない。 状況的に判断して、その可能性は十分にあると言える程度である。


 どのようにして、あの防空壕に入ったのか。

 また、その最期は、いかなるものであったのか・・・


 白川 清美という、女学生らしき人物の存在・・・


 全ては、真っ暗な闇に閉ざされていた歳月のみが知り得る、遥かなる過去の事実であろう。

 和也の胸には、遭遇した過去の重さが、経験した事のない感触として存在していた。 解き明かさなくてはならない、そんな、使命感にも似た気持ちでもあった。

 どんな人物であったのか、 どこに住んでいたのか・・・ また、運命の日になったであろう、その日の行動など、現時点では、全くもって、全てが謎だ。 だが、確かに生きていた人なのだ。 これら遺品の数々が、それを証明している。


 どこからその存在は、闇の中へと消えていったのか・・・


 遥か、何十年も前に起きた、ひとつの悲劇の軌跡を、想像せざるを得ない2人の胸中であった。


「 そのホウキ、大事に取っておけよ。 それと、この遺骨・・ ドコに保管するんだ? まさか、お前の部屋ってワケじゃないだろう? 」

 カバンの中から、コンビニのビニール袋を取り出し、遺骨の入った麻袋を包みながら、和也は聞いた。

「 勘弁してくれよ、そんなん・・! 人の骨だぞ? 」

「 今日、枕元に出るかもしんないから、名前の確認と、住所、聞いとけよ・・? 」

「 マ、マジかよ、おお~い・・! 」

 再び、浩二は、ビビっているようだ。

「 倉庫裏の、ガレージの隙間に隠しとくわ・・! あそこなら雨、当たんないし 」

「 う~ん・・ その御霊には、少々、申しわけない気がするけど・・ 仕方ないか。 よし、じゃあ、明日から早速、調査開始だ。 浩二、言い出しっぺなんだからな。 しばらくは放課後、ゲーセン行けないぞ? 途中で、ヤになって逃げ出すなよ? 」

「 分かってるって。 敵前逃亡は、銃殺だからな・・! 」

 浩二は、キッと表情を改めると、親指を立てて答えた。

 遺骨の入った麻袋に目をやると、和也は呟くようにして言った。

「 ・・この子を、帰るべき親元に帰してやるか・・! 」

「 プライベート・ライアンみてえだな・・! オレたちゃ、第2レンジャーか・・・ B中隊だな 」

「 ドコが、中隊なんだよ? 2人しか、いないじゃん。 しかも、探す相手は、骨になってるし 」

「 現実的に言うなよ、和也。 夢がねえなあ~ 」

「 お前に、言われたくないわ・・! 」


 辺りは、すっかり日が落ち、外灯の明かりが、点き始めていた。

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