ひと夏のレビュー

夏川 俊

第1話、夏空の下にて

                      『 中点同盟 参画作品 』


 玄関を閉めて、外に出る。

 庭先のテラス下から自転車を出し、門を開け、自宅前の路地へ・・・

 少し、錆が浮きかけた鉄製の格子門を片手で閉め、和也は自転車に跨った。

 学校指定のサブバッグを、リュックのように背負い、前方を見やる。

 左足で地面を押すと、和也は、力強く自転車のペダルをこぎ始めた。


 梅雨明けの爽やかな朝の空気が、肌に心地良い。

 抜けるように蒼い空が、今日一日の好天を約束しているようだ。

 もうすぐ夏休み・・・

 試験週間も終わり、和也の心は、この澄み切った青空のように晴々としていた。


( 高校生活、最後の夏か。 来年は、卒業・・ 何か、あっという間だなあ。 こんな平凡に終ってっちゃって、イイのかなあ・・・ )


 角のタバコ屋を曲がり、大通りに出る。

 原爆ドームを右手に眺めながら、元安川に掛かる相生橋を渡り、再び、細い路地へ。 同じ学校へ通う友人の家が、この近くにあるのだ。 毎朝、その友人と近くの公園で待ち合わせし、一緒に登校をしている。


 クリーニング屋の角を曲がると、その公園が見えて来た。 今日は、まだ友人は来ていないようだ。

 和也は、公園の入り口辺りに自転車を止め、背中のカバンの中からミネラルウォーターのペットボトルを出すと、ひと口飲んだ。

 小さく、ひと息ついた和也。

 公園の樹々を仰ぎ見て、ペットボトルの蓋を閉める。

 鳴き始めた蝉の声を聞きながら、先程の想いの続きを始めた。

( 3年間の思い出はあるケド・・ 何か、ありきたりだよな。 部活もやってたけど、写真部だからなあ。 何か、パッとしなかったな。 撮影旅行、ったって、そんなに遠くへも行かなかったし・・・ )

 再び、ペットボトルの蓋を開け、水を飲む。 太陽の陽が当たっている腕などの部分が、じりじりと暑くなって来た。


「 お~い、和也~! 」


 声に振り返ると、まだスウェット姿の友人が、和也の元に駆け寄って来た。

「 なんだ浩二、早く着替えろよ。 学校、遅れちまうぞ! 」

「 ちょっと待てって。 お前、今、カメラ持ってるか? 」

「 はあ? まあ、持ってっケド・・? 」

「 ちょっと来てくれ 」

 彼は、そう言うと、公園の向こう側にある自宅の方へ引き返していく。

「 ちょ、ちょっと待てよ・・! どういうコトだよ? 学校、遅れるけえ・・! おいってば! 」

 和也は、自転車を押しながら、彼の後を追った。


 彼の家は、工場設備関連の大きな工場で、会社看板には、恒川工業とある。 主に空調ダクトなどを製造しており、彼の父親が経営をしていた。

「 カメラ、ったって、一眼じゃないぜ。 デジカメだぞ? 」

 和也は、友人の浩二に言った。

「 構わねえって。 写真部のお前に、ちょっとしたスクープが、あんだよ 」

「 スクープ? 」

 工場の入り口脇に自転車を止め、カバンからカメラを取り出す、和也。

 浩二は、工場の敷地内に案内しながら、和也に説明した。

「 昔、戦時中によ、ウチの工場の敷地内に、防空壕があったんだ。 空襲でウチの工場もヤラれて、そのまま埋まっちまったんじゃけんど・・ 最近、古くなった工場の重油タンクを、地下に新設する事になってな。 掘り返したら、出て来たんよ 」

「 防空壕? へええ~・・ 」

「 コンクリート製でよ。 解体すんのに金掛かるから、別のトコにタンクを埋設するらしいわ。 ・・ほれ、アレよ 」

 浩二が指差す先には、掘り返した土の山があった。

 近寄ると、1メートルくらいの地中に、コンクリートの躯体が見える。 半分ほど、掘り起こしたままだ。 露出している手前は破壊されており、鉄筋やコンクリート片が、土にまみれている。 ひび割れた所々に穴があり、真っ暗な内部をのぞく事が出来た。

 腕時計を、チラッと見て時間を気にしながらも、まず1枚、全景を撮った和也は、コンクリートの躯体の上に乗り、その穴の一つをのぞき込んだ。

「 ・・中は、空洞のようだな 」

「 真っ暗で、見えんじゃろ? とりあえず今日、学校が終ったら、中を調べてみんか? ナンか、あるかもしれんぞ 」

 浩二は、興味津々な様子で和也に言った。

「 そうだな・・ 面白そうだな、そうするか 」

「 古銭なんぞ、出て来んかな? お宝とかよ・・! 」

「 そんなモン、出て来るかよ。 戦時中の話しじゃけえ・・ おい、早くせんと遅刻、遅刻っ! あとは帰ってからにしようぜ! 」


 太平洋戦争が終決して、半世紀以上。 この広島は、人類最初の原子爆弾が投下された所として、その地名は、広く世界に知られている。

 大量破壊兵器の拡散条例の推進、原水爆禁止運動・・・ 未だ、世界の各地に、紛争の火が途絶える事はないが、新たな武装の脅威が起こる度、この広島の地名が、何かと取り立てられるのは、近代の歴史上、致し方ない事だろう。

 だが、焼け跡から復興し、当時の面影を残さない現代に生きる和也たちにとっては、戦時の事は、歴史の授業にしか出てこない、単なる『 出来事 』であるに他ならない。 『 特別な地 』に住んでいる彼らにとっても、それは同じであった。


 生まれて来た年代が1つ違えば、その運命はどうなっていたか・・・


 現代でも、平和な日本ではなく、中東やアフリカ・インドなど、国境を接する国々に生まれていたら・・・ 対岸の火事として、無関心的に世界事情を傍観するのではなく、一度、そんな事をじっくり考えてみてはどうだろう。 今ある情況が、いかに恵まれているものか、よく分かるはずである。

 現在の平和は、幾多の先人達の、膨大なる犠牲の上に成り立っている事を、決して忘れてはならない。


「 お~い、1年生の部員たち、もう少し寄ってくれない? そうそう、そんなカンジ。 じゃ、撮るよ! あまり、コッチ意識しないで・・! 」

 放課後、部活のスナップを撮っている和也に、浩二が声をかけた。

「 よ~、和也! テニス部員のパンチラ撮ってんのか? ええのう~! 」

「 ふざけたコト、言ってんじゃねえよ! 校内新聞の取材だよ。 ウチの高校で県大会に出れるのは、テニス部とバレー部くらいなモンだからな。 もう、帰るのか? 」

 フィルムを巻き上げるカメラを片手に、和也は言った。

「 まあな、お前が終るまで待っててやるよ。 それとも現像、手伝おうか? 」

「 そうだな・・ すぐ現像して、明日にでも生徒会執行部に提出しておいた方がいいな。 ・・あ、撮影、終了です。 ご協力、ど~も! 」

 和也が、テニス部員たちにそう言うと、部員たちは練習の続きを始めた。

 校内に戻りながら、浩二が言った。

「 デジタルじゃなくて、フィルム一眼とはな・・ 古典的じゃのう~ 現像なんか、ラボに出しゃ、いいじゃねえか。 んな、面倒なコト、よくやってんね 」

 カメラからフィルムを出しながら、和也が答えた。

「 フィルムならではの映り込み、ってのがあんだよ。 それも、自分で現像するから面白いんだろが。 店でやってもらったら、意味ねえよ 」

「 まあ、部費使って現像するんだから、タダってトコはいいけどよ。 オレにゃ、理解出来ねえ世界だな 」

 2人は、特別教室のある、4階の部室へ上がって行った。


 写真部の部室は、開いていた。 しかし、部屋の中には、誰もいないようだ。

「 ラッキ~、暗室、すぐ使えるわ 」

 和也は、備え付けの暗室のドアを開け、浩二に言った。

「 クリップ、用意出来たか? 早よせいや! 」

「 ちょっと待て・・え~と、こう持って・・コッチが挟む方だな? 」

「 お前・・今日、腹の具合はどうだ? 」

「 おう、今日は、イイぜ? この前は、最悪だったなあ~ 自分でも驚いたぜ。 あの臭さには・・! 」

「 ったく、ナニ食ったら、あんなの出るんだよ。 スカンクか、お前 」

 暗室に入り、ドアを閉める。

 幅1メートル、奥行き4メートルの、狭く、全く光のない暗黒の世界だ。 蛍光塗料が塗ってある時計の針のみが、ぼんやりと見える。

 和也は、慣れた手つきでフィルムのケースを解体し、クリップを付けると、フィルムを現像液に浸した。 全て、真っ暗な中での作業である。

「 この針が、ドコまでいったらいいんだ? 」

 蛍光塗料の針が、チラチラしている。 浩二が、指先で触っているのだろう。

「 えっと・・9の所までだな。 定着液のフタ、まだ開けるなよ? ホコリが入っちまうから 」

 和也が答える。

 しばらくすると、浩二が言った。

「 ・・なあ、和也。 もし、お宝が出て来たら、7・3だぞ? オレんちの敷地だからな 」

「 はあ・・? ・・ああ、例の防空壕の事か? あのな・・ そんなモン、出てきやしねえって 」

「 出て来たら、困るだろが。 こういう事は、最初に決めておかなくちゃいけねえからよ。 いいな? 」

「 ああ、分かった、分かった。 ホラ、定着するぞ! フタ、開けて 」

「 お? フタ、どこだ? これか? 」

「 前もって、手探りで探しとけよ! ほれ、もうフィルム、上げたぞ。 まだか? 」

「 あ、あった。 ここ、ここ! 」

「 ここ、ったって、見えるワケねえじゃんよ。 大体の位置は分かるから、フタだけ開けてくれりゃ、いいよ。 コッチは、両手、塞がってんだから・・! 」

 定着液に、フィルムが浸る音がした。

「 OK~、 ふう~・・・! 自動の現像機もあるけどな・・ 味気ないぜ。 現像してる気がしないよ 」

 そう言う和也に、浩二が言った。

「 オレは、そっちの方がいいねえ。 こんな真っ暗闇に、じっとしてるなんて、オレの性分に合わねえ。 アナログだぜ 」

「 ソコがいいんじゃないか。 ・・ま、浩二にゃ、分かんねえだろな 」

「 分かんなくていいよ、そんなん 」

 しばらくして、定着を終えたフィルムを出して乾かすと、トレスコープに乗せ、印画紙に焼き付ける。 現像液の入ったトレイに印画紙を浸すと、撮影した画像が浮かび上がって来た。

「 おお~、面白れえ~! この作業だけは、オレも面白いと思うな~ 」

 赤電球に照らされた印画紙を見ながら、浩二が言った。

「 この月光、ちょっと古いかな? どうも、発色がよくないな。 ネオパンも、使用期限切れてたし・・ 」

 定着液に印画紙を浸しながら、和也が言った。

「 奥の方から、順に吊るすぜ? 」

「 おう、すまんな、頼む 」

 現像が終った印画紙を、小さなクリップに挟んでロープに吊るし、乾かす。

 何枚もの、出来上がった写真を確認していた和也が、何かに気が付いた。

「 ・・あれ・・? 」

「 ん? どうした? 」

 浩二が聞く。

「 ・・いや、この写真・・ テニス部員の隣に、マネージャーみたいな子がいたはずなんだ。 でも、写ってない・・・ 」

「 そんなコトないだろ。お前の、カン違いじゃないのか? 」

「 ・・いや、う~ん・・ どうだっけ・・ 確か、いたと思うんだケドなあ。 だから、わざわざ部員に寄ってもらったんだ 」

 写真を、吊るし終えた浩二が近寄り、覗き込む。

「 ここだよ。 確か、ここに立ってた 」

 和也が指す写真の位置には、誰も写っていない。 確かに、部員は不自然に、画面左の方へ寄っている。

 和也は、人差し指を額に当てながら、呟くように言った。

「 う~ん・・ ちょっと小柄で、おとなしそうな雰囲気の子だったけど・・・ どちらかと言えば・・ いいトコのお嬢さんってカンジ・・ か? 」

「 おいおい、お前、そんな趣味、あったんかよ 」

「 バカ言え、被写体として、ナンか感じるモンがあったんだよ。 クリエーターとしての直感、かな? 」

「 オレは、バイクの直管の方が、興味あるねえ~ どっちにしろ、写ってねえんだから、お前の直感とやらも、たかが知れてるぜ。 ・・さあ、もういいだろ? 早く、お宝探検調査しようぜ! 」

「 お前、まだそんなコト言ってんの? せいぜい、防空頭巾の切れ端くらいしか、出て来ないって 」

 暗室の赤電球を消し、外に出た和也が、浩二に言った。

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