近所のお店に運よくDVDが全巻揃ってはいたが

 運がいい、とはなんだろうか。


 人が、好きだと熱く話していたアニメが気になった。20年以上前にテレビで放送していた作品だ。


 近所のレンタルDVDショップに行った。そんなに有名なタイトルじゃないから置いてないかな、と思ったら、たまたま全部あった。全33話を収録した8巻がずらりと並び、さらにシリーズ全体をまとめた総集編まである。


 運がいいと思った。これは借りるしかない。でも、どうしようか。33話も見るのは大変だ。総集編で一気にざっと見た方が楽じゃないか。けれど、薦めてくれた人はあんなに熱くストーリーを語っていた。全部見ておけば、総集編だけを見た場合よりも会った時に話が弾むかもしれない。


 悩んだ挙句、僕は初めから全部見ることにして、まずは3巻まで借りた。計13話分。一週間ちょこちょこ見ればなんとかなるだろう。


 それから6日経って、僕はまだ1話たりとも見ていないことに気づいた。うっかりしていた。こういうのは見始めると止まらないけれど、見始めない限り始まらない。


 明日までに返さないと。13話見るとなるとギリギリだ。どうせ中途半端になるなら見ずに返すか。いや、それはお金がもったいない。見始めると止まらない、の理論を信じて1話だけでもとりあえず見よう。


 衝撃的な内容だった。子供向けのアニメなのに、大人でも目をそむけたくなるようなシリアスな話だった。これは続きを見ねば。理論が見事あてはまり、僕はそのまま2話目に進んだ。


 そこで画面が止まった。


 再生ボタンを押そうが早送りボタンを押そうが動かない。いったん停止をすると、最初に戻ってしまう。


 古いDVDだ。見えない傷でもついていたのだろう。こういうことは何度かある。店に申し出れば、傷のない別のディスクと無償で交換してくれる。たしか、レンタルの日数もリセットしてくれるはずだ。これは逆にラッキーかも。僕はさっさと返しにいった。


 店員は、別のディスクはないと言った。かなり昔の作品だから無理もない。お詫びに無料で1枚なんでもレンタルできるチケットをくれると言う。


 ちょっと待て。僕はなんでもいいからDVDで時間を潰したかったのではなくて、人に薦めてもらったこの作品を見たかったのだ。チケットでは何の補填にもならない。


 それに、僕は3巻借りている。2巻以降はディスクさえ入れていない。続きものだから、途中が見られなければ当然それ以降も見ないに決まっている。ということは、1巻が読み込めなかったのなら、2巻、3巻の分も補填してくれないとおかしくないか。


 そういう気持ちを飲み込み、チケット1枚を大人しく受け取った。単にただの商品として考えた場合、エラーを確認したのは1枚だけ。見てもいないものまで補填しろというのはおかしい。強めに言えばあるいは通るかもしれないが、そんな図々しいクレーマーみたいなことがしたくてDVDを借りたわけではないのだ。


 他の店にも何軒か行ってみたけれど、置いてあっても総集編だけだった。でも、最初から全部見ると決めてしまった以上、それを借りるわけにはいかない。だから僕は結局、まだ1話しか見ていない状態だ。


 もし最初から総集編しか置いていない店に行っていたら、普通にそれを借りて適度に楽しんで、今頃は薦めてくれた人との会話もそれなりに弾んだだろう。なまじ、運よく全巻揃っている店に出会ったせいで、僕はその機会を逃したのだ。


 運がいい、とはなんだろうか。




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