生活の中で執事みたいな動きになってしまう瞬間
知らぬ間に、執事になっている時がある。
スマートフォンを使っている。最新のものではない。何個か前の型だ。サイズがあんまり大きくなくてそこが良い、と思うことにしている。
しかし、いくら小さめとは言っても、昔使っていたガラケーよりは大きい。厚みはともかく横幅縦幅は昔の折りたたみ式携帯の折りたたんだ状態よりは大きい。てのひらには収まらない。
ジーンズのポケットにはぎりぎり入る。ぎちぎちにはなるが、入ることは入る。BoA世代の人間としては「ジーンズにねじこむ」と表現したいところ。
ねじこんでいる有様だから、さっと取り出すのには向かない。特に座っている時は、胴体とポケットが垂直の位置関係になってしまって入り口がふさがれるから、より難しい。少しずつ傾けてひねるようにしないと取り出せない。さながら「ねじだす」とでも言おうか。
さらに、いつも同じポケットに入れっぱなしにしていると、ジーンズの生地に跡がつく。ねじこんでいない時にも、ねじこみ中であるかのような線がデニムに白く出るのだ。そんなに高いジーンズは履かないけれど、そこから生地が破れる原因にもなりかねないから、できれば避けたい。
それで僕は、シャツの胸ポケットに入れている。口に意外と広さがあり、逆に深さはないから上の方が飛び出る。だから、取り出しやすい。立っていても座っていても、すぐ手に取れる。胸ポケットには他の物を入れることもないから、鍵や小銭なんかと擦れて傷つける心配もない。たとえ、ジーンズのポケットいっぱいにどんぐりを詰め込んでもスマホは無傷。
一つ問題なのは、その取り出しさえゆえに、上半身の角度によってはあっさりすべり落ちてしまうことだ。男のノー保護フィルムで使用しているから、落下すれば画面破損のリスクは免れない。これだけは注意が要る。
とはいっても、肌身離さず持ったままでラジオ体操に挑むようなこともないから、基本的には心配ない。
だが、危機は不意に訪れる。それは、人を見送るためにお辞儀をする時だ。きっちり頭を下げれば下げるほど前傾はきつくなり、その分、スマホ滑落の危険度は上がる。敬意を示せば示すほど。
しかし、社会人たるもの礼を失するわけにもいかない。むしろ、日頃は何かと礼を失しがちなタイプの人間だから、少なくとも別れの挨拶くらいはきちんとしたい。頭を下げる角度を浅くはできない。
となると、胸ポケットのスマホを手で支えながらお辞儀をすることになる。これで礼儀を示すとともに、大切なスマホも守ることができる。
ところが、ふと思ったのだが、そんな事情を知らずに見ればこの姿、左胸のあたりにそっと右手を当てて、深々と頭を垂れている状態だ。まるで仰々しい召使いではないか。安物のシャツとジーンズのおかげで助かってはいるけれど、もし燕尾服だったらもう完全にただの執事。
おかげで、礼儀と敬意は強めに示せているかもしれない。
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