使っていい電気なのかどうかハッキリわからない
いつも充電している。
パソコン、スマートフォン、音楽プレーヤー、ゲーム機、髭剃り。部屋のコンセントが空くことはない。入れ替わり立ち替わり、抜いたり差したり。充電が切れた時の為に使うモバイルバッテリーも、充電しないと使えやしない。
何かの充電を終える頃には別に充電すべき何かが控えていて、それはとめどなく続く。充電賽の河原だ。溜まった電気を片っ端から食い荒らす鬼が、ずっと寄り添っている。
ある時、うっかり鬼に電気を食わすがままにしていた僕は、喫茶店でスマートフォンの充電を切らしかけた。
その日。僕はどうしても生で聴きたいラジオがあり、残量表示を睨みつけながら、スマホのアプリで聴いていた。パーセント表示はすでに一桁だが、放送時間はまだ1時間以上ある。このままだと、番組の終わりまで聴けないのではないか。
その時、目に入ったのは、足元の壁にあるコンセントだ。
さて、どうする。
喫茶店の役目といえばもともと、飲食の提供と喫煙スペースの提供だった。その他にも、信心深い人と騙されやすい人を勧誘する現場として大活躍していそうだけれど、店は推奨していない。
喫煙者が文字通り煙たがられるようになってきた昨今では、喫煙スペースが提供されていないこともある。かわって喫茶店の役目として幅をきかすようになったのが、Wi-Fiの提供と電源の提供だ。
充電賽の河原に陥った人間にとって、電源の提供ほどありがたいことはない。Wi-Fiだってもちろん重要だけれど、Wi-Fiを使うような機器はもれなく電気を使う。結局は電気だ。電気がなければ始まらない。電気があればなんでもできる。やる気、元気、電気。
喫茶店側も、コーヒーより軽食より、電気に客が飢えていることを知っている。だから積極的に充電できることをアピールしている店も多い。
ただ、あらゆる喫茶店がそうではない。電気目的で来られたら嫌だという店もある。電源を使う客なんて大抵コーヒー1杯で長く居座ったりするのだから、回転率を重視する店には天敵だ。また同じ店の中でも、開放しているコンセントと、そうでないコンセントを分けている場合もある。店の設備を使うために、確保しておきたいコンセントだってあるのだろう。
で、だ。
今、僕の足元に見えているコンセントは、果たして客が使っていいやつなのか。
カウンター席の一つ一つ、それぞれの真ん中にでーんと設置されているようなコンセントなら、間違いなく使っていい。絶対に充電に使ってもらうための席だもの。むしろ、コンセントを使わないのにそこへ陣取っていたら、使いたい客から無言の威圧すら感じる。
だが、今、僕の足元の壁にあるコンセントは違う。どう見てもこの建物ができた時から、もともと設置されているものだ。きっと、この喫茶店が居抜きでテナントを借りるよりもはるかに前から、この位置に存在していたコンセントなのだ。いにしえより穿たれし穴なのだ。
ざっと見渡す限り、他にコンセントのある席は見当たらない。だから、他の客の動向を探ることもできない。
このコンセントは、充電していいのだろうか。
僕はまず、いいか悪いかにかかわらず、目的を達する方法を思いついた。簡単だ。バレないように使ってしまうのだ。
僕の座っている席は店の一番奥だし、足元は机の影になって見えない。素知らぬ顔で、こそこそとアダプタをつないで、スマホをお尻の下にでも敷けば、覗き込みでもしない限り、充電している事実はわかるまい。
ただし、バレたらどうする。
提供していない電気を店から無断で盗むわけだ。電気泥棒だ。ひょっとしたら、過去にもこの席から電気をかすめ取ろうとしたやつがいて、店員がこの席に目を光らせているかもしれない。少しでも怪しい動きをしたら飛んでくるのかも。鬼の首をねじり切るくらいの勢いで怒られるのではないか。いつのまにか、僕が電気を食べる鬼になっていましたとさ。
まあ、実際のところはやんわり注意されて使わないでくださいと言われるくらいで、盗人扱いはないだろう。でも、マナーの悪い客という印象はぬぐえない。僕はこの店にたびたび来るから、今後の関係も考えると厄介者にはなりたくない。
となると、やはりここは店員に筋を通すべきだ。正々堂々、このコンセントを使っていいかどうか尋ねるのだ。許可さえ得てしまえば何も怖れることはない。堂々と差し、堂々と溜めればいい。
でも、断られたらどうする。
「すみませーん、そのコンセントはお客様には開放してないんですよー」
などと、爽やかに言われてしまったら。
こっそりつないでいれば、充電できたものを。一度尋ねてしまったことによって、それは永遠に不可能になる。生で最後まで聴きたかったラジオは、やがて来る電池残量の枯渇とともに沈黙を決め込む。間違いなく中空に電波は漂っているはずなのに、僕の耳にはもう届かない。正義と引き換えに、僕は得られたはずのものを失うのだ。あああ。こんなことなら、完全犯罪を遂行していれば良かった。そんな事態が待っている。
それでも、僕は尋ねることにした。
理由は二つ。
一つは、正義を裏切るわけにはいかないから。
もう一つは、
隣のテーブルまで店員が来ていて、もうカバンの中のアダプタをごそごそ漁っている僕の姿が見られてしまったからだ。もし電源供給NGの店だとするならば、この時点で確実に目をつけられている。
もう尋ねるしかないのだった。
「すみません」
「はい」
大丈夫だ。
きっと、正義は勝つ。
「このコンセントって、使ってい――」
「もちろんですよ」
店員はにこやかに、ちょっと食い気味にそう言った。
勝った。
正義は勝った。
これで何の気兼ねもなく、充電できてラジオも聴ける。
僕は一時でも卑劣な手段に出ようとした自分を恥じた。やはり正義を裏切ってはいけない。だって、正義は僕を裏切らないのだから。
誠実に勝るものはない。これから先もずっと、過去の己に顔向けできるよう、誠実に生きるのだ。僕はその確かな思いを、しばらく噛みしめていた。
店員がその直後に、
「10分後に閉店しますので、先にお会計を済ませていただけますか?」
と、言うまでは。
時間には、正義も悪も勝てない。
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