将軍が「屏風から虎を出せ」と言うのはおかしい

 勘違いが常識に昇格してしまうことがある。


 有名なところでは、青いネコ型ロボットがポケットから道具を出す時の音だ。青いネコ型ロボットがポケットから道具を出す時の音を口で表現する際、人はたいてい「テレレレッテレー」と言う。しかし、これは本当の音からかけ離れている。正確な音は「ぴとぴとぴとぴとー、てってけてっててーてーてー」みたいな感じだ。二部構成なのだ。


 つまり青いネコ型……めんどくさいな。ドラちゃんを演じる人間が「テレレレッテレー」と言っていたら、本当は違和感を覚えるべきなのだ。ところが、誰かがコントか何かで「テレレレッテレー」と言い始めて、それがいつしか定着し常識になってしまった。


 だからドラ公が道具を出す時は「テレレレッテレー」と言わないとなんだかしっくりこない。むしろ忠実に「ぴとぴとぴとぴとー、てってけてっててーてーてー」と言った方が「そんな二部構成だったっけ?」と引っかかる人が増えるだろう。事実よりイメージの方が重要だったりする。


 問題なのは、その経緯を知っていても結局引っかかってしまうということだ。「これは本当の音じゃないけど広まってるからしょうがない」と、一度考える時間が生まれる。そして、その一瞬の間のせいで、そのあとの「ポケットから出したもの」についての意識が少し削がれてしまう。相手が一番伝えたいのは「ポケットから何を出したか」であるはずだから、これでは意図を潰すことになる。なまじ正確な知識があるせいで人の思いを踏みにじってしまうのだ。


 同じような例で気になるのは、一休さんと屏風の虎のとんちだ。殿様が一休さんに無理難題をふっかけるアレである。有名な話だから、コントや大喜利のお題などで目にしたり耳にしたりすることも多い。しかし、その中でたまに殿様の台詞がこうなっていることがある。


「一休よ。屏風から虎を出してみせよ」


 これは間違いだ。なぜなら「屏風から虎を出せ」と言うのは本来、一休さんの台詞だからだ。この話は、殿様が「屏風の中の虎を捕まえてほしい」と無理なお願いをして、それに対して一休さんが「わかりました。では捕まえますから、虎を出してください」と、同じように無理なお願いをカウンターのように決めて打ち負かす話なのだ。「一休が難題にどんなとんちを返したか」が話の肝であるのに、この間違いでは難題の方がもうとんちというか、シュールを先にかましてしまっている。


 なぜ危険な虎をわざわざ解き放ちたいんだ。政務に疲れて何もかもどうでもよくなってしまったのか。所詮あなたは君主の器ではなかったのか。そんな疑問が次々と浮かぶ。この場合も話者が本来伝えたかった一休さんの回答より、誤用の方に気をとられてもやもやしてしまうのだ。


 ただ、青ダヌキの場合と違い、こちらは誤ったことによって明らかに文脈が破綻している。だからまだ疑問を持つ人も多いと思う。このもやもやの責任は、誤用した側にあると言えるのじゃないだろうか。


 逆に、自分がこのとんちを題材にする時は、間違えていきなり殿様を乱心させないように気をつけないといけない。もっとも、とんちが得意な子供を城に呼びつけて意地悪をしている時点で、だいぶどうかしている殿様だとは思うけれど。




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